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ブラックテイルな奴ら  作者: 小松広和
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ブラックテイルな家族

第二章 ブラックテイルな家族


次の日、俺の部屋はとんでもないことになっていた。

 壁の一角に黒い渦巻きができたかと思うとそれがみるみる大きくなり、部屋の中に強い風が吹き荒れ、俺のプリントやノートを散らかした。

「マリー。これは何だ?」

「来たわね」

「来たって‥‥」

俺の言葉が終わらぬ間に黒い渦巻きが部屋全体に広がって消え、その中心には黒い尻尾アクセサリーがいた。尻尾アクセサリーといってもマリーとは違い、長さが六十センチはあろうかという大物だ。毛は前半三分の一と後半三分の二で向きが違い、前半は顔に向かって毛並みが流れている。従って正面から見た顔はライオンのたてがみのように見える。その風格はまさに黒魔術界の王様といった感じだ。

「このお方は王様か何かですか?」

思わず敬語を使う俺。

「違うわ。私のパパよ」

「パパってお父様?」

「そうよ。パパは私より、強い魔力を持っているからきっと願い通りになるはずよ」

なんとなく言葉に明るさがないような気もするが‥‥気のせいか?

マリーの父親は半分だけ宙に浮き地面を這いながらこちらに向かってきた。

「ああうう」

「パパがよろしくって言ってるわ」

「こ、こちらこそよろしくお願いします」

父親は相変わらず半分起きあがった状態で、部屋中を見回している。

「お父さんは言葉が話せないのか?」

「パパは初めて表の世界に来たから。それよりどうやって懲らしめればいいの?」

具体的な作戦を全く考えてなかった俺は少し悩んで答えた。

「こんなのはどうかな。苦しい病気にかかって、夢で悪いことをするからだって伝える」

「なるほど、それならいいかも。早速パパに頼んでみるわ」

それにしても、この散らかった部屋をどうするつもりだ? と小さな声で文句を言いつつ俺は部屋を片づけ始めた。


 数日後、学校には変な噂が流れていた。

「ねえ知ってる。太田君達のこと」

「あの不良グループの?」

「そうそう」

女生徒達の話し声が聞こえてくる。

「三人とも肺癌になって、後一ヶ月しか生きられないんだって」

「うっそ~。本当に~」

俺はそっと鞄に向かって話しかけた。

「まさか、お前のお父さんが」

「いくらパパでもそこまでしないと‥‥思うけど‥‥」

「何で言葉が途切れるんだ?」

鞄からは返事がなかった。

「おい、そこで黙ったら心配だろうが」

「パパってちょっと勘違いしやすい人だから、百分の一くらいの確率であり得るかなって」

 俺は不安を抱えたまま帰宅すると、また不思議な光景が目に飛び込んできた。

俺の部屋は緩やかな風が反時計回りに舞い、その中心でマリーの父親が宙に浮きながら唸っているのだ。

「やっぱりお前の仕業か!」

「きゅぴ」

マリーの父親は体に似合わないかわいい声を出した。

「『何が?』って言ってるわ」

「いくら何でも中学生に肺癌はやりすぎだろうが!」

「きゅぴきゅぴぴぴ」

「『私はまだ何もやってない』と言ってるわ」

「嘘付け。人ん家のフローリングに描かれたこの魔法陣は何だ!」

「ピーピーピー」

「口笛を吹いてるわ」

「やっぱりお前じゃねえか! 誤魔化すな!」

俺の大きな声を聞くと、父親はマリーに何かを伝えた。

「きゅぴぴきゅぴきゅぴきゅぴきゅきゅきゅ」

「三人を苦しい病気にして、その噂を学校中に流したそうよ」

「学校中に伝えるんじゃなくて、本人に夢で伝えるんだろうが!」

マリーの言う勘違いとはこういう意味だったのか。

「もう勝手にしろ!」

俺はマリーの父親をぽんと叩き、ベッドに転げた。

 すると辺りは一瞬のうちに闇に包まれ、俺の頭上近く紫に光る悪魔の顔が現れた。俺の体は全身痣だらけになったかと思うと、吹き付けられる熱風によって呼吸困難に陥った。

「本当に好き勝手してどうする!」

俺は父尻尾を両手で掴み思いっきり怒鳴った。


 その夜、俺とマリーによって緊急会議が行われた。

「それじゃあ、不良三人組を助ける方法はないってことなのか」

「そうなの。一度かけた黒魔術を解くことはできないわ」

「だったら、新しい魔法をかけるってのは無理なのか」

「それはできるんだけど、その場合最初にかけた黒魔術より強い魔力が必要になるのよ」

「どのくらいの魔力が必要なんだ?」

「二倍以上」

「二倍って」

「そう、パパの二倍の魔力の持ち主なんて思いつかないわ。一倍半なら身近にいるんだけど」

「マリー。魔力っていうのはきっちりとした数値が決まっているものなのか」

「はっきりは決まってないわ。その時の感情や集中力で多少違いが出るから」

「じゃあ、その一倍半て方でもお父さんの二倍を超える可能性があるんだ」

「望み薄だけどね」

「このまま見殺しにするよりはいいんじゃないか?」

ほとんど藁をも掴む思いである。

「じゃあ、呼ぶことにするけど、本当にいいの?」

「勿論だ。例えどうしようもない不良でも命が大切だ」

俺はまたまた正義感から語気を強めて言った。

「ちょっと待て?『本当にいいの』って、どういう意味だ?」

マリーは視線をそらす。

「私そんなこと言った?」

「はっきりと言っただろ!」

「う~ん、そうだったかしら? あっ! そうだ。 明日体育がある日よね。嫌だな、一人教室に置いてきぼりなんだもん」

「言えよ! 『本当にいいの』の真意を」

俺の血走った目と血相を変えた顔がマリーを睨む。

「わ、わかったわよ」

マリーは相変わらず視線をそらしたままぼそぼそと小さな声で言った。

「私達がこちらの世界に来て、誰かのために黒魔術を使ったら、その人の所にしばらく居つかなければならないの」

「何だ? その勝手な決まりは」

「仕方ないじゃない。決まりなんだから」

「ということはお前の父親も今度呼ぶって方も暫く居つくってことなのか」

「そういうことになるわね」

俺は頭を抱えてうずくまった。

「それよりどうするの。呼ぶの? 呼ばないの?」

「呼ぶわけないだろうが!」

「じゃあ、見殺しにするのね。まあ、自分の不幸を取るか。他人の命を取るかという選択なんだけど」

「お前もしかして呼びたいのか?」

「だって、その人が来たら一家でここに住めるし」

「一家で住める? その人って誰なんだ?」

「私のママよ」

どこの世界も父親より母親の方が強いらしい。

しかし、マリーは実に頭がよく回る。俺は返事ができず黙っていた。これ以上尻尾だらけになっては大変だが、中学生を肺癌で見殺しにするのは一生後悔しそうだ。

「さあ、どうするの? 悩んでたら手遅れになるだけよ。ただでさえ、あなたが望んだことだし、言い換えればあなたが肺癌にしたようなものなのよ。それでもいいの?」

「ちょっと待て! それはさすがに違うだろう」

「細かくは違うかもしれないけど、自分の願望で依頼したことには違いないわ。将来後悔し続けるのはあなたじゃなくて?」

「う~む‥‥わかったよ。わかった」

俺は思わず声を出した。

「わかったから呼んでくれ」

「呼んでくれ?」

「‥‥呼んでください」

声のトーンは完全に下がっていた。マリーには勝てないという思いが頭を駆けめぐる。もしこんな女性を彼女にでもしたら恐らく俺の人生真っ暗になるだろう。


 マリーの母親はそれから二日後にやってきた。

父の時とは違い綺麗な七色の渦巻きが部屋中に広がり、黒い尻尾アクセサリーがその中心に現れた。大きさは父親よりは小さくマリーよりは大きい。そして空中を浮きながら俺の方に向かって来る。

「あいえあいえ」

何だ? 何語だ?

「『はじめまして』って言ってるの」

「あっ、はじめまして」

俺は慌てて頭を下げた。そして、そっとマリーに顔を近づけ小さな声で尋ねた。

「お母さんも言葉が話せないのか」

「ううん。日本語の勉強はしてたみたいだけど、まだ、子音がはっきり出せないみたい」

「じゃあ、さっきのは日本語だったのか」 

これはかえって話せない方がいいかもしれない。下手に話されてわからなかったら失礼になるではないか。それにしても『あいえあいえ』を『初めまして』と理解するのはかなり読解能力を必要としそうだ。俺には難しすぎる。

 マリーの母親は挨拶を済ませると部屋中を見回した。さすが夫婦、行動パターンが同じだ。

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