番外編・クリスティーン六歳 エリザベートの涙
過去編ではありません。
これは私が六歳になったばかりの頃の話。その日の朝。セシルが私を抱きかかえて急いでジェラールとエリザベートが住む宮殿まで連れていかれた。
「セシル!? どうしたのですか?」
「急いでくださいクリスティーン様」
いえ、急ぐも何も、走っているのは貴女だけですよ。…………相当焦られているようですが、何かあったのでしょうか。表情は悲しそうというよりは嬉しそう。これだけでは何故こんなに大急ぎなのか予想できない。
二人の部屋の前。最近では頻繁に出入りしている為、見慣れた部屋。この奥に両親がいるのでしょうか。普段ならジェラールはもう仕事をしているはず。扉の向こうにはふかふかの椅子に座るジェラールとエリザベート。それから複数人の大人たちが二人を囲むように立っていた。
「来たかクリスティーン」
「おはようございます、お父様お母様」
二人は至って元気そう。では何事? なんならジェラールもエリザベートも心なしか微笑んでいる。ジェラールの右手は、エリザベートの腹部を優しく撫でていた。あー、そういうことね。
「クリスティーン? 貴女にも聞いて欲しいの」
「はい」
「もうすぐ貴女、お姉さんになるのよ」
…………これ、どういうリアクションを取るのが正解なんだろう。素直に喜べばいいのかな。でも、子供が生まれてくることについての教育って受けたっけ?
「まだよくわかっていないようだな。おいでクリスティーン」
どうやらポカンとしていた私は、そもそも妊娠についても知識がないのだと判断され、セシルから私を受け取ったジェラールは、そっとエリザベートの隣に私を座らせる。そして私の手を握り、エリザベートのおなかに優しく重ねた。
「いいか、クリスティーン。今ここに未来のお前の家族がいるんだ。まだ弟か妹かはわからないが、この子が産まれてきたら、お前はお姉さんになるんだぞ」
「私がお姉さん?」
「ええ、そうよ。ここには、私達の家族がいるわ」
半年以上前のジェラールとエリザベートから出てくるとは思えない発言だ。でも、ちょっと嬉しいな。王族なのですから本当は王子が産まれてくるまで子供は作るはずなのに、五年間も私一人しか生まなかった夫婦が、こんなにも愛おしそうにおなかの子を想って慈愛に満ちた表情をしている。私、頑張ったんだって思える。いずれは大臣たちから小言を言われ、渋々作ってただ苦しそうにおなかを抱えるエリザベートを見ることにならなくてよかった。
私がエリザベートのおなかを優しくさすると、私の手の甲に雫がぽつぽつと落ちてきた。それは生暖かく、人の体温を感じた。
雫が落ちてきたと思い、視線をあげると、そこにはボロボロに泣いていたエリザベートがいた。
「お母様? どこか痛いのですか?」
「エリザベート? 医者を呼ぶか!? ……いや、周りにいたな」
どうやら囲い込んでいた大人たちの中に、お医者様もいたようです。
「い、いえ違います。痛いのは身体ではなく心の方です」
え? 心が痛いの? なんでこのタイミングで?
「ごめんなさいクリスティーン」
次にエリザベートが声に出した言葉は、私への謝罪だった。私はさきほど以上にポカーンとしてしまい、状況を飲み込めないままでした。周囲の人たちは喋ることをやめ、次のエリザベートの言葉を待つ。エリザベートは泣きながらもゆっくりと喋り始めた。
「貴女が産まれてきたあの日から、私はずっと貴女をほったらかしにして、本当は気にかけてはいたのですけど、貴女を見ると辛くて…………理由は貴女がもう少し大きくなって意味を理解できるようになったら話すわ。ちょっと生々しくてね、貴女の教育に悪いわ…………でも、今どうしても貴女に謝りたかったの。貴女のことは放置し続けてたくせに、これから生まれてくる子供を可愛がることになるダメなお母さんを許してね」
エリザベートは泣きながら何度も私に謝った。私はただただ涙をこぼす母に抱き着くことしかできなかった。ジェラールも私の反対側に座り、エリザベートの手を取る。
「君だけが気に病むことではない。むしろ君をこんなに風にしたのは間違いなく俺だ。クリスティーン。怒りをぶつけるなら俺にしてくれ」
正直、微塵も怒っていない。むしろ、二人がこんなにも私の為に心を痛めていることが嬉しかった。両親にすら愛されないひとりぼっちの姫ではない。
私はこの親バカ二人の自慢の娘だ。
ジェラール書きたかった。ごめんよ。
次話は十四歳のクリスティーンの物語に戻ります。
今回もありがとうございました。





