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ブラックテイルな奴ら  作者: 小松広和
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異世界へのプロローグ

第十三章 異世界へのプロローグ


キュキュッピを諦めた俺たちは次の行動に移らなければならなかった。他の候補から実現可能なものをピックアップしていかなくてはいけない。なんか胡散臭いものばかりだ。今日のプロジェクト会議もなかなか進みそうにないだろう。今は午前九時。あと三十分もすれば小百合がやってくる。

そんな中、芽依が軽すぎるノックをしたかと思うと俺の部屋に飛び込んできて、とんでもないことを言い出した。

「ねえ、お兄ちゃん。ファイヤードラゴンを倒したらいいんじゃない?」

俺は一瞬後ずさりをしたが冷静を保つふりをして芽依に言った。

「いきなり、何言い出すんだ」

「だって芽依の本に書いてあるもん」

そういえばこいつが持っている怪しげな本は意外と役立つんだったな。

 なるほど確かにファイヤードラゴンの髭は期待できる材料の二位に書かれている。しかし気になるのは『危険を伴うものの』という一言だ。生き物である以上まさか火を噴くことはないと思うがマリーの世界のことだ、何があってもおかしくない。それにしても一般市民がドラゴンと戦って勝てるはずがあるまい。不良達の命も大事だが、俺達の命はもっと大切だ。もうすぐ小百合がやってくる。そうすればプロジェクト会議の開始だ。このことを二人に知られる前に芽依を口止めしなくては。

「芽依。ファイヤードラゴンのことは誰にも言うな」

「どうして? ドラゴンと戦ってこそ本当のファンタジーじゃない」

「いつからファンタジーになったんだ!」

「尻尾アクセサリーが話し出した段階でファンタジーだよ」

盲点だった。てっきり俺と小百合のラブコメディーだと思っていたのだが甘かった。まさかこんな危ない展開になろうとは。まあ、いざとなったら俺が反対すれば何とかなるだろう。人を説得するのは得意だ。

「おはよう。四郎君」

 小百合は予定通りやってきたが、なぜかマリーはいないようだ。そういえば二号も三号もまだ帰ってなかったっけ。

 俺は小百合と芽依が座っているちゃぶ台に両手を置き大きく伸びをした。危機が迫っているのに偉く平和だ。そうか、マリーがいないと平和なんだ。でもマリーが厄介者かというとそういうわけでもない。全く不思議な存在だ。

「マリーはどこに行ったんだ?」

俺は欠伸をかみ殺しながら聞いた。

「何か戦闘準備と資料を揃えるとか言って自分の世界に戻っていったわ」

俺の顔は一瞬にして血の気が引いた。

「私も怖いけど、もうこの方法しか残されていないんだったら仕方ないよね」

「この方法って何だ?」

「ファイヤードラゴンと戦うことよ。私なんか一番先にやられちゃいそう」

小百合は怖がる様子もなく淡々と話している。何でそんな簡単にドラゴンと戦う覚悟ができるんだ? ていうかドラゴンのことをなんで知ってるのだ?

「どうしてドラゴンのこと知ってるんだ?」

「昨日の夜、芽依ちゃんに聞いたわ」

「お兄ちゃんに言ったのが最後だったから」

何てことだ。こんな重要な報告の優先順位が最後だなんて‥‥俺って一体。

俺の落ち込みも知らず芽依は明るい声で聞いた。

「お兄ちゃん。鉛筆削り貸して」

「ああ、かまわんが。さっきからお前は何をしてるんだ?」

「宿題の日記を書いてるの」

ふうんと言いながら軽く芽依が書いている作文を覗いてみると『ファイヤードラゴンとの死闘 ープロローグ編ー』と書かれていた。

「何を書いとるんだ!」

「ファイヤードラゴン退治の記録だよ」

「これは作文じゃないだろう」

「だって嘘じゃないもん」

「第一このことは誰にも教えるなって言ったはずだぞ」

「大丈夫だよ。こんなの誰も信じないから」

「じゃあ、嘘を書いているのと同じだ」

「兄よ、それは誤解というものだ」

「何だよ。急に変な言い方をして」

「もし我々のパーティが全滅した場合、この作文が後の貴重な史料になるのだよ。その時のためにこの芽依様がわざわざ執筆しているというわけだ。わかるかね」

「パーティって。とにかくお前はアニメやラノベの読み過ぎだ。あとゲームもし過ぎだ」

「あれ、この鉛筆削り動かないよ」

「人の話を聞け!」

どうせ鉛筆削りに三号の毛でも詰まっているのだろうと思い、俺は立ち上がって自分の勉強机へと向かった。

 案の定何かが詰まって動かない感じだ。俺はコンセントを抜くと鉛筆削りを分解して調べ始めた。中から出てきたのはマリーが資料の写真を見せる時に使った小さなボタンと同じ物だった。

「何だ? これは?」

俺はこのボタンをちゃぶ台の上に置いて押してみた。

 すると若い女性の立体映像が現れたかと思うとゆっくり話し始めた。

「ピピプルさん、こんにちは。いつも楽しい話をしてくれてありがとうございます。今回は映像付きで遅らせていただきました。私の映像を見て嫌いにならないでくださいね」

「何よ、これ」

小百合は興味深げに訪ねた。

「うむ。どうやら三号が若い女の子と文通をしているようだな」

「ええ、奥さんいるのに?」

いかにも驚いているように聞こえるが、顔は微かに微笑んでいる。

「とにかくあの三人がいない時に見つかって良かったな。もしいたらこの部屋は崩壊間違いなしだ」

「どこかに隠しておいた方がいいんじゃない? ピピプル家がどうなるかはプロジェクトが無事終了してからのお楽しみってことにして」

小百合はかわいい笑顔で恐ろしいことを言う。

「しかし、隠すと言ってもどこに隠せばいいんだ? 俺よりあいつらの方がこの部屋にいることが多いし」

「芽依の部屋に置いてこようか?」

よく見ると芽依も笑みを浮かべている。

「そうだな。じゃあ、芽依が預かってくれ」

「絶対なくさないところに保管してね」

それにしても自分の一点五倍もの魔力を持つ奥さんを敵に回すようなことをするなんて、三号もどうかしてるぜ。下手すりゃ命も危ないんじゃないか? などと考えていると、

「たっだいま~」

「ああいあ」

「きゅるっぴ」

とピピプル一族が帰ってきた。

「お帰りなさい」

と小百合は笑顔で答え、芽依と目を見合わせてくすくすっと笑った。

「どうしたの? 変な雰囲気だけど」

「何でもないわ。こちらは今のところとても平和よ」

小百合の言葉に不信を抱きながらもマリーはそれ以上聞かなかった。

「じゃあ、早速ファイヤドラゴンについてのレクチャーを始めるわよ」

マリーはちゃぶ台の上に例の小さなボタンを置いた。

 それを見て芽依はこらえきれずに笑い出す。

「何なのよ一体」

「だって、小さくてかわいいんだもん」

「どうして小さくてかわいいと笑えるのよ」

「だって、運命のボタン‥‥」

「ほら、箸が転げても笑える年頃だから」

芽依の口をふさいで小百合が言った。

「何か隠し事してるでしょ」

マリーは全員を見回すと俺の前で視線を止めた。一番弱そうな人物を集中攻撃するつもりらしい。

「ねえ、何があったのよ。勿論あなたも知ってるわよね」

「いや、別に」

「これは私に関係あることよねえ」

「そういうわけでは」

「ボタンを見て笑ってるんだから映像に関係あるのかしら?」

「俺は知らん」

マリーの誘導尋問に耐えられなくなった俺はそっと小百合を見た。

「ねえ、マリー。今はそんな細かいこと気にしている時じゃないわ。万全の体制でドラゴンに挑むことが大切なんじゃない?」

「そりゃ、そうだけど」

「だったらレクチャーお願いね」

マリーはため息をつきレクチャーの準備を進めた。

 それにしても小百合の話術は天下一品だ。将来この人と結婚していいのだろうかという不安が背筋を冷たくする。

「これを見て。ファイヤードラゴンよ」

マリーが小さなボタンを押すとちゃぶ台いっぱいに立体映像が現れた。顔は小さく中国の龍に似た顔立ちをしている。胴体は太く、丈夫な足がそれを支える構造だ。手は小さく四つ足で歩く習慣はなさそうだ。肌は赤い鱗に覆われており、背中には大きな翼がある。自分で予想していたドラゴンとほぼ変わらないその姿は俺たちに恐怖心を与えるには十分であった。

「うわー。すご~い」

約一名を除いてだが。

「大きい物で全長二十メートル。背中にある翼で飛ぶことも可能よ。但し飛ぶスピードはそんなに速くはないわ」

「全長二十メートルって、デカ過ぎだろ。本当にこんなのと戦う気か?」

「できたら寝てる時に髭だけを貰えればいいんだけど」

小百合が真剣な顔で話す。

「そうも行かないのよ。非常に警戒心が強いため寝てる時に近付くなんて不可能に近いわ」

「レベルはどのくらい?」

芽依は希望に満ち溢れた顔で話す。

「レベルって何よ。そんなものはないけど。強敵には違いないわ。資料はここに置いておくから各自で見ておいて」

マリーのレクチャーは早くも終わりのようだ。

さあ、いよいよ来たるべき時が来たようだ。俺が決断しなければいけない時が。やる気になっている三人には悪いが、この美少女達を危険な目に遭わすわけにはいかない。

「みんな聞いてくれ。確かに俺達にはドラゴンと戦う選択肢しか残されていない。しかし、この選択肢はあまりに危険が多すぎる。中学生とドラゴンが戦ってどちらが勝つかなんて一目瞭然だ。ましてや芽依はまだ小学生ではないか。俺は君たち三人を心から愛してる。だからこそ危険な目に遭わせたくない。誰一人傷つけたくないんだ。今ならまだ間に合う。作戦を変更して他の方法を探そうじゃないか」

俺の演説は終わった。『これでいいんだ。こうするしかないんだ』と自分に言い聞かせ、閉じていた目をそっと開ける。

 マリーは武器の手入れをしている。芽依は黒魔術の本を読み何やら呟いている。小百合は和紙っぽい紙に筆で何か書いている。

「おーい。俺の話聞いてたよね?」

誰も振り向かない。

「おい、マリー」

「武器は何がいいか決めておいてね」

「おい、芽依」

「誰が何を言おうと今の私は止められないわ」

「お~い、小百合~」

「四郎君も書いておいたら?」

「さっきから何書いてるんだ?」

「遺書」

何でそんな物を笑顔で書けるんだ!

「お兄ちゃん。大丈夫だよ。危なくなったら芽依が守ってあげるから」

駄目だ。完全にドラゴンと戦う雰囲気になっている。

 自分の装備の手入れが終わったマリーが問いかけた。

「自分の使いたい武器を教えて」

「私は日本刀にするわ」

すぐに小百合が答えた。小百合は中学一年の時から剣道部に所属していた。今こそ三年ということでクラブは引退しているが、一応剣道二段の免状を持っている。

「芽依は黒魔導師の杖」

「よくわからないけど杖ね」

マリーが俺の方を向く。

「あなたは何にする?」

突然そんなことを言われても困る。何も考えてないではないか。というか考えたくない。なるべく離れたところから攻撃できる物にするのがいいだろう。弓矢か。駄目だ。ドラゴンの攻撃を受ける範囲だ。じゃあ、銃か。しかも拳銃ではなくライフル。だがまだ危険な気がする。そうだ。

「ミサイルにする」

「そんなものないわよ。もしあったとしても私達まで巻き沿いになるじゃない」

「じゃあ、ライフルで」

マリーはみんなの方を向くとしっかりとした声で言った。

「心の準備はいい? 明日の十時に出発しましょう」

「今からの方がいいんじゃないの?」

「もしかしたら家のベッドで寝られる最後の夜になるかもしれないわ。明日にしましょう」

マリーの提案はすんなりと通り、明日の朝集合することになった。

「おい、本当に行く気かよ」

俺の声が空しく響く。そしてその声に答える者は誰一人としていなかった。

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