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ブラックテイルな奴ら  作者: 小松広和
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髭の効果

十八章 髭の効果


小百合が突然大声を挙げた。

「もう、これじゃいつまで経っても進まないじゃない!」

「誰のせいじゃ~」と突っ込みたいところだがちょっと怖いのでやめておく。何か短い期間で俺と小百合の立場が変わってしまった気がする。このままでは俺は一生小百合に逆らえないだろう。

「もう、仕方ないわね。小百合、ファイヤードラゴンの髭を貸して」

大きかった髭はこちらの世界に来たとたん五分の一以下の大きさになってしまった。マリーは初めから分かっていたかのようにそれを受け取ると、

「じゃあ、早速ファイヤードラゴンの髭を煎じるわね。黒魔術を使えば一時間くらいで粉末状態にできるから待ってて。臭いが凄いから外で作ることにするわ。ママ、心の準備しておいてね」

と言い残し、部屋の外へと出て言った。

「いよいよこのプロジェクトも終わりね」

小百合は安堵の表情と不安の表情を浮かべながら囁いた。

「でも失敗したらまた戦いに行くんでしょう!」

芽依は目を輝かせ、とんでもないことを言い出す。もうファイヤードラゴンと戦いうのはこりごりだ。

「成功しても失敗してもこれで終わりな感じがするわ」

「あの三人そんなに悪いのか?」

「ええ、そうらしいの」

俺たちは会話を失う。静かな部屋を見回すと空中に浮かんだ二号が目に入ってくる。

「大丈夫。きっとうまくいくさ」

「でも、その後が問題なのよね」

小百合は小さな声で言うと後ろを向いた。俺は謎の言葉を理解できず軽くスルーしていると芽依が思い出したように元気良く言った。

「お兄ちゃん、誰を恋人にするか発表するんだよね」

そうだ。ものすごい試練が待っているのだった。今までは断然小百合だと思っていたが、マリーの一途な姿を見てしまった今となっては少し心が揺らぐ。やはり俺は優柔不断なのだろうか。

「ところで芽依。誰をって言ったが、小百合とマリーのどちらかだろ?」

「ええ、どうして芽依は入ってないの?」

「実の妹が入るわけないだろ!」

「じゃあ、杉山さんとかも選ばれないわけ?」

「誰だよ、それ。全然知らんぞ」

「ねえ、杉山さんて誰?」

小百合の目は真剣だった。

「ほ、本当に知らん!」

「杉山さんはね。お兄ちゃんの幼馴染で毎日遊んでいたの。夏休みは毎晩この部屋に泊まっていったわ。もちろんお風呂も一緒に入ってたし、会わない日はないくらい仲が良かったんだよ」

「こら! でたらめ言うな!」

「でも親の仕事の都合で十年前に突然引っ越していったの。そして『十年後また会いましょう。その時お互いの気持ちが変わってなかったら、私と結婚して』って約束したの。その日が今月の十三日。もうすぐね」

「私そんなこと全然知らなかったわ。どうして話してくれなかったの!?」

「これは嘘だ。そんな人物はいない! 信じてくれ!」

「問答無用!」

俺が小百合に木刀でぼこぼこにされるのを見届けると、

「お兄ちゃん、大丈夫?」

と芽依が俺を覗き込んだ。

「何でいい加減なことを言うんだ!!」

「これくらいのエピソードがあった方が面白いじゃない」

「お兄ちゃん、死にかけたぞ!」

「芽依を候補から外すからだよ」

小百合は俺をボコったことを反省することもなく小さな声で話した。

「いいわ。どうせ私には関係ない話だから」

『そう思ってるのなら武器を使ってボコるのはやめてくれー』と言いかけたが、またまた心の中にしまっておいた。

「何で関係ないんだ?」

「だって私はマリーに勝てないもの」

小百合は下を向いたまま続ける。

「マリーは命掛けで四郎君を守ったのよ。私は守るどころか一歩も動けなかった」

俺は何と言葉を返していいのか迷った。俺はそっと小百合の肩に手を掛けようとすると視線を感じる。芽依がじっと睨んでいる。二号がちらっと片目を開けて見ている。更に何者かが背中をつついている。

「ああ! 一体何なんだお前らは」

振り向くと三号が真っ青になって俺を呼んでいるのだ。

「どうしたんだ? 毛が青くなってるぞ」

三号は鉛筆削りと俺の間を行ったり来たりしている。

ははー、さては秘密の手紙がなくなってるのに気付いたな。俺は三号に顔を近づけると二号に聞こえないように気をつけて小さな声で言った。

「大丈夫だ。他の場所に保管してある」

三号はそれを聞くと何度も何度も頭を下げ俺に飛びついてきた。俺は三号をしっかりと抱きしめると、

「安心しろ」

と、囁くのであった。

俺と三号が妙な男の友情を満喫していると、

「できたわよ」

と、マリーが部屋に戻ってきた。

マリーは部屋に入るとすぐその異変に気付く。

「どうして男同士で抱き合ってるのよ。あれ? 小百合の目赤くない?」

「赤くなんかないわよ」

「恋人候補をパパに取られて泣いてたのかな」

「そんな変な彼氏なら諦めもつくんだけどね」

俺は慌てて三号を机の上に置いた。

「時間もないから早速始めましょう」

マリーは小百合とは正反対に何故か陽気だ。

「役割分担で行きましょう。ママはスタンバイして、パパは今作ったドラゴンの髭の粉が均等にかかるように魔術をかけて、芽依ちゃんは私の反対側から粉をかけて、小百合は魔力測定器をお願い」

「俺は?」

「邪魔にならないところで祈ってて」

「おい」

「じゃあ、始めるわよ」

マリーの掛け声と共に部屋は薄暗くなり静かに風が舞い始める。次第に風は強くなり部屋の四隅では青い稲妻が激しい音を鳴らす。

「芽依ちゃん。今よ!」

二人は一斉に粉をかけるが、何故か風の影響を受けず均等にかかっていく。

「魔力がどんどん上がっていくわ」

小百合の持つ魔力測定器の針はすごいスピードで上がり、目標値の手前で止まった。

「お願い、あと少し上がって」

必死で祈る小百合。しかし、測定器の針は徐々に下がって行く。

「何がいけなかったんだ?」

呆然と立ちつくす三人を見ながら俺が言うと、

「間違いは何もないわ」

マリーは目に涙を浮かべながら答えた。

「間違えてないのなら」

「間違えてないから問題なのよ」

この言葉に全員が振り向く。

「間違いがあればそれを直せばいい。でも今回は正常に機能し正常に終わったわ」

「何が言いたいんだ?」

「つまり、ファイヤードラゴンの髭だけじゃ駄目なのよ。ママの魔力をパパの一点五倍まで上げられないってことなの」

「そんな」

小百合はそれを聞くと目に手を当てて泣き始めた。

 俺の部屋が重苦しい空気に包まれていく。マリーが話し始めて以来、この部屋は絶えず会話に包まれてきた。あの日々はもう帰ってこないような気がさえする。

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