勘違いの恋
第三十一章 勘違いの恋
豪華すぎる夕食を食べた後、俺たちは作戦会議を行った。
「それにしてもよく怪しまれずにこんな待遇を勝ち取ったものね」
「私にとってはこんなの朝飯前よ」
「で、私のスマホはどうなるの?」
「あれはあげたわ」
「え? あげた?」
「そう。王に献上したの」
「ちょっと、買わすんじゃなかったの?」
「それじゃ、お金をもらって城を出て行くことになるだけよ」
「それはそうだけど‥‥」
「あなたのスマホをサンプルにして、気に入ったら大量生産すると言ったの」
「私たちにスマホが造れるわけないでしょ」
「造る必要なんてないわ。例の巻物を探す間ここに滞在できればいいのよ」
何かマリーが悪者に見えてきたのは気のせいか?
「あなたって本当に結果優先主義よね」
「何とでも言いなさい。他に巻物を手にするいい方法があるとでもいうの? まさか直接巻物をくださいなんて言えないでしょ?」
「でも、ここの人たちはかなりピュアな心を持ってるみたいよ。何か嘘ついて騙すなんて心が痛むわ」
「そんなこと言ってたら話は進まないわ。今は緊急事態じゃなくて」
「確かにそうだけど、芽依ちゃんはどう思う」
ちょっと待て。なぜ芽依に振る? ここは俺に聞くべきところだろう。
「いいんだよこれで。騙すのは悪いことかもしれないけど、一番効率のいい方法がこれなら仕方ないと思うよ」
「そうだね。仕方ないよね」
「で、明日からは城内を探しまくるわけね」
結果的に俺には聞かんのんかーい!
「明日の朝食後にもう一度この部屋でミーティングをしましょ」
「わかったわ」
芽依と小百合は大きく頷いた。
「あ、それと作戦が成功するまでは四郎に手を出さないという提携を結びましょう」
「手を出さない?」
「個人部屋だから、その気になればいろいろな展開が可能でしょう? 今は巻物を見つけることに専念すべきだわ」
「了解」
小百合と芽依が敬礼をするとマリーもこれを真似た。小百合はわかるが芽依まで了解する必要があるのか?
翌朝は誰に起こされることもなく目が覚めた。この部屋には大きな窓がある。そこから差す日差しがとても爽やかだったからかもしれない。
鏡を見て一応の身支度を整えていると誰かがドアをノックした。
「はーい」
「キュピッピ」(おはようございます)
昨日の女性だ。
「あ、はいどうも」
何て言ったんだ? あ! 俺今日本語を話してしまったけどまずかったかな?
『朝のタオルと洗面用具を持ってまいりました』
うーむ。さっぱりわからん。でも、おそらくタオルを持ってきたくれたのだろう。
「ありが‥‥キュピピピピ」
俺がまた適当な尻尾語を話すと彼女は顔を真っ赤にして下を向いてしまった。またやらかしてしまったのか?
「おはよう」
マリーがノックもなしに飛び込んできた。
「ちょっと、あなたたち何してるのよ?」
女性はマリーを見ると真っ赤な顔を両手で押さえて部屋から飛び出して行った。
「何をした!?」
「な、何もしてないぞ。ほ、本当に」
「じゃあ、なんであの娘が顔を真っ赤にしてたわけ?」
「いやただ『キュピッピ』て言われたので、『キュピピピピ』て返しただけだ」
「だから余計なことをするなって言ってるじゃない! 『キュピピピピ』は英語で言えば『I love you.』って意味よ!」
やはりやらかしていた。
「おはよう」
ここで小百合と芽依も入ってきた。
「あら、どうしたの?」
「四郎が浮気したのよ」
「浮気!」
「いやいや、していないから」
「誰に浮気したの?」
「昨日来てたメイド風の若い女よ」
「四郎君、どういうこと? ただでさえマリーみたいな得体のしれない女にデレデレして信頼を落としかけているのに」
「おい!」
「女だったら誰でもいいわけ?」
「だから本当に何もしていないから」
「お兄ちゃん、芽依も許さないからね」
何で芽依にまで怒られるんだ?
暫く三人は口をきいてくれなかった。
「じゃあ、朝食が済んだらもう一度集合ね」
マリーの指示に頷くと三人は部屋から出ていった。それにしても一人くらいは俺を信じてくれてもいいんじゃないか?
女三人が出ていって暫くすると、例の女性がそうっと入ってきた。
そして何も言わず目を瞑って手紙を差し出した。この国には紙媒体があるのか? マリーの国にはほとんど残っていないと言ってたっけ? 俺がその手紙を受け取ると女性は走って帰っていった。
あれ? この手紙なんか違うぞ? 封を開けて中の紙を取り出したが、これも何か違う。俺が普段使っている紙より高級っぽい。中に書かれた文字は全く読めなかったが、これは多分この国の言葉なのだろう。
何が書かれているかはわからないが、おそらく『キュピピピピ』に対する返事な気がする。こんなのあの三人に見られたら大変だ。どこかに隠さなくては。何となく三号の気持ちが理解できてしまう俺であった。
「あら、これって羊皮紙じゃない」
突然の小百合の声に俺は大きく後退した。いつの間に入ってきたんだ? 全然気付かなかったぞ!
「きっとさっきの女の人からもらったんだよ」
「ちょっと貸しなさいよ」
残り二人もいた。
マリーは俺から羊皮紙を取り上げると、大きな声で読み始めた。
「私、男の人に告白されたの初めてでしたので、変な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。昨夜は一晩中あなたのことを考えてしまいました。私みたいな未熟者でいいだろうかと。お断りするべきじゃないかと。でも、今朝のあなたの言葉で決心がつきました。どうか私を一生あなたの傍に置いていただけますか。一生懸命あなた好みの女性になれるよう努力いたします。末永く宜しくお願いします」
三人の目が怖い。
「どうするつもり!?」
この状況がどのようなものかは把握しきれない。ただ一つ言えることは、俺は逃げないと危ないということだ。
俺が動こうとしたとき、芽依と小百合が俺の背後に回った。逃げ道をふさがれたか。
「マリー、日本刀」
小百合のゆっくりとした低い声にマリーは手を振り下ろした。
ポン。
「この感覚、これは妖刀村正ね」
小百合は更に低い声と共に刀を鞘から抜いた。
うん、もう駄目かもしれない。これは絶対駄目だわ。こんな終わり方っていけないよね。せめて捕まって死刑の方がよっぽどよかったな。ここまで読んでくださった皆様、本当にありがとうございました。
とその時、例の女の子が飛び込んできたかと思うと俺に抱き付いた。どうやら必死で俺をかばっているらしい。
「キュピキュピピキュッピピー」(お願いこの人を殺さないで。代わりに私を殺して)
目からは大量の涙が溢れている。そして、俺の胸に顔を埋めて泣き始めた。
『わかったわよ。あなたに罪はないわよね』
しかし、泣き続ける彼女。
『殺さないから離れなさいよ』
女の子は大きく首を振っている。
『この人は私のフィアンセなの。この国の言葉がわからないから適当なことを言っただけよ』
『そんなことない。この人が私を見つめる目は本物だったわ。誰がなんて言おうと私はこの人に一生ついていきます』
『何言ってるのよ。離れなさいよ』
「ねえ、この女の子何言ってるの?」
「さあ、さっぱりわからないわ。何か話がこじれていることは伝わってくるけど」
結局、他のメイドさんが俺たちに朝食ができたと告げに来るまでこの状態が続いた。