抜け落ちた記憶
「昨日の夜? 七美、何も言わずにいなくなったじゃん」
朱里は食べ終わった弁当を片付けながら、不思議そうな顔で七美を見た。
「いなくなったって、どういうこと?」
「私がトイレから帰ってきたら、ナンパ男の片方が一人で座ってた」
朱里の作り話じゃないかと疑うくらい、七美には全く身に覚えがなかった。少しでも何か思い出そうと頭を抱えていると、朱里が意味深な表情でニヤリと笑った。
「それで、あの後どうなったの?」
「よくわかんないけど、気がついたらホテルにいた」
「やったじゃん。二人とも結構イケメンだったし、昨日は当たりだったね」
七美の「違うんだよ」という声は、タイミング悪く昼休みの予鈴にかき消された。結局、七美の誤解は解けないまま昼休みは終わってしまった。
何もなかったとも言い切れないし、自信を持って誤解だとも言えない七美は、昨夜の不思議な経験をとりあえず忘れることにした。
後々、どういう理由でホテルに行き着いたのかを七美は知ることになるが、それはもっともっと先の話である。
三限目の授業は数学だった。期末テストの結果は散々で、七美は内心がっくりとうなだれた。二年生に上がってから三ヶ月。七美の努力は虚しく、成績は下がっていく一方だった。バイトがあるから、なんて言い訳はなるべくしたくないけど、それが一番の障害なのは確かだ。
県内で五本の指に入る進学校なだけに、うちの高校は真面目に勉強する生徒が多い。ほぼ毎日のようにバイトに明け暮れているのは、よっぽど不真面目な子を除いては七美くらいだろう。
それでも、七美はバイトを辞めるわけにはいかなかった。
今日もいつものように塾に行く朱里と別れ、七美はバイト先へと向かった。