1話 悪役令嬢の娘に転生しました
ある日、目が覚めたら、知らない天井。知らない部屋。知らないメイド服を着た中年女性たち。何もかもが初めてみる空間で、私は目が覚めた。
もしかして異世界転生?
私は異世界転生なのではと真っ先に疑った。私はいわゆるそういった知識に偏った人間である。
異世界転生とは、自分が生きていた世界とは別の世界、別の人間に生まれ変わること。
若年層向けのフィクションでよく見られる今まで住んでいた世界に、なんらかの理由で前世の記憶を持ち続けたまま他の異世界で別の人として生を受けることである。
私の前世での名前は中垣深雪。もう少しでアラサーに突入する社会人だったはずだ。
死んだ記憶もないけど、現実としか思えないこの感覚。やはり異世界転生だと思っておこう。てゆうか、思いたい。アラサーな上に年齢イコール彼氏なしの人生がリセットされたのだから。
だが、今私についている両腕はまぎれもなく子供。いや、これは赤子?
私はとある疑問を感じ叫びだしそうになった。
「ああああああああああああああ!?」
声が出ない。いや、出てはいる。出したい音が出せないのである。てゆうか、歯がない。
うわこれ。赤ちゃんから転生させられているよ。それにしても異世界転生かぁ。やったことある乙女ゲーとか、漫画や小説の中だったりするのかな?
フィクションの異世界転生では、ありえないことにゲームの世界に飛ばされるなどがあり、私もそれを少しばかり期待している。
私が大声を出したせいで、中年女性のメイド達が大慌てであやし始める。ごめんね。
「先ほどの叫び声は何かしら?」
「申し訳御座いません。ご息女様が突然泣き出してしまいまして」
あー、違う違う。泣いてないんだよ。声を出したかったんだよほんとごめんね。喋っている言語は日本語じゃないけど通じるな。おなかの中で覚えたのだろうか。転生特典とか貰えたのなら、説明くらい欲しいものだわ。
私がいた部屋に一人の女性が乱入する。金色の長い綺麗な髪に深紅の瞳。吊り上がった目も見覚えがある。乙女ゲーム『魔法学園ワンダーオーブ』に登場する悪役令嬢、エリザベート・ジョルジュ・クレメンティエフにそっくりだ。
でもこの人は推定年齢二十歳前半。エリザベートは作中では十四から十六歳のはず。そうか、私はよくある異世界転生をしてよくある悪役令嬢になったんだ!
今目の前にいる悪役令嬢エリザベートそっくりな女性もきっとエリザベートのお母様。つまり私がエリザベートな訳だ!!
よぉし、バッドエンドを回避して幸せになってやろうじゃない!
悪役令嬢とはいえ、公爵令嬢。しかも悪名広まる前の赤子からスタートなんてラッキーじゃない! バッドエンド回避どころからハッピーエンドも狙えるわ。
「エリザベート!」
部屋には更に男の人が入ってきました。男も容姿端麗でエリザベートのお母さんよりも少し薄い色の金髪をした美男子と言える。青い瞳は深い海の色をしていた。
誰でしょうか。私を呼んだと言うことはお父様かな? お若いなぁ。エリザベートの両親は乙女ゲームに登場しないから顔や名前を見たところでわからないしどうでもいいか。お父様だろうし呼ばれたんだから愛想ふりまこうっと!
「あーー!」
「何よ、ジェラール。貴方が娘のところに顔を出すなんて珍しいじゃない」
そっか、お父様はジェラールっていうのか。てゆうか、呼ばれたのは私なのになんでお母様が返事を?
「俺はむしろ君が俺たちの子供の所に来ている方が珍しいと思ったよ。今日は大人しいね。良いことでもあったのかい?」
夫婦仲は険悪ってほどでもないけど、ラブラブって感じでもなさそう。てゆうか、ジェラール? それってメインヒーローと同じ名前なんじゃ…………
私はお父様をじーっと見つめます。その髪の色も瞳の色もまぎれもなくメインヒーローの第一王子ジェラールそっくりでした。
この男がジェラールということは、あの女は悪役令嬢エリザベート・ジョルジュ・クレメンティエフ!?
ジェラールとエリザベートが結婚するバッドエンドは確かにある。
つまり私は、ヒロインが敗北した乙女ゲームの世界で、悪役令嬢の娘として転生したっていうの!?
いや、それはまずい。なぜなら、この乙女ゲームのバッドエンドは、最強の魔法使いであるヒロインが王国に復讐を果たし、自らの命を落とすまでがエピローグなのだから。
十数年後に戻ってくる最強魔法使い相手に王国崩壊エピローグを回避しないと!?
主人公が知っている残ったシナリオは一つ。
バッドエンディングのヒロインが復讐の為に王国を滅ぼすこと。
様々な作品の中から、本作に立ち寄って頂きありがとうございました。