いざ城の中へ
第二十九章 いざ城の中へ
次の朝、俺は芽依の優しい声で目覚めた。
「お兄ちゃん、朝だよ。起きて」
いつも元気いっぱいなイメージがある芽依にこんな声を出されると何か調子が狂う。
小百合がこの部屋にやってきたのは、それから十分後のことだった。
「あら、二人とも早起きね」
更に三十分後、マリーが慌ててやってきた。
「もう、何で起こしてくれないの!?」
よく見ると二人とも目が充血している。そう言えば真夜中に、
「それってどういう意味よ!」
というマリーの大きな声が聞こえてきたっけ。この二人が夜遅くまで死闘を繰り広げていたことは容易に想像できる。
「さあ、クリーニングするわよ。全員並んで」
「服を着たままできるのか?」
「大丈夫よ。私の魔力を見くびらないで」
「あなたの魔力が高かったら、こんな苦労はしなくていいんじゃないかしら?」
小百合の嫌みが炸裂する。おそらく昨夜もこんな状態が続いたのだろう。しかし、小百合って人の嫌みには疎いくせに自分発なら嫌味を言えるから不思議だ。マリーもかなり頭の回転は速そうだが、なぜか小百合にはやりこまれる傾向が出てきた。これは小百合が要領を得てきたからだろう。マリーのすぐ怒る性格や今の日本人になくなりかけているピュアな面をうまくついているに違いない。
「私はまだ未成年だから仕方ないのよ!」
と、応戦しながらマリーは呪文を唱えた。見た目は変わらないが洗い立ての服を着た気持ちになるから不思議だ。あれ? 何か思っていたのとは違うような。
「今回はおまけとして香水も振りかけておいたわ。表の世界でよく使われている高級な香水と同じ香りよ」
そう思うと匂いがきつい。
「おい、これって女性用の香水か?」
「当たり前じゃない」
「何で俺にまでかける!」
「いいじゃない、ワンピース着てるんだし」
「いいわけねえだろ!」
いざ出発前になるとマリーが何やら始めた。
「おい、行くんじゃないのか?」
「ちょっと待ってよ。今メイクしてるから」
「何であなただけメイクするのよ」
「今から城に出かけるのよ。おめかしして当然じゃない」
「だったら私もするわよ。道具出しなさいよ」
「芽依もする」
「冗談よ。私は白魔族のトップクラスに顔を覚えられている可能性があるわ。メイクをして別人になっておきたいだけ」
「あなただけってずるいわよ」
小百合は不服そうだが、考えてみればまだ中学生だぞ。メイクは早かろう。
そして一時間‥‥
「できたわ」
き、綺麗だ。やっぱりマリーを選ぶことにしよう。うん、そうしよう。
「四郎君。今変なこと考えなかった?」
「と、と、とんでもない」
慌てる俺の姿を見て芽依が笑いをこらえている。
結局、俺たちが宿を出たのは午前十時過ぎだった。まだ人通りは少ないだろうと思っていたが、結構多くの人が歩いている。何て真面目な国民性なんだ。
「キュッピー」
通り行く人は皆、見ず知らずの俺たちに声をかけてくれる。おそらく『おはよう』って意味だろう。しかし、これから城内に乗り込むのに尻尾語が話せないのは困るのではなかろうか。といっても今から語学の勉強もできないか。
俺たちが城の正門を抜けると今まで見たこともない光景が目に飛び込んできた。爽やかな緑。色とりどりの花々。見事なまでに絵画的な風景を演出している。
「うわー! 綺麗だね」
「あまりキョロキョロしないで。よそ者だとばれるわ」
「そうだぞ芽依。ちょっとは小百合やマリーの様に落ち着いて‥‥」
小百合は乙女チックバージョンへと変貌していた。
「小百合さんがどうかしたの?」
「いや、何でもない」
俺たちは行商人に教えてもらった中門の横にある小屋までくるとマリーが言った。
「小百合、スマホを貸して。私が交渉してくるわ。あなたこの国の言葉は話せないでしょう」
「それもそうね。お願いするわ」
小百合は自分のスマホを渡すと軽く深呼吸をした。少し緊張感が増してきている。
十分くらいは待っただろうか。マリーが戻ってくると俺たち一行は門の中へと案内された。いよいよ一大勝負の始まりだ。下手をすればこの門を再びくぐることはないかも知れない。緊張感が徐々に増していく。
そして俺たちは運命の城の中へと踏み込んだ。