32話 川の字
レイモンから魔法を習い、護身用としても合格点を貰った私は、早速その日の夕食でジェラールとエリザベートに報告しようと思っていた。
「お嬢様、なんだかご機嫌ですね」
「わかる?」
紅茶を淹れてくれたセシルがそう呟くと、私はカップを持ち上げた。その瞬間、いつも感じたことのない重さが、私の腕を襲った。いくら何でも重すぎる。何故だろう。もしや疲労?
だめだ、紅茶を口に運ぶこともできないなんて思わなかった。五歳児の姿では、体力が足りなすぎたのね。こんなんじゃ護身用で魔法が使えても……あーあ、早く大人になれないかな。
私が急に倒れ込むと、近くでセシルが何度も私の名前を呼びながら叫ぶ。しばらくしない内に勢いよく扉が開く音がして、そこで私の意識はプツリと切れた。
直前まで考えていた幸せなことも、体力がなくて悔やんだことも、何も考えられないくらい、黒い海のそこに沈んだ。
しばらくして私はなんだか心地よさを感じ、ぎゅっと何かを抱きしめました。私が何かを抱きしめると、それも私を抱きしめて、なんだか暖かくてほわほわして、例えるならそう母親に抱きしめられているような感覚だ。
ふと目を開くと、誰かに抱きしめられながら、ベッドで眠っていることがわかりました。その誰かは間違いなく女性で私はその誰かの顔を確かめなくても察しました。
私は寝ぼけたフリをして彼女にすりよると、ゆっくりと頭を撫でられた。しかし、驚いたのはこのあとである。私の後ろで何かが動いたように感じた。女性にがっちりと抱きしめられているため、起きていることを明かさないと、離してくれないだろう。
だが、起きていることを話せばこんな風に抱きしめてくれないかもしれない。
「ジェラール。クリスティーンが起きてしまうわ」
私を抱きしめている女性がそう呟いて、ようやく後ろで動いた何かがジェラールと理解した。そしてこの声は、間違いなくエリザベートの声だった。
どうやら私はベッドの上でエリザベートに抱きしめながら、更には隣にジェラールがいる状態で眠っていたらしい。ここは誰の部屋なのだろうか。
「エリザベート、クリスティーンなら起きているよ」
ジェラールがそう呟くと、エリザベートがとっさに私を抱きしめることをやめてしまいました。
「あ、お母様」
「起きていたならそういいなさいクリスティーン」
「ごめんなさい」
なぜか反射的に謝ってしまう。エリザベートから離れたことにより、先ほどまで感じていた温もりはない。
「あの……今日やっと魔法が」
「レイモンの奴から聞いている」
私が伝えようとすると、ジェラールは言葉をかぶせてきた。
「だが、まだまだみたいだな」
「…………」
後ろからジェラールに抱きしめられる。
「クリスティーン、お前の六歳の誕生日だが、王都で祝おう。その日は外に出よう。警備も万全だ。楽しみにしているといい」
「はい!」
ところで私、誕生日は把握しているけど、今日が何日とか把握していないわ。それ何日後の話かしら?
ふいに正面にいるエリザベートと視線がぶつかる。エリザベートは私を申し訳なさそうに見つめていたが、目があった瞬間に目が吊り上がった。
「今日はゆっくり休みなさい。明日は一日休むように貴女のメイドに伝えたから一国の姫らしく過ごしなさい」
「…………はい、お母様」
まだまだ距離を感じますが、それでも大切にされていることがわかり、私は自然と笑みがこぼれた。そして安心してそのまま眠りにつきました。
今回もありがとうございました。





