小百合の作戦
第三十九章 小百合の作戦
毎朝、優しく肩をたたかれて俺は目を覚ます。
「四郎さん。起きてください。朝ですよ」
俺はまだぼんやりとした目をこすって起き上がる。朝の五時半だ。
「まだ早くないか?」
「これ以上遅いとソファーで寝ている小百合さんに先を越されてしまうから」
確かに早起きの小百合に勝とうと思ったらこうなるか。俺は仕方なくベッドを下りた。洗面所へ行き顔を洗うとブランシェが絶妙のタイミングでタオルを渡してくれる。本当によく気が利く女性だ。
「今なら二人きりだね。どうしてこの人たちはあなたから離れないの?」
「さあ?」
俺はあやふやな返事をした。というかこういう返事しかできないのだ。
「もしかしてこの人たちもあなたのことが好きなのかな?」
「さあ?」
「でも、三人が同じ人を好きになって一緒にいるなんてありえないわよね」
「ははは」
「マリーさんは露骨に好きそうだけど、あとの二人はよくわからないし」
「そうだね」
「ねえ、あなたたちどういう関係なの?」
ブランシェを好きだと言ってから、この手の追求が酷くなってきている。女性と言うものは得てしてこういうものなのかもしれないが。
「え? 四郎君、もう起きたの?」
小百合は慌ててソファーから起き上がった。
「お前たち競争で早く起きるのやめないか?」
「健康的な生活習慣が身についていいじゃない」
俺は一つため息をつくと椅子に座った。
「ねえ、小百合さん。あなたは四郎さんとどういう関係なのですか?」
「恋人」
「嘘でしょ!」
「本当よ。四郎君に聞いてみたら?」
ええ! 小百合―! それはなかろう。ただでさえマリーの後先考えぬ言動でブランシェの信頼を失いかけているのに、お前まで何言い出すんだ?
「本当なの?」
「いや、ち、違うって‥‥」
俺は手を大きく振って全力で否定した。
「冗談よ。四郎君がどういう態度をするか見たかっただけよ。私と四郎君は何でもないわ」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
小百合はブランシェが見てないところで俺を睨んだ。やめてくれこの何とも言えぬプレッシャーをかけるのは。どういう態度を見せるかって滅茶苦茶奥が深そうな言葉じゃないか。小百合はマリーの様にストレートな性格でないから余計に怖い。
「マリーさんは四郎さんのことを好きですよね」
「そうみたいね。でも気にしないで四郎君はあんな気の強い人よりあなたのような一途な人が好みなはずよ」
「本当ですか!」
ブランシェの顔がいきなり明るく輝いた。さすが小百合。何も考えないマリーとは大違いだ。
「もう一人いるけど‥‥」
「あの子は四郎君の妹だから恋愛対象じゃないわ。安心して」
「あ、ありがとうございます」
ブランシェはお礼を言うと顔を真っ赤に押して手を顔に当てて喜んだ。
「ねえ、ブランシェさん」
「何でしょう」
「一つお願いがあるの」
「お願い?」
「私たちここに来て随分と経つけど、まだどこに何があるのかよくわからないの。この城迷路みたいでしょ。城のこと詳しく教えてくれない」
「いいですけど。どうやって説明すればいいでしょうか」
「そうね。例えばあなたが四郎君を連れて案内するとか。それなら二人っきりになれるわよ」
「案内します!」
ブランシェは飛び上がって喜んだ。そして、
「早速行きましょう」
と言って俺の手を取り引っ張って部屋を出た。
廊下は何度通ってもわからない。今どこをどの方向に向かっているのやらさっぱりだ。
「あれ? ここさっき通らなかったか?」
「通ってないわ」
「そうかなあ?」
「何でこんな複雑なつくりにしてるんだ?」
「敵国のスパイが来てもいいように」
「ははは、なるほど」
俺は作り笑いをするとブランシェから目をそらした。
「いいこと教えてあげる」
「いいこと?」
「道に迷わないおまじない」
「何だそれ?」
「あの天井の角を見て。数字が書いてあるでしょ?」
「数字?」
「ほら、あそこよ」
確かに何か書いてある。三角形にしか見えないけどこれが数字なのか? これは俺が知っている数字とは程遠い暗号である。
「もし、迷ったらあの数字を小さくなる順に辿って行ったら自分の部屋に行けるように魔術がかけられているの」
「どうして俺の部屋に行く数字なんだ?」
「見る人によって数字は違うの。その人に必要な数字が見えるように魔術がかけられているから」
「それは凄いな」
「もちろん、その人が必要な場所に案内してくれるから、毎回案内する場所は違うわ。例えば寝る時間なら寝室に。王様に呼ばれたときは王の間に。食事時なら大広間に」
「うーむ。素晴らしいシステムだ」
「そうでしょ」
ブランシェは素敵な笑顔で首をかしげた。
「でも、行きたい場所をこの数字はどうやって知ることができるんだ?」
「心で思っていることを読み取るのよ」
「なるほど」
俺は感心して天井を眺めた。