逃走
第四十三章 逃走
「鍵はかかってなかったわ。今から本格的に作戦を決行するから逃げる準備をしておいて」
「ああ、わかった」
俺は天井を眺めながら呟くように念じた。
「どうしたの? やっぱり今日の四郎さん何か変」
「そうかなぁ」
あと少ししたら俺はここを出て行くことになるだろう。何も知らない健気な少女を残して。
ブランシェは暫く俺を眺めた後、再び手袋を作り始めた。俺はブランシェに気付かれぬようそっと荷物のありかを目で確認した。荷物と言っても大したものはない。少しばかりの物が入った小さな鞄が一個あるだけだ。
「やったわ! 巻物を見つけたそうよ。後はこれを持って城の外に出るだけ。四郎も移動して」
「ああ‥‥でも、ちょっとだけ待ってくれ」
「どうしたの? 巻物がなくなったことがばれるまでにこの城を出る必要があるのよ。わかってる?」
「もちろんだ」
「小百合たちが移動を始めたわ。早く城の外へ出て」
俺はそっとブランシェを見た。そして心の中で『ごめんな』と囁いてソファーを立ち上がると小さな鞄を手にして部屋を飛び出した。
「四郎さん! どこへ行くの?」
俺はその質問には答えず廊下を走った。
「待って! お願い行かないで!」
その時、廊下に警報らしき大きな音が響き渡った。
「まずいわ。巻物を盗んだことがばれたわ。早く城の外へ出なさい!」
俺は闇雲に走ったが一向に出口へは辿り着けそうになかった。ブランシェが必死に追いかけてくるのがわかる。俺は最後の望みとばかり廊下の角にある天井を見た。玄関へ行くための数字が書かれているはずだ。しかし、そこに書かれていたのは今まで見たことのない形のものだった。
『これは6か? それとも7か?』
「おい、いたぞ!」
前方から兵士が俺めがけてやって来る。俺はとっさに廊下を曲がった。
『やばいな。出口への道がわからないといずれ捕まる』
すると進行方向にも別の兵士が現れこちらに向かってくる。
『駄目だ! 挟まれた!』
「四郎さん、こっち」
ブランシェが指さす方向に階段がある。俺は言われるままに階段を下りた。
「ブランシェ! 俺についてきちゃ駄目だ!」
「どうして! どうしてそんなこと言うの?」
「俺についてきたら君の人生が狂うことになる」
「嫌! 私は四郎さんについていくの」
「駄目だ! 俺のことは忘れるんだ。君には明るい未来がある」
「そんなことできない。どんな人生が待っていようと私はどこまでも四郎さんについていく!」
階段を降りると再び迷路のような廊下に出る。
「こっちだ!」
また新たな兵士がこちらに来る。俺は角を曲がる。
「いたぞ!」
またまた挟まれてしまった。いったい何人の兵士がいるんだ。
もう駄目だと思った瞬間、ブランシェが呪文を唱える。すると兵士たちの動きが止まった。まるで見えない何かに捕らえられたように。ブランシェは両手を広げ必死に呪文をとな続けている。
「ブランシェ! 何をするんだ。これは国家反逆罪だぞ!」
「ブランシェ。止めるんだ。そんなことをしたら君はここにいられなくなる。もしかしたら重罪に処されるかもしれない。俺のことはもういいから。止めてくれ」
「早く逃げて。あなたの後ろにある扉は他の廊下に繋がっているから。私の魔力では長くこの人たちを止めていられない。お願いだから早く行って」
目を強く閉じ必死で魔術を出し続けるブランシェ。
俺が一歩ブランシェに近づこうとしたとき、俺の体は何らかの強い力で弾き飛ばされ部屋の中へと入っていった。俺は慌てて起き上がると部屋の扉に飛びついた。開かない。ドアノブが回らないのだ。
「ブランシェ!!」
やがてドアの外が騒がしくなる。
「ブランシェ! 何てことしたんだ。早くこの扉を開けろ!」
やはりこの扉が開かないのはブランシェの力のようだ。
「嫌」
「牢屋に入れられてもいいのか?」
「いい」
「駄目だ。俺たちではどうしようもない。精鋭部隊を呼ぶんだ」
「そんなことしちゃ駄目。お願い」
「早くしろ」
「四郎さん、早く逃げて! 精鋭部隊が来たら大変なことになるわ」
俺はただならぬブランシェの声の震えを感じて、この場を離れることにした。
「必ず助けに来るからな」
そう言い残すと俺は走った。闇雲に走った。
「いたわ。こっちよ」
精鋭部隊は女性の部隊らしい。そうだ、こちらの世界は男性より女性の方が強いのだった。俺はすぐに追い詰められてしまった。
俺は覚悟を決めたその時、壁から手が飛び出し俺を壁の中へと引きずり込んだ。