一番愛しなさい
第五十五章 一番愛しなさい
なかなか立ち上がらないブランシェに俺は手を差し伸べた。
「どうして、どうして戻ってきたの?」
ブランシェの声は予想以上に大きい。
「どうして‥‥って‥‥」
「四郎さんに二度と会えないなんて絶対に嫌! でも、四郎さんが捕まって罰せられるのはもっと嫌!」
「ブランシェ」
「ホワイティアの魔力はこの世界最強なの。だから早く逃げて!」
「お、俺は君のことが心配で」
「四郎さんが無事なら私はどうなってもいい。だから‥‥」
ブランシェが俺の体にしがみつこうとした時、
「そこまでよ。ブランシェ」
ホワイティアの声がした。
「ホワイティア‥‥、どうして私がここにいることがわかったの?」
「あれだけ大きな声を出せば、誰だってわかるわよ」
これに関しては俺もそう思う。
「お願い、四郎さんに何もしないで」
「さあ、どうしようかしら」
「もし、四郎さんに何かするなら私が許さない」
「その魔力でそんな大きな口を叩いてもいいの?」
ブランシェは俺をかばうように俺の前に立った。
「止めるんだブランシェ!」
「私は命に代えても四郎さんを守る」
「本当に身の程知らずね」
ホワイティアが笑いながら右手を上げるとブランシェの動きは止まった。
「え? ブランシェ?」
ブランシェはまるで蝋人形にでもなったかのように動かない。
「ブランシェに何をしたんだ!」
「あら、そんなに必死になって、なんだか焼けちゃうわぁ」
「ブランシェは、ブランシェは無事なのか!?」
「そんなに心配? 大丈夫よ。ブランシェの周りの時間を止めただけ。全然無事よ」
「そ、そうか」
「安心した?」
「ああ。ブランシェが悪いと思うが許してやってくれ」
「どうしようかなぁ?」
「頼む。何でも言うことを聞くから」
「いいの? そんなこと言っちゃって。後悔するかもよ」
「ここに来た段階で覚悟は決めている。君に逆らうことは全くい考えていない」
「ふふ。じゃあ、私のことを一番愛しなさい」
「え? それだけでいいのか? わかった一番愛するって約束する」
「本当? 嬉しいわぁ」
こんなあやふやな条件でいいのか? こんなの『愛してる』って言っておけばいいだけじゃないのか? 何を企んでいるんだホワイティアは。
「じゃあ、確かめるわよ」
「確かめる?」
ホワイティアが両手を振り下ろすと大きな鏡が現れた。かなり古風なデザインである。まあこの国にはよく似合っていると言えば似合っているのだが。
「この鏡が何かわかる?」
「さっぱりわからんのだが」
「じゃあ見ててね」
ホワイティアは鏡の方に向かうと鏡に話しかけた。このシチュエーションはまさか。
「鏡よ鏡」
やはり白雪姫だ。
「ここにいる人物は私とブランシェ、どちらを愛してるの?」
「それは断然ブランシェです」
「これはどういうことかしら? 四郎」
「いや、しかしそんな‥‥」
「やはりブランシェは邪魔者か」
「ちょっと待て! 急に一番愛せなんて言われても無理があるだろう」
「ふーん」
あまり納得していないようだ。
「時間が経てば状況は変わってくるってことかしら?」
「それはそうだ」
「本当かなぁ?」
「本当だ。約束する」
「もし嘘だったら‥‥」
ホワイティアは小さな杖を取り出すとブランシェの足元に向けた。
「何をしてるんだ?」
ホワイティアが杖を上げるとブランシェの足が少しずつ消えていく。
「ちょっと、ちょっと待て!」
「わかってくれたらいいのよ」
ホワイティアが杖を下に振るとブランシェの姿は元通りに戻っていった。
俺は額の汗を拭って思わず座り込んだ。
「あら? お疲れ?」
「一つ聞いていいか?」
「何かしら?」
「どうしていきなり一番愛せなんて言い出すんだ?」
「あなたのことが気に入ったからよ」
「なんで俺なんかを」
「内緒よ。それに私は何でも一番じゃなきゃ嫌なの」
ホワイティアは大きな声で笑うと部屋から出て行った。
急に一番愛せと言われてもどうすればいいんだ? 好きになるって自分でコントロールできるものなのか? それを考えるとマリーも小百合も芽依もそしてブランシェも自然に人を好きになってたよな。今思うと俺って幸せ者だったんだ。俺は俺をかばう格好のまま固まったブランシェの髪をそっと撫でた。