私たちの願い
第四十六章 私たちの願い
「四郎!!!」
城から転送された俺を見つけたマリーは大声で叫び、俺に飛びついてきた。
「ちょ‥‥」
「もう、何で四郎まで捕まってるのよ! もう真剣心配しちゃったじゃない。さっさと部屋を出ないからこうなっちゃうんじゃない」
マリーの目からは大粒の涙が落ちている。
「私、四郎が‥‥四郎がいなくなったら‥‥」
「マリー‥‥」
マリーは俺の胸に顔を埋めて思いっきり泣いた。
五分ほどこの状況が続いただろうか。マリーの鳴き声がようやく収まりかけた時、小百合がそっとマリーの肩をたたいて言った。
「もういいでしょ? 離れなさい」
マリーの勢いに思わず言葉を失っていた小百合の一言で、マリーはようやく俺から離れた。すると、この時を待っていたかのように俺の足元に細長い桐の箱が現れた。そしてホワイティアの声が俺の脳に直接語りかけてきた。
「これが例の巻物よ。大切に使ってね。じゃあ、一週間後にまた会いましょう」
「お兄ちゃん、どうしたの?」
あっけに取られていた芽依がようやく言葉を発した。
「この桐の箱が例の巻物だそうだ」
俺はそっと箱を持ち上げると蓋を取ってみた。立派な巻物が入っている。
「まだ巻物を開けちゃ駄目よ。あなたの世界に帰ってから開けなさい。でないとお友達を助けることはできないわ。魔術は異世界を超えることはできないの」
俺は再び桐の箱に蓋をした。
俺たちが元の世界に帰ってくると二号と三号の歓喜の声で迎えられた。
二号も三号もマリーに飛びつき泣き始めた。暫くするとマリーは二号に怒られているのだろうか。顔を尻尾でぺちぺちと叩かれている。恐ろしく迫力に欠ける叱られ方だ。決して痛くはないだろう。むしろ気持ちが良さそうだ。
「長い間留守しちゃったわね。お父さんやお母さん、学校のみんなもどう思ってるんだろう」
小百合がぼそっと言う。
「大丈夫よ。パパが魔術で海外に留学してるってことにしたらしいわ」
「三号‥‥じゃない。お前のお父様が? 大丈夫なんだろうな」
悪夢が蘇る。
「とりあえず急ぎましょう。巻物を開けて黒魔術を解かなくては」
小百合がもっともな提案をする。
「じゃあ、四郎。蓋を開けて」
「わかった」
俺は丁寧に蓋を開けると中から巻物を取り出した。
「開けるぞ」
俺の言葉に全員息を呑んだ。
「ええ、開けて」
マリーが意を決したように巻物を見つめる。
俺が巻物を開くと突然白い霧が現れ部屋の視野は奪われた。やがて霧が晴れると目の前に大男が腕組みをして立っている。
「何でも願い事を三つ叶えてやろう」
「何か思ってたのと違うような‥‥」
「そうね‥‥」
当然、俺たちは巻物に白魔術を会得する何かが書かれているものだと思っていた。しかし、この状況は何なんだ?
「ま、何でもいいわ。パパがかけた黒魔術を解いてほしいの」
「この尻尾がかけた黒魔術を解けばいいのだな」
「キュピーキュピー」
恐らく三号は怒っているのだろうが、これまた迫力に欠ける。
「お安い御用だ」
大男は両手を上に挙げると何やら呪文らしきものを唱えた。
「これで安心だ。この尻尾のかけた黒魔術はすべて解除した」
「キュピーキュピー」
まあ、王族を『この尻尾』と言われたら怒るのは当然か。
「早速病院へ行ってみましょう」
小百合は急いで部屋を出ようとすると、
「まだ二つ願い事を言えるがもういいのか?」
大男の言葉に全員の動きが止まった。
「そうよね。せっかくだから何か願い事を言ってからでもいいわよね」
マリーがそう言うと三人は考え込んでしまった。
「これってかなりのチャンスだわ。こんな機会そうあるもんじゃなし。何を頼むか悩むわね」
三人は真剣に考え込んでいる。
「そうだ。白魔族が滅びますように」
マリーが突然とんでもないことを言い出す。
「駄目だ。白魔族を攻撃するような願いは封じられてる」
「なかなかホワイティアもやるわね」
その時、芽依が突然口を開く。
「お兄ちゃんと結婚できますように」
「よし了解した。二つ目の願いしかと聞いたぞ」
これに慌てたのはマリーと小百合である。
「ちょっと芽依! 何言い出すのよ。貴重な願いを無駄に使うんじゃないわよ!」
「そうよ芽依ちゃん。兄妹は結婚できないの知ってるでしょ」
「ちょっと魔人さん。今のはキャンセルよ」
この大男って魔人だったんだ。いよいよ昔話になってきた。
「それが三つ目の願いでいいのか?」
「それはちょっと待って!」
マリーが再び悩み出す。
「折角のチャンスを逃すのも勿体ないわよね。どうせ芽依は四郎とは結婚できないんだし‥‥やっぱり不老不死とかかな」
「それは駄目だ」
「どうしてよ」
「願いはあと一つ。不老か不死のどちらかにしろ」
「え? 不老だと若さは保てるけど年を取ったら突然死んでしまうってことよね。不老ならいつまでも死なない代わりにどんどん更けていくってこと?」
「女性だと不老かな。でも、これって当然この願いを叶えてもらえるのは一人よね」
小百合が魔人に聞く。
「当然、一人だ」
この言葉に三人がもめだした。やはり若さを保てるのは女性にとって魅力なのだろうか。
「やはり時期王の私が一番ふさわしいわよ」
「何言ってんの。彼女である私がいつまでも若かったら四郎君が喜ぶわ」
「駄目だよ。お兄ちゃんと結婚するのは芽依だよ。芽依がいつまでも若くいるべきだよ」
「あんたはもう願い事言ったでしょう!」
埒が明かぬ言い合いにしびれを切らしたのか、魔人が怒鳴る。
「いい加減にせんか!」
三人の女が黙った。
「わかった。三つ目の願いを言うわ」
「何だ」
「四郎と結婚させて」「四郎君と結婚させて」
マリーと小百合がほぼ同時に言った。
「わかった。その願いしかと聞き遂げた。次は一年後に会おうぞ」
魔人はこの言葉を残して消えていった。
「ちょっとー! どちらの願いを聞き遂げたのよ!」
マリーが叫んだが巻物は何の変化も示さない。それにしても俺の人生なのだが、俺の気持ちは一切入っていないのはどういうことなんだ? 魔人の力がどれくらいあるかはわからないが、妹と結婚する願いは叶えられまい。それにしても十億円以上の大金が欲しかったな。