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ブラックテイルな奴ら  作者: 小松広和
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どちらにするの?

第11章 どちらにするの?


 図書館通いの日々は暫く続いたが、有力な手がかりを得ることはできなかった。俺たちは時間だけが無駄に過ぎていくのに焦っていた。この間にも不良グループたちの容体は悪化し続けている。

 そんなある日のこと、マリーがもう一度自分の世界へ戻って史料を探してくると言って朝から出かけて行った。そして小百合はいつもと同じように朝九時半に我が家へやって来る。

あれ? これってつまり、今日の作業は小百合と二人きりで進められるということになるのでは? しかも、何気におじゃま虫の二号と三号もマリーと一緒に帰っているのだ。これは何という幸運! 俺の顔は自然とほころんでゆく。

「では、今日の会議を始めます。小百合さん図書館で集めた資料をお願いします」

「ちょっと待て! 芽依。何でお前がいるんだ!?」

「メンバーの一員なんだから当然でしょ」

俺は両手で頭を抱えた。こんな盲点があろうとは。

「お兄ちゃん、何してるの。会議始まってるんだよ」

「ところで、何でお前が仕切ってるんだ?」

「黒魔術に一番詳しいのは芽依だよ。これも当然じゃない」

「こういった会議は誰が仕切るかによって大きく成果が変わってくるんだ。今日の場合は誰が考えても小百合が仕切るべきだろう」

ここで自分の名前を出さず小百合の名前を出さなければならないあたり情けないにもほどがある。

「芽依は黒魔術が使えるんだよ」

「この前はお前じゃなくてマリーの父親が呪文を唱えたからできたんだぞ」

「そんなことないもん。芽依一人だってできるよ」

「いいか、お前は普通の地球人なんだ。急に黒魔術なんか使えるようにはならんだろう」

「わかった。じゃあ、一人でできる証拠を見せてやるよ」

「どうする気だ?」

「マリーさんたちがいない今できれば認めるよね」

「ちょっと待て」

「芽依ちゃん、早まっちゃ駄目よ」

俺は慌ててドアの前に仁王立ちし、小百合は芽依の手を捕まえて必死で止めた。

「どうして止めるの?」

「あの黒魔術は使っちゃ駄目だ」

「何で? 誰にも迷惑かけないよ」

「いや、確実に迷惑かけるから」

「芽依ちゃん、例え造花でも枯らしたらかわいそうじゃない」

俺達の必死の説得が効いたのか芽依は大人しくなった。

「じゃ、他の黒魔術にする」

「どんな内容だ?」

「飛んでる鳩が突然落ちて死ぬ」

「そっちの方がかわいそうだろうが」

「飛んでる蚊が突然落ちて死ぬ」

「それは単なる殺虫剤だ」

「瞬間移動する」

この言葉に俺達は反応した。

「そんなことができるのか?」

「だってこの本に書いてあるよ」

なるほど、確かに半径五メートルの範囲なら瞬間移動できると書いてある。

「これってもしかして」

「屋上でのことね」

「ああ、マリーは屋上へ行く前に鞄のポケットから胸ポケットへ瞬間移動したんだ」

「そういうことだったのね」

「何二人で納得してるの?」

学校での出来事を知らない芽依が尋ねた。

「何でもない。気にしないでくれ」

「わかった。それじゃあ、準備してくるね」

「準備って何のだ?」

「瞬間移動の黒魔術」

これだけ言うと芽依は部屋から飛び出していくと、例の土鍋に電気コンロ、更には訳のわからないものをたくさん持って戻ってきた。

「結果的にこれになるんかい!」

しかし、この時点で既に異臭がしているから恐ろしい。

「瞬間移動するのにどうして土鍋が必要なんだ?」

「芽依はまだ初心者だから」

「理由になってない!」

「芽依ちゃんの実力はよくわかったから。ね」

「適当なこと言わないで。芽依のこと信じてないくせに」

俺と小百合は身構えながら説得を続ける。

「芽依ちゃんの黒魔術を信用しているのは本当よ。そんなことしなくても大丈夫だから」

しかし芽依は準備を淡々と進めていく。

「蛙の水かきと三毛猫の髭、トカゲの尻尾に鶏の心臓」

それにしてもどこからこんな材料集めてきたんだ?

 徐々に強烈な臭いが立ちこめてくる。するとその時、突然芽依が電気コンロのスイッチを切った。

「鮒の浮き袋がないわ」

芽依は立ち上がると、

「ちょっと材料を調達してくるから待っててね」

と言い残し、釣り竿を持って外に出ていった。

「あいつまさかこの材料全部自分で揃えたのか?」

「もし、そうだとしたら只者じゃないわね」

俺達は土鍋を見た。これからここに置かれている赤い粉や紫の粉が入れられるのだろう。

 俺は小百合の手を握ると真剣な眼差しで言った。

「逃げよう」

「え? でも」

「このままじゃ命が危ない。二人で逃げよう」

「駄目よ。芽依ちゃんがかわいそうだし、マリーだっていつ帰ってくるかわからないわ」

「俺は小百合が大切なんだ。君を危ない目には遭わたくないから言ってるんだ」

「四郎君」

「小百合」

俺は小百合の手を強く握り締め、二人は見つめ合った。

「ただいま。ちょっと何してんのよ!」

またかよ! 何でこいつはいつもいつもこんなタイミングで現れるんだ?

「芽依がいるから大丈夫だと思ったら、上手く追い出して二人っきりになるチャンスを狙ってたのね」

「違うんだ」

「四郎君。何でマリーに言い訳するの?」

ええ! そういう展開?

「私と四郎君は付き合ってるのよ。手ぐらい握ったっていいじゃない」

「四郎は私にだって優しくしてくれるわ」

「いい加減に目を覚ましなさいよ。あなたは人間じゃないの。四郎君の恋愛対象にならないってわからないの」

「今はこんな姿をしてるけど、私だって普通の人間じゃない!」

「でも地球人じゃないでしょ?」

「地球人よ! ただ裏の世界にいるだけ」

「そこがわからないわ。だいたい裏の世界って何なのよ」

小百合は強い目つきでマリーを睨んだ。

「停戦協定の間は言わないでおこうと思ってたけど言うわ。四郎君は尻尾アクセサリーの姿でしかいられないマリーより普通の人間である私の方がいいって言ってくれたのよ」

マリーはショックを受けたように一瞬止まり、そして小さな声で話し始めた。

「そうなの。わかったわ。この姿がハンディになるのなら、私も人間の姿で話すわ。勿論これは違法行為だし見つかったら罰せられるけど、こんな理由で負けたくないもの」

マリーが呪文を唱えると黒い尻尾から黒い服を着た少女に変わった。

「これでいい?」

「三分しかその姿でいられないくせに」

二人は火花を散らながら身構えた。

「早くその女から離れなさいよ」

マリーは俺の左腕を引っ張った。

「ちょっと何するのよ」

小百合も負けじと俺の右腕にしがみついて引っ張った。

 俺の両手を美少女二人が引っ張っている。何と幸せな構図だろうか。これぞ男の理想。顔が思わずにやけてしまう。しかし、この二人見かけによらず力が強い。腕がちぎれそうだ。

「痛い痛い。痛いから手を放してくれ」

江戸時代の名奉行の案では、先に手を放した方が愛情深いことになる。だが、二人とも力を緩める気配がない。どういうことだ? 二人とも俺を心配していないということか?

俺の腕の痛みも限界に達しかけたので、

「わかったから引っ張るのを止めてくれ」

と頼んでみた。

 すると二人はゆっくり力を抜きそっと手を放した。

「お前ら大岡越前を知らんのか?」

「知ってるわ」

と小百合が、

「何それ」

とマリーが答えた。

「江戸時代の町奉行大岡越前は子供の親だと主張する二人の女性に子供の手を引っ張らせ、痛がる子供がかわいそうに思って先に手を放した方を母親と認めたという名裁きがある。何でお前達は引っ張り続けるのだ?」

これを聞いたマリーは即答した。

「そんなの当然じゃない。考えてみなさいよ。あれだけ力一杯引っ張ってるのを放したらどうなると思う?」

「こけるかな?」

「そうよ。相手の方にこけるわ。そして二人は抱き合う形になるのよ。そんなことさせられるわけないでしょ。それならまだあなたの腕がとれた方がましじゃない」

「どういう感覚しとるんじゃ!」

まさか小百合はそんなことは考えてないだろうとそっと目を向けると苦笑いをして目をそらした。

「私は罪を犯してまで人間の姿になったのよ。さあ、どちらを選ぶの?」

「四郎君。まさかマリーが予想以上にかわいいからって気持ちは変わらないわよね」

これはかなりのピンチだ。普通の流れから考えて小百合と言えばスムーズに事が運ぶだろう。しかし、マリーのかわいさは並はずれている。こんなかわいい子を振るなんて男として俺にはできない。容姿で決めるわけではないが重要なポイントであることも確かだ。

「どうして黙ってるの?」

泣きそうな声で訴えるのは小百合の方だ。

 なんだ簡単なことではないか。

「二人とも俺の嫁に」

両側から頬にビンタが飛んできた。

「冗談だよ冗談」

「この雰囲気でよくそんな冗談が言えるわね」

小百合は顔を真っ赤にして怒りで震えている。

「何で私がこんな女と一緒に暮らさなければいけないのよ」

「ちょっと、それおかしいでしょ?」

意表をつくマリーの一言に小百合が突っ込んだ。

「あら、私達の世界では重婚は認められているわ。もっとも一妻多夫制がほとんどで、一夫多妻制はごく僅かだけど」

「あなたの世界って本当変わってるわね」

「あら、夫が多いと楽よ。いっぱい稼いできてくれるし」

「男がたくさんいたらもめない?」

「私達の世界は男より女の方が強いの。大体のもめ事は妻の一括で収まるわ」

「いくら強いって言ったって、本気で怒れば男の方が強いでしょう」

「ううん。実力的に強いのよ。こちらの世界を物理世界だとすると、向こうの世界は精神世界。魔力の強い女性の方が有利なの」

そういえば、三号より二号の方が魔力は強かったっけ。

「今はそんなことどうでもいいのよ。私達の世界は一夫一婦制なんだし。四郎君、マリーに言ってあげて『俺の好きなのは小百合なんだ』って」

小百合は真剣な眼差しで俺を睨んでいる。かなり本気で怒っているらしい。

「わかった」

「何がわかったのよ」

マリーも真剣な眼差しで見つめてくる。その眼はやや輝きを見せ、溢れる涙をこらえているようにも見える。

「じゃあ、こうしよう。この件が解決したら発表するということでどうだろう」

「どうして今じゃないのよ!」

小百合は大きな声で怒鳴った。

「そ、それは‥‥こういうことだ。もし、俺が何らかの結論を言えば、どちらかが必ず傷つく。そうするとこのプロジェクトは進まないことになる。今までの苦労が報われないばかりか、人の命まで失われる事になるんだ」

何だ。素晴らしいいい訳‥‥じゃなくて理由があるじゃないか。

 俺の言葉に二人は黙ってしまった。

「じゃあ、絶対約束だからね」

「ああ、約束する。だから今は全力を尽くそう」

俺はそういうと二人を握手させた。

「何でマリーさんが人間になってるの?」

外から戻った芽依の言葉で我に返ったマリーは慌てて尻尾アクセサリーの姿に戻るのだった。

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