キュキュッピを探せ
第十章 キュキュッピを探せ
マリーを含めた俺達四人は図書館に来ている。
「紙媒体がこんなにあると圧倒されるわね」
マリーは本がたくさんある図書館に来るのは初めてだそうだ。マリーの世界では図書館は全てデータ保存になっていて、本として残されているものは貴重なため一般人は見せてもらえないらしい。
「こんな高いところまで本があるなんて信じられないわ。大きな地震が来たら大変よね」
マリーはさっきから本より図書館の構造ばかりを見ている。
ところで、何故俺達が図書館に来ているかというと『キュキュッピ』という言葉を探しに来たのだ。いきなり何を言い出すんだと思うかもしれないが、この言葉には深い意味がある。
俺達は魔力を上げる史料を徹底分析し信憑性の高い順に幾つか並べた。『キュキュッピ』はそれらの文献に五つも出てきたかなり有効な物質だ。ところがマリーの世界ではもう残っていない物らしい。そこでこちらの世界で探そうということになったのだが、それが地球上の何に当たるかがさっぱりわからない。そこで図書館に来て、『キュキュッピ』という言葉が書かれた本がないか調べに来たというわけだ。
因みに文献には、
『キュキュッピ、35・535グラムを火にくべ、燃え尽きる寸前に魔術を唱えれば通常の十倍の魔力が生じる』
と書かれていた。これはドラゴンと戦うよりはお手軽な方法である。
「この本が怪しいわね。ちょっと取ってくれる」
マリーに言われ、俺は一冊の本を手にした。題名は『三百六十の定義』と書かれている。
「じゃあ、お願い」
俺は最初のページをマリーに見せる。
「はい」
この言葉でページをめくる。マリーは見開き二ページを五秒で読めるそうだ。
しかし、妹の芽依でさえ怪しい本を探す作業をしているというのに、兄の俺はマリーの手の代わりをさせられている。これはマリーと小百合が相談して決めたことだ。俺の意見は一切入っていない。いくら適任かもしれないが俺にだってプライドというものがある。
「どうしたの? めくって」
「ああ、すまん」
「もしかしてこの役目が不満なわけ?」
「そういうわけじゃないけど」
「妹が一人前の役目を与えられているのに、自分は一人前扱いされてないのが嫌なんじゃないの?」
「まあ、何というか芽依よりは俺の方が」
「どうしてこうなったかをオブラートに包んで柔らかく話すからよく理解してね」
「わかった」
「中学三年のあなたより、小学六年の芽依ちゃんの方が使えるのよ」
「どこがオブラートに包んでるんだよ。思いっきりストレートに言ってるじゃねぇか」
俺の声が大きかったのか、周りの人々が一斉にこちらを向く。俺はコホンと咳払いをし、本を閉じてその場を離れた。
「ちょっとどこ行くのよ」
「あの場所は気まずい。座って作業をしよう」
「これくらいの本ならすぐ読み終えるのに」
マリーの不満を抑えて俺は読書用に備え付けられている椅子に座った。
暫くすると疲れた顔の小百合がこちらに向かって近付いてきた。
「あら、読書スタイル変えたの?」
「ああ、ちょっとした事情でな」
「それにしても、この膨大な書物から一単語を探すなんて無謀な話よね」
小百合はため息混じりに話した。
「そうとも限らんぞ。プロゴルファーを見てみろ。あの長い距離をあんな小さい球を打ってたった五回程度でカップに入れてしまうんだ。考えてみればとんでもないスポーツじゃないか」
「四郎君て時々鋭いことを言う時あるよね」
「それは褒めてるのか?」
この会話の最中も俺はページをめくることを忘れなかった。一度に複数のことが同時にできるなんて今日の俺はかなり調子がいいみたいだ。
「あったわ」
マリーが急に声をあげた。
「ほらこの部分よ」
マリーの示すところには次のように書かれていた。
『黒魔術は魔力によって効果が決まる。しかし、魔力の低い者でもその魔力を高める方法を使えば高い効果が期待できる。昔からの言い伝えでたくさんの方法が残るが、そのどれもが期待できない。その中でも一つ間違えなく魔力を高めるものがある。それはキュキュッピと呼ばれる物質を使った方法だ』
「これって探していた文章そのものじゃないか?」
「そうよ! マリー凄いわ!」
俺達は喜びのあまり、図書館であることを忘れ歓声を上げてしまった。
「あっ、駄目だわ」
「どうしたの?」
「詳しい方法は次回に紹介するって書いてあるのよ」
「じゃあ、その本の二巻を探せばいいんだな」
「そうなんだけど、あまり期待できないかもしれないわよ」
「どうして?」
「この本、出版社は勿論筆者名までばっちり書いてあるの。こんなの本格的に調べれば、すぐに身元が割り出せるわ」
「本当だ。著者近影で自分の顔まで載せてるわ」
バカだ。あまりにバカすぎる。
「書かれたのも二十年以上前だし、この本が残ってるだけでも奇跡よ」
「でも、そこまでドジな人っているの? もしかして存在を知られないように全く別人の写真をわざと使ってるとか」
かすかな希望を持って小百合が話した。
「もし、別人でもその人から身元がわかっていくこともあるわ。第一、出版社がわかっているからもうばれたのも同然よ」
「そんな簡単にいくかしら?」
「魔術を使えばマインドコントロールもできるのよ。社員でも使って出版社に残る資料を見ればすぐ割り出せるわ」
微かな希望が絶望に変わった瞬間だった。
「でも、キュキュッピの効果は確実っぽいことがわかっただけでも進歩じゃない」
小百合は可愛らしい笑顔で言った。
もうかれこれ午後の八時を回ろうとしている。
「結局成果はこれ一冊か」
「そう簡単に見つからないわよ。初日に見つかっただけでもいい方じゃないかしら」
さすが優等生、小百合は常に前向き思考だ。
「もうそろそろ帰るか。遅くなってきたし」
今日は昼過ぎにここへ来たから、さすがに図書館に八時間はきつい。
「じゃあ、芽依ちゃん呼んでくるわね」
小百合が探しに行こうとすると、向こうから本を持った芽依がこちらに向かってくるのが見えた。
「どう、見つかった?」
みんなが注目する中、マリーが代表で芽依に声をかけた。
「もう、全然駄目だよ。たった三冊しか見つからなかった」
俺はぽかんと口を開ける。一人で三冊も見つけたのか? しかも小学生の芽依が? 俺にはマリーの次の言葉が安易に予想できる。
「ほら、言った通りでしょ。芽依ちゃんの方が役立つのよ」
やっぱり思った通りだ。俺は言い返す言葉もなく引きつった笑顔のまま黙っていた。
「全員揃ったところで帰るとするか。夕食も食べてないし流石に腹減ったな」
「そうね。家の人も心配してると思うわ」
全員の意見が一致し、出口へと向かおうとしたその時、マリーが言い出した。
「ちょっと気になる本があるの。もう少し見ていくわ。みんなは先に帰って」
「そんな図書館初日から無理しなくてもいいんじゃない?」
「何か凄く気になる本があるのよ。それに私はご飯食べないし」
「じゃあ、悪いけど先に帰るわね」
「あんまり無理するなよ」
俺は軽く手を挙げると、この場を去ろうとした。
「何言ってるの。あなたは私と残るのよ」
「どうしてだよ」
「私が空中に浮いて本を読んでもいいの?」
「い!? 確かにそうだが‥‥夕ご飯‥‥」
「いいからさっきの本棚へ行きなさいよ」
「四郎君ご苦労様。芽依ちゃんは私が送って行くわね」
こうして俺は閉館の十時までマリーに付き合わされるのであった。
更に腹ぺこで帰宅すると、
「あら、お兄ちゃんは今日遅くなるからって、芽依があなたの夕ご飯食べちゃったわよ」
と母親の冷たい一言。まさしく踏んだり蹴ったりとはこのことだ。