朝のひと時
第四十八章 朝のひと時
「巻物返さなきゃ‥‥」
「何言ってるのよ。ホワイティアの言うことなんて聞くことないわよ」
「でも、これ返さなきゃブランシェがひどい目に会わされるかもしれないし」
「ブランシェも敵国の人物よ。どうなってもいいじゃない」
「そんな‥‥」
「いい? 再び白の国に行ったら二度と帰って来れないかもしれないのよ」
「それはそうかもしれないけど、ブランシェは俺を守るために倒れるまで白魔術を使い続けたって‥‥。そんな人を見捨てるなんてできない」
「大丈夫よ。腹いせに自国の住民を痛めつけることなんてしないわよ」
「そうかな」
俺はマリーの言葉をそのまま受け入れることはできなかった。確かにマリーの言うことは正しいのかもしれない。みすみす敵地に戻っていくなんて馬鹿げている。でも、あんなに純粋に俺のことを愛してくれた人を危険な目に会わせることなど俺には‥‥。
何とも言えぬ気持ちの悪さが俺の心の奥底を支配していた。
「四郎君、気持ちはわかるけどあなたが再び白魔族の国に行ったら多くの人が悲しむわ。それも理解して」
俺の思っていることがわかるのだろう。小百合はゆっくりとした口調で話した。
それから俺の葛藤の日々が始まった。『あんなピュアな娘を見捨てるのか?』という天使の声と『一人の娘を犠牲にすればすべて丸く収まるんだよ』という悪魔の声が交互に俺を襲う。期限まであと一週間。どうすればいいんだ。
そして何事もなく三日が経った。相変わらず俺の部屋には三人の女の子が居候をしている。壁を見るといつの間にやらピンクの壁掛けが貼られている。勉強机には可愛らしい小物が徐々に増えているような。よく見ると窓のカーテンも水玉模様に換えられていた。俺の部屋って完全に侵食されてないか? 最早男子中学生の部屋ではなくなってきた。この頃は芽依まで自分の部屋に行くことは稀になってきた。
「四郎君、どうしたの? 今朝は早起きね」
三人の中ではダントツに早起きな小百合が起きてきた。
「この部屋って随分様子が変わってきたと思ってな」
「ふふふ、本当ね。芽依ちゃんは女の子っぽいものが趣味だし、なぜだけマリーもその毛があるからかしら」
「お前はどうなんだ?」
「私はどちらかと言うと和風なものが好きかな」
「そうだな。ピンクとか水玉はどう考えても洋風だな。この部屋の変貌は芽依とマリーの仕業だったのか」
「まあ、仕方ないわよ。ここに住んでいるようなものだし」
「それもそうか」
「嫌?」
「そういうわけじゃないけど‥‥。もし、友達が遊びに来たら最悪だ」
「荒木田君とか?」
「あいつ突然来ることあるからな」
「そう言えば今日は休みだからここへ勉強しに来るって言ってたわよ」
「それは本当か! 大変じゃないか。早く部屋を片付けないと」
俺は慌てて立ち上がった。
「冗談よ」
え? 小百合も人をからかったりするのか? 知らなかったぞ。
「おい、勘弁してくれよ。心臓が飛び出すかと思ったぞ」
「ごめんなさい。でも少しは悩みを忘れかけたでしょう?」
「もしかして俺を気遣ってるのか?」
「まあね。私の彼氏だもんね。この頃その事実を忘れられてるみたいだけど」
「そ、そんなことはないぞ」
「あら? 私よりブランシェの方がいいんでしょ?」
「と、突然何言い出すんだ?」
「これも冗談よ」
「おい!」
「でも、最近自信なくなってきてるんだ。マリーやブランシェみたいに直接的な愛情表現はできないし、芽依ちゃんにまで追い越されたみたいで」
「そんなことないさ」
「本当に? 私このまま四郎君を愛し続けていいよね」
小百合が真剣に俺を見つめてくる。
「お前も俺以上に悩みを持ってたんだな。気付かなくて悪かった」
「朝から何話してるの?」
いつの間にかマリーが腕組みをして俺たちを睨んでいた。
「ごめんなさい。早起きは三文の得なのよ」
小百合はそう言うと一階に下りて行った。今日も朝食の手伝いをしてくれるらしい。マリーはあまりに料理ができないためこの役目を解任されたらしい。
「小百合ったら最近不利になってきたから四郎の母親を取り込もうとしているのよ。ちょっと料理ができるからって調子に乗ってるんじゃないわよ」
「お前は何で料理ができないんだ? 芽依でもちょっとした物なら作れるぞ」
「そんなの仕方ないじゃない。小さい時から料理人が作ってくれてたんだもの。ちなみにママだって何も作れないわ」
「さすがお姫様だな」
「まあね」
嫌味を込めて言ったつもりだったが通じなかったようだ。この点は小百合に通じるものがある。