マリーの本音
第二十三章 マリーの本音
昼過ぎになると小百合は身の回りの物を取りに自宅へと帰っていった。
「芽依ちゃん。私がいない間マリーを見張っといてね」
「任せといて」
この二人いつの間にか随分仲良くなったな。
小百合が出ていくと、俺の部屋は妙に静かになった。別に小百合が騒がしいわけではないが、マリーとの怒鳴り合いが印象に残っているからかもしれない。
そういえば不良グループが健康を取り戻したらこのプロジェクトも終了する。終了したらマリーは向こうの世界に帰ってしまうのだろうか。何か寂しいような。寂しいというより帰ってほしくないという願望めいた感情が俺を支配し始める。もしかしてマリーのことが気になり始めているのか? 命がけで守ってもらう経験なんてそうあるものじゃない。自分の命を犠牲にするなんて。そんなに惚れられているのか? いくら好きな人でもそこまでできるものだろうか。まし、マリーや小百合が危険な目に会ったとして、俺は自分の命を犠牲にする勇気はあるのだろうか?
「キュピー、キュピー」
今朝から三号がやたらと俺にまとわりついてくる。餌をもらう猫がするように上質の毛をすりすりと擦り付け、のどをゴロゴロと鳴らしているのだ。この様子を二号がじっと見ている。なるほど二号の小言から逃げるためか。こんなこと小百合や芽依にすればますます二号の怒りを煽るだけであるから消去法で俺になったということだろう。
しかし、ここで一つの疑問が湧いてくる。
「おい、マリー。三号‥‥いやお前のお父様って何歳なんだ?」
「今年で四十五歳よ」
ということは中年の親父がすり寄ってきているということか。俺は思わず三号から離れた。すると二号が、
「キュピッ」
と鳴き顔を軽く振ると三号は慌てて二号の前に飛んで行った。
「キュピキュピキュピキュピピ」
まだ続いてたんだ。
マリーはさっきから黒いワンピースを何着も並べて何やら呟いている。
「何やってるんだ?」
「洗濯よ」
「洗濯なら下の洗濯機を使えよ」
「黒魔術を使って殺菌と汚れを取り除いた方が綺麗になるし早いわ」
そう言うとマリーはそれらの服をこの世界では見なれない籠に入れた。
「お前の服って黒のワンピースばかりだな。何か意味があるのか?」
「ただ好きなだけよって言いたいけど少しだけ意味があるわ」
「どんな意味だ?」
「内緒」
「何で内緒なんだ?」
「来るべき時が来れば教えるわよ」
「何だそれ?」
マリーは突然手を止めると天井を眺めて一つため息をついた。
「そうよね。いつまでも話さないわけにはいかないわよね」
あまりの口調の変わりように俺は思わずあっけにとえられた。しばらく無言が続く。
「もしかして不良グループの回復が確認されたら、お前は向こうの世界に帰ってしまうのか?」
マリーは少し笑みを浮かべると、
「心配なの?」
「え? ああ、ちょっと気になって」
「ふふ、帰ってほしくないのね」
「帰ってほしくないというか。ちょっと気になっただけだ」
「大丈夫。帰らないわ。私がこちらに来た目的はこの世界の研究よ。不良グループを助けるためじゃないわ」
「そ、そうか」
俺はほっとして思わず笑顔になった。
「やったー! 喜んでる」
「そ、そんなことないぞ」
俺は動揺して視線をマリーからそらす。
「もで、私が表の世界に来た本当の目的は他にあるのよ」
マリーの声は小さくなっていった。
「え?」
「実は救世主を探しに来てるのよね」
「救世主?」
「ねえ、あなた。私と裏の世界へ来ない? そこで一緒に暮らそう」
これって、まさかプロポーズ? 俺が返事に困っているとマリーは下を向いてもじもじし始めた。
「なんで俺が救世主なんだ?」
「私がこちらの世界に来た真の目的は私の魔力を上げてくれるパートナーを探すことなの。その点あなたは最高のパートナーよ」
「どういうことだ? よく理解ができないのだが」
「もう、どうしてわからないのよ! あなたがそばにいると私の行動すべてが好転するのよ。もちろん魔力も」
「なんで俺がそばにいるだけで好転するんだ?」
「あなたのこと真剣に愛しちゃったからに決まってるじゃない。どうして女の子にここまで言わせるの!?」
「ご、ごめん‥‥」
マリーは俺の手を握り締めて言った。
「だから一緒に異世界へ行こ?」
「芽依も行くー!」
芽依の突然の言葉に俺は我に返った。
「こ、断る」
「えー? どうして?」
考えてみれば、体長二十メートルもあるドラゴンがいる世界で暮らせるわけがない。もうあんな体験はしたくない。
「俺はお前の世界で暮らす勇気はないから」
「お願い」
「ごめん」
「私があなたを愛しているのは本当よ。諦めないわ」
そう言うとマリーは俺の元を離れ、今度は下着を並べて呪文を唱え始めた。それは芽依の部屋でやれよ。