お前は誰だ!
第四十四章 お前は誰だ!
壁に引きずり込まれた俺は狭い部屋にいた。ちょうど四畳半くらいの大きさだ。
「危ないところだったわねー」
薄暗い部屋だったので気付かなかったが目の前に綺麗な女性が椅子に座っている。
「これはいったいどうなって‥‥」
「捕まりそうだったから助けてあげたのよ」
「ありがとうございました」
「感謝してくれるんだ」
「はい、感謝しています」
「じゃあ、私のお願い聞いてくれるかなぁ?」
「え? あっ、はい。できることなら」
「へえ、お願い聞いてくれるんだ? だったら私と結婚して」
「い、い、いきなり何を言い出すんですか」
「ふふふ、冗談よ。顔を真っ赤にして可愛い~」
「からかってるんですか? あれ? これって日本語?」
「やっと気づいたわね。そうよ私は日本語が話せるの」
髪が腰まで伸びたセクシーな女性は笑みを浮かべて俺を見ている。まさかこの国に表の世界のことを知っている人間がいようとは思わなかった。
「驚いた?」
「はい、少し」
「緊張してるわね。飲み物でも飲む? はい、どうぞ」
女性が呪文を唱えるとマグカップに入った液体が現れた。
「遠慮なくどうぞ」
これを飲み物というのだろうか。カップに入った液体は紫色で大きな泡がブクブクと出ている。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと」
「あら、もしかして毒だと思ってる? それとも私の出した飲み物が飲めないとでも?」
「宴会で酔っ払ったおっさんか!」
俺はいつもの癖で思わずツッコんでしまった。
「ちょっと元気が出てきたわね。いいわよ~」
女性は口に手を当てて笑うと続けた。
「でもこの飲み物って飲んだ人の八十パーセントが呼吸困難に陥ってるから飲まない方がいいかも」
「それを毒というんだ!」
危ない危ない。この人は何を考えてるんだ?
「いいわぁ。素晴らしいツッコミよ」
女性は大笑いをすると涙を拭いて俺を見つめ直した。
「そうよねえ。突然日本語を話されたら驚くわよねえ。でも、私はもっとあなたを驚かすことができるわ」
「どういうこと‥‥」
「何を言って驚かせようかしら? 四郎君」
俺は思わず女性から離れた。
「何で僕の名前を知ってるんだ!?」
「あなたのことなら何だって知ってるわよ」
「え!」
「例えばあなたは長男なのに四郎と名付けられたとか。小百合って恋人がいるとか。芽依っていう妹もいるとか」
「何でそんなことまで知ってるんだ!」
「小百合って娘も可愛そうよねえ。優柔不断なあなたのことを未だに『好きって』言ってるんだもんねぇ」
「お前は何者なんだ!」
「私の名前が知りたいの? 知らない方がいいかもよ」
「ふざけるな!」
「いいわ。教えてあげる。でも腰抜かしても知らないわよ」
ゆっくりとした落ち着いた声が俺を一層不安にさせる。
「私の名前はホワイティアよ」
ホワイティアはウインクしながら言った。
「ホワイティア?」
「あら、お父様から聞かなかった?」
「まさかこの国の王の?」
「そう、王のホワイティアよ」
俺は慌てて部屋の隅へと這っていった。
「そんなに怯えなくてもいいわよ。本当に可愛いんだから」
ホワイティアは立ち上がるとゆっくりと俺の方へ向かってきた。
「もちろん、あなたたちが白魔術の巻物を盗みに来たことも知ってるわ」
俺はぴったりと壁に引っ付きホワイティアから目をそらした。
「私は今まで前線にいたの。あまりにピピプルさんが頑張るものだからこっちに帰ってくるのが遅くなっちゃったわ。客人が来てるって言うのにね」
「ピピプル?」
「あら、ピピプル・クレタ・ビチャ・シッコって知らない?」
「ピピプル・クレタ・ビチャ・ウ○チなら知ってるけど‥‥」
「それは妹の方ね。あなたにはマリーって呼ばせてるみたいだけど」
ホワイティアが言うピピプルってマリーの言ってた最強のお姉さんのことか。
「取り敢えず今回は一時休戦ってところね。でも、このままいけば私の勝ちは間違いないわ。確かにピピプルはいい戦士よ。知恵も回る。だけど所詮は黒魔術。白魔術にはかなわないわ」
俺は何も言えずただじっと聞いていた。
「あらあらあなたの仲間が捕まったらしいわね」
「どうしてわかるんだ」
「私の得意分野は情報戦よ。いろいろな情報がテレパシーで入ってくるの」
「俺たちをどうする気だ」
「どうしようかな? あら? 力尽きて倒れていたブランシェが目を覚ましたようね」
「そうだ。ブランシェ! ブランシェはどうなるんだ?」
「ブランシェは国家反逆罪で牢屋に入るのが適当だけど今回は助けてやろうかな? いいえ、愛する人のために自分を犠牲にしたんだから、むしろ褒めてやらなきゃね」
「本当か!?」
俺に少し笑顔が戻る。
「でもピピプル妹って馬鹿よね。いくら好きな人と離れたくないからって敵の本拠地に何の装備もなしで飛び込んでくるなんて。これが正真正銘の『飛んで火にいる夏の虫』ってやつね」
「俺たちはどうなるんだ!?」
「使い道はいろいろありそうね。ピピプル妹を人質にして黒の一族に降伏を求めてもいいし、見せしめに公開処刑をして国民の士気を高めるのもいい」
「やめてくれ! 俺は処刑されてもいいからあの三人は助けてくれ!」
「そんな興奮しないで。でも、そういうところ好きよ」
「お願いだ!」
俺の目から一粒の涙がこぼれた。確かに無謀な作戦だったのかもしれない。俺の判断力の鈍さがいけなかったのだ。全力で小百合を止めるべきだった。
「ねえ、四郎君。全員を助けて巻物を貸してあげてもいいのよ」
「え?」
俺は耳を疑った。どういうことだ?
「私のお願いを聞いてくれたらだけどね」
「な、何だって言うことを聞く。だから‥‥」
俺は藁をもすがる思いでホワイティアを見つめた。