ファイヤードラゴンとの死闘の果てに
第十五章 ファイヤードラゴンとの死闘の果てに
辺りには巨大なファイヤードラゴンなど見当たらない。緊張感が徐々に増していく。
「あ、ドラゴンだ。可愛い」
という突然の芽依の声に俺は飛び上がった。芽依の指差す方向を見ると猫ぐらいの赤いドラゴンがいる。
「これがファイヤードラゴンか? 何というミニチュアサイズ」
「子どもなのかしら?」
「この大きさなら三百歳は越えてるわ」
「何だ緊張して損した。こんな小さいんだったら楽勝じゃねえか」
俺はドラゴンの頭をポンポンと叩くと、ドラゴンは俺の指にガブリと噛み付いた。
「ぎゃああああ!!」
「気を付けて。小さくてもドラゴンなんだから」
「こいつ強いのか」
俺は噛みつかれた指を引っ張りながら聞いた。
「弱いわよ」
マリーがげんこつでドラゴンの頭を殴ると、ドラゴンは大人しく俺の指を放した。
「本当に強いのはあそこにいるわ」
マリーの視線の先には森から頭を出した大きなファイヤードラゴンが見えた。体長は有に二十メートルは超えているように感じる。
「は、早くこいつの髭を取って逃げようぜ」
「このドラゴンの髭はもうなくなっているわ」
よく見ると、切れてしまったのか髭は殆ど残っていない。
「あの大きなドラゴンはこの子の親かしら?」
「逆よ。大きい方が子どもよ」
「どういうことだ」
「この種のドラゴンは生まれて一年間で急成長するの。その後は年を取る毎に縮んでゆくのよ」
流石に異世界は違う。いや、考えてみると人間も似たようなものか。
大きなファイヤードラゴンは口から火を吹き、木の葉を焦がして食べ始めた。やはり少し焼いた方が美味しいのだろう。
「あいつ火を吹いたぞ」
「それはファイヤードラゴンだもの」
「あり得んだろ。怪獣じゃあるまいし。火なんか吹いたら自分の体も焼けてしまうじゃないか」
「きっと丈夫な身体なのよ」
「そういう問題じゃないだろ!」
ドラゴンと戦うなんてとんでもないことだという実感が湧いてくる。幸いあのドラゴンは俺達に気付いていない。逃げるなら今だ。
「マリー、あれはでかすぎる。他のを探そう」
「ええ、それが賢明ね。と言いたいけど次のファイヤードラゴンがすぐに見つからないかもしれないの」
「どういうことだ?」
「ファイヤードラゴンは絶滅危惧種なのよ。だからちょっと危険だけどこいつの髭を貰う方がいいかもしれないわ」
「危険なのは『ちょっと』じゃないだろう!」
「でも見つからなかったら大変なことになるし。戦いましょう」
小百合が突然話に加わってきた。
「もし見つからなかったらここに戻ってくればいいじゃないか。あんなでかいの見失わないって」
「それはそうだけど」
取り敢えず退却の意見をまとめようとした時、突然芽依が元気な声を上げる。
「大丈夫よ。私に任せて」
「私に任せてって」
「我が杖に宿りし暗黒の雷よ。邪悪なる竜を射よ」
芽依が杖を振り下ろすと、杖の先から弾けた電気がファイヤードラゴンへと向かい、見事額に命中した。しかし、流石はドラゴン。ダメージを受けた様子もなくこちらを睨んでいる。ん? 睨んでいる?
「おい、逃げるぞ!」
「今走ってもすぐに追いつかれるわ。森に隠れましょう」
俺達は森へと駆け込んだ。ドラゴンは俺達のすぐ近くまで来ると口から火を噴き近くの木々を全て焼き払ってしまった。
「まずい! 見つかったわね」
マリーは俺たちをかばうように身構えた。
「こうなったら戦うわよ」
小百合はこう叫ぶと刀を鞘から抜いた。
小百合が刀を振り下ろすと真空の刃がドラゴンを襲う。しかし、ドラゴンの強靱な鱗がこれを跳ね返す。マリーは両手を挙げ呪文を唱えると矢の雨がドラゴンに降り注いだ。これまたドラゴンの鱗を突き抜くことはできない。芽依の雷がドラゴンの胸に命中する。鱗の欠片が舞い散るが大したダメージは与えられなかった。
三人は次から次へと攻撃を繰り返すが結果は同じだ。
「しぶといドラゴンね。こうなったら私の最強の魔術で攻撃するわよ」
マリーは呪文を唱え両手を広げると、空からドラゴンめがけ鍋や薬缶が降り注いだ。
「そんなもん降らしてどうするんだ!」
ドラゴンは降ってきた鍋を持ち不思議そうに眺めている。
その時、芽依の放った氷の矢がドラゴンを二三歩後退させた。
「ナイスだ芽依」
「火には氷よ。私達も氷で攻撃しましょ」
小百合が提案すると、
「おう」
と全員が賛成する。
芽依の氷の矢、小百合の氷の刃、マリーの雹の嵐がファイヤードラゴンを襲う。ドラゴンはもがき苦しみ後退りするものの倒れるまでには至らない。
「これでとどめよ」
マリーは空中高く舞い上がり両手を大きく広げ呪文を唱えると、大きな鍋がドラゴンの頭上に現れ大量の氷水をぶちまけた。流石のドラゴンもこれには参ったのか頭を抱えてうずくまっている。
「やったあ!」
全員同時に声が上がる。
「私が髭を切ってくるわ」
小百合は一言残しドラゴンめがけて駆けだした。
「小百合、駄目よ。まだ倒れたわけじゃないわ」
マリーの言葉に小百合は慌てて立ち止まる。ドラゴンは小百合を見るや否やいきなり火を噴いてきた。
「危ない伏せて」
小百合が伏せると、その上を炎が通っていく。
その時、芽依が空中へと浮き上がった。
「芽依が浮いている!?」
俺は何が起こったのか理解できぬまま突っ立っているしかなかった。
「ファイヤードラゴン。あなたの敵はここよ」
芽依は大きな氷の柱でドラゴンを攻撃する。ドラゴンはすかさず口から炎を吹き反撃するが、芽依の作り出した氷のバリアに跳ね返される。
「今のうちよ。小百合さん、早く逃げて」
小百合はそれを聞くと立ち上がり走り出した。
「私達も攻撃するわよ」
マリーは空中高く飛び上がると再び雹を降らす攻撃を開始する。戻ってきた小百合もすぐさま攻撃を仕掛ける。
「す、すごい!」
「四郎君も少しは攻撃してよね」
確かにその通りだ。ここに来て俺は一度も攻撃をしていない。
俺はライフルを構えドラゴンの頭部を狙う。氷の弾をイメージする。今まで実感したことのない集中力だ。これならいける。外したってまた撃てばいい。俺は氷の弾がドラゴンの額に当たり、倒れるイメージを必死で思い浮かべる。そしてイメージはできあがった。俺の指が自然に引き金を引いた。
「よし!」
銃口から発射された弾はみるみる氷の固まりとなりドラゴンの額に命中した。
ドラゴンの動きが一瞬止まる。
「やったー!」
ドラゴンは俺の方を見ると短い手で弾の当たった額をポリポリと掻いた。
「何で俺の時だけ余裕の表情なんだよ」
「これじゃきりがないわね」
マリーがじれったそうに叫ぶ。
「ここは芽依に任せて。お兄ちゃん、しっかり見ててよね。芽依の必殺奥義」
芽依は杖を大きく振りかぶると、今までにない集中した顔で叫んだ。
「これが芽依の全力全開」
芽依が持つ杖の先が輝き始めたかと思うと、すぐにそれはまぶしさへと変わった。思わず目を覆いたくなる光はドラゴンの目を襲う。
「あ、言い忘れたけど、この光を直接見ちゃ駄目だよ」
「言うのが遅い! てか『お兄ちゃん、しっかり見ててよね』って言ったよな」
ドラゴンは目をやられたのか目を手で押さえてもがいている。
そしてあろう事か見えなくなった目から光線を乱射し始めたのだ。ここまで来ると異世界でもありえんだろ! ドラゴンから出される光線は木々を焼き地面を焦がした。その威力は膨大で全てのものを焼き尽くす勢いだ。
「危ない」
マリーは大きな声で叫ぶと突然俺に覆い被さった。その直後だった。ファイヤードラゴンの発する光線がマリーの背中を通っていく。
「キャー」
マリーの声が飛竜の舞う大空に響く。
「おい、大丈夫か!?」
俺はマリーを揺すり大声で叫んだ。マリーの服は一瞬で焼かれ、その下には焦げたマリーの背中が見える。
「マリーは大丈夫?」
小百合は心配そうに聞いた。しかし、俺は言葉を返せなかった。声を出そうにも声が出ない。ただただマリーを抱きしめているしかなかった。
その時辺りは異変に包まれた。風が止み音が消えた。異様な雰囲気の中、目から光線を乱射していたドラゴンの動きがぴたりと止まった。
それを見た小百合は、
「今がチャンス」
と叫ぶとドラゴンめがけて走り出す。
「そのドラゴン、いつ動き出すかわからないよ」
という芽依の言葉に対しても、
「動き出してもいい。私はこのチャンスを生かしたい」
と答え、そのまま走り続けた。そしてドラゴンの髭の下に着くと、地球上では考えられない高さ五メートル以上のジャンプを見せ、見事髭を一刀両断に切り落とした。
大役を果たした小百合は切り落とした髭を担ぐと慌てて俺の方に向かって叫んだ。
「マリーは大丈夫なの?」
俺は震える声で小さく答えた。
「こ、こいつ息をしてないんだ」
「どういうこと?」
頬を伝う水滴は大粒の涙となりマリーの背中を濡らしていた。いつの間にか近くに来た小百合と芽依は動かなくなったマリーの体に触れた。俺は『これは俺のものだ』と言わんばかりにマリーの体を力一杯抱きしめた。
「何で俺なんかのために‥‥バカだよ」
目から出る涙は留まることを知らず溢れ出た。でも、恥ずかしくはなかった。芽依に見られても、小百合に見られても、涙を流すことが恥ずかしいとは思わなかった。
「俺はお前に冷たいことばかりしてきたのに。どうして命がけでこんな俺を守ったりするんだよ。おかしいじゃないか。答えろよ。何で黙ってるんだよ!」
「四郎君‥‥」
その時、辺り一面が薄暗くなり、空に大きな立体映像が現れた。それはまるで女神のように美しい女性だった。
「ファイヤードラゴン相手によく戦いました。とても立派でしたよ。さあ、心休まる部屋へお帰りなさい」
それだけ話すと女神は徐々に消えていった。
「ママ?」
マリーの声が聞こえた気がした。
初めてマリーの声を聞いてから俺はこの美しい声の虜になっている。この声をもう聞くことができなくなるのだろうか。
「ああ、神様。どんなことでもしますからもう一度マリーの美しい声を聞かせてください」
普段神頼みなどしない俺だが思わずこんな言葉を口にしていた。
その時、芽依と共に泣いていた小百合が突然俺の涙を拭った。
「ちょっと四郎君、ごめんなさい」
そして、小百合は俺の涙をマリーの背中にこすりつけている。
「どうしたんだ?」
「四郎君の涙が落ちた場所だけ火傷が治ってるの」
マリーの背中にある焦げたような火傷がみるみる薄くなっていく。
すると突然マリーの腕に力がこもる。
「マリー!」
俺は力一杯叫んだ。
「私どうしたの?」
「マリーが。マリーが生き返った!」
俺はできる限りの力でマリーを抱きしめた。
「痛いよ」
と言いながらもマリーは笑みを浮かべている。小百合や芽依もマリーに抱きつき喜びを全身で表した。
「さっきママの顔が見えたみたいだったけど」
「空にか?」
「ええ」
あの女神は二号だったのか。日頃は尻尾だと思って適当な気持ちで接していたが、あんな立派な人だったとは。
「俺達を守ってくれてたみたいだ」
俺は固まって動かなくなったドラゴンを見ながら呟いた。
「ドラゴンが動き出す前に帰りましょう」
小百合は自分の涙を拭きながら言った。
髭を担いだ小百合は歩きで芽依は空を飛びながら、そして俺はマリーを背負って森を後にした。ちょうど森を出たところでファイヤードラゴンの鳴き声が聞こえた。どうやら動けるようになったようだ。