あのホワイティアが焦ってる?
第四十九章 あのホワイティアが焦ってる?
俺の横ではブランシェがマフラーを編んでいる。いくら言ってもソファーには座らない。なかなか頑固な娘だ。
「ずっと編み続けてるけど疲れないか?」
「四郎さんのマフラーだもの。全然疲れないわ」
ブランシェはソファーにもたれかかって俺の顔を見上げる。
「いつまでもこの幸せが続くと言いな」
「嬉しい。四郎さんがそんなこと言ってくれるなんて」
俺はそっとブランシェの髪を撫でようとしたが、俺の手はブランシェを突き抜けてしまう。
「え!? ブランシェ?」
ブランシェの姿が徐々に透き通っていく。
「た、助けて!」
「ブランシェ!」
俺は自分で出した大きな声で飛び起きた。
「もう何よ。急に大声出して」
俺の一番近くで寝ていたマリーを起こしてしまったようだ。
「ブランシェは?」
「何? 夢でも見たの?」
夢か。妙にリアルな夢だったな。俺は顔を左右に振って両手で頬を叩いた。
「ブランシェの夢でも見たの?」
「ああ、ブランシェが横で編み物をしてて急に透き通って‥‥」
「それはホワイティアの心理攻撃ね。約束の日まであと三日だから、少し焦り始めてきたのかしら」
「ホワイティアが見せた夢なのか。だったらブランシェを消すぞっていう忠告では」
「考え過ぎよ。ブランシェを利用してるだけ。気にしなくていいわ」
マリーは落ち着いた口調で言った。あと三日。桐の箱は昨日より輝いているように見える。
学校に登校すると俺は下駄箱に一通の手紙を見つけた。差出人は‥‥ブランシェ?
『四郎さんへ。私は待ち続けています。もう二度と会えないなんて嫌。ホワイティアが三日後までにあなたが来なかったら二度と会えなくなるだろうって言ってました。それって本当? もし本当なら私‥‥』
俺はその手紙をそっと閉じると誰にも見つからないように鞄へ入れた。
「どうした暗い顔して」
声をかけてきたのは囲碁部部長の荒木田だ。と言っても俺たちは三年生だから、もうとっくに部活は引退しているのだが。
「聞いたぞ。お前同棲しているんだってな」
俺は思わず椅子からこけそうになる。まさか小百合と同棲しているのがばれたのか? これは大変なことになるぞ。
「な、何のことだ」
「ごまかしても無駄だぞ。お前随分前から黒いおじさん尻尾と同棲してるんだってな」
「は?」
「毎日モフモフしてるらしいじゃねえか。うらやましいねぇ」
三号! 何わけのわからない噂流してるんだ?
俺が苦笑いしていると小百合が突然俺の教室に入ってきて言った。
「ねえ、四郎君。今日の夕ごはん何がいい?」
「お前もわけがわからんわ!」
疲れ果てて家にたどり着いたのは夕方の四時過ぎだった。
俺が部屋に入ると大きなワープゾーンができているではないか。
「これはいったい」
「これって何?」
「お前この大きな輪が見えないのか?」
「何言ってるの? 何もないじゃない」
俺だけに見えるのか? 恐らくいや絶対ホワイティアが作った異世界へのワープゾーンだ。これを通って帰って来いということか。
「ちょっと! これは何よ!」
マリーは俺の鞄からブランシェの手紙を出して言った。
「何勝手に鞄を見てるんだよ!」
「浮気チェックは奥さんの日課でしょ」
「いつから奥さんになったんだ」
「それより、これってラブレターじゃないでしょうね! え? ブランシェからの手紙?」
マリーはいきなり笑い出した。
「何で笑ってるんだ?」
「だって、あまりに幼稚な作戦じゃない。ホワイティアもたいしたことないわね」
「どういうことだ?」
「よく考えてみて。ブランシェは日本語が書けないのよ。それをこんな達筆で書いてくるなんて、ホワイティアが書いたのバレバレじゃない」
「そうか」
「かなり焦ってるわね」
あのホワイティアが焦るって何か信じられないのだが。
そして、その夜も俺はブランシェの夢を見るのであった。