vs 仇敵6
つーわけで私の部屋からリビングに移動。
ソファに2人並んで座らせる。
「んで? なんなんあんたたち」
「「え~っと、その~」」
2人して膝の上に手を置いて下を向く。
「夏木くん。そもそもきみ、正和たちと映画に行ったんじゃないの?」
「それは……、伊織さんが心配で」
「あん?」
少し凄むと夏木くんは言葉を止め、意を決したように口を開いた。
「実はぼく、警察のほうから来たんです!」
『ほう』って、また胡散臭い言葉使いを。
「消防署のほうから来ました!」って言って消火器売りつけるインチキ販売員と変わらんやん。
「そ、それじゃあ私は自衛隊のほうから来ました!」
と、これはレイカちゃん。便乗せんでええから。
「なんなんそれは? 警察の人とはちゃうの? 自衛隊の人とはちゃうの?」
「「微妙に違います」」
口を揃える2人。
私はテーブルを叩いた。
「どう違うんじゃ!」
「警察に雇われているんです!」
「私も自衛隊に雇われてるんです!」
……理屈はこうだ。
警察は国家組織である以上ある程度法律に縛られている。
盗聴や潜入捜査なんかは違法だからできない。
だが、時と場合によってはそういった行為も必要になってくる。
そんな時は『外部』の組織に委託してやらせるのだ。
あくまで警察は関係ありませんよ、というスタンスで。
外国の軍隊なんかでもよくあることらしい。
国内に反政府勢力の村がある。だが、そこを攻撃すると、自国民に軍隊を差し向けたとして国際世論の反感を買う。
だから、そういうときは傭兵を使って攻撃するのだ。
「あれはうちの軍隊がやったんじゃないから知らないよ」というスタンスで。
「……ごめん、こっちから聞いておいてなんだけど、そういうことは簡単に話しちゃいけないんじゃないかな?」
「いえ。本来はそうなんですが……」
なんか言葉が弱いなあ。
「それよりお嬢様!」
「職場以外でお嬢様はやめんさい」
「真壁朝子のことです」
「……そうよ。なんでその名前が出てくるのよ」
やっと会話のイニシアティブを握ったと勘違いしたのか、レイカちゃんは少し声量を上げていった。
「あの女は悪いやつです!」
「うん、知ってる。私もあいつに嵌められて大学首になったんだし」
次いで夏木くんが口を開く。
「実は彼女、悪の秘密結社の幹部でして」
「いきなり話が飛躍したなおい」
「お嬢様、冗談みたいな話ですが本当のことなのです」
「本気?」
「本気です」
そう言って握りこぶしを作るレイカちゃん、ちくしょう可愛いなあ。うちの子にしちゃうか?
「んで、そいつらなにを企んでるの? 国家転覆とか?」
「わかりません」
わからないって……。私は笑ってしまった。
「本当にわからないんです。結社の成り立ちは学生運動の時に活動に熱中して就職を見逃した連中の互助組織として、だったそうです」
「就職の斡旋、てこと?」
「はい。結成から半世紀を経た今、末端構成員は10万とも20万とも言われています。一部上場の大企業幹部なども多く、影響力は計り知れないところがあります」
「でも、やってることはハローワークでしょ? 放っておいたら?」
夏木くんは言った。
「就職の斡旋以外にもやっているとしたら」
「? なにやってるのよ」
「それがわからないんです」
……はじめに戻っちゃったよ。
「結社が過去に就職の斡旋以外で活動したことが一度だけありまして。お嬢様は『オライオンショック』を覚えていますか?」
……今日はなんなのよ。
朝子といいオライオンといい、私の胸をえぐるワードが飛び出して来るんだけど。
「あれほどの大事件を起こした背景に、結社の活動が確認されています」
「オライオンは結社に嵌められたってこと?」
「嵌められた?」
「あ、いや、なんでもない」
私は冷静になるために顔を撫でた。
「そして、今、オライオンショックの時と同じように結社の活動が活発になっているのです」
「なにかをやる気ってこと?」
「その可能性が高いのです。そして、なにをやるのかがわからない。だから調べているんです」
う~ん、こんだけ不確かな情報じゃあ、そりゃ警察も自衛隊も動けんわな。
だから下請けの夏木くんたちが動いている、と。
前置きが長かったが、やっとさきに進める。
「それで、幹部であることがわかっている朝子を調べていたの? それで私に辿り着いたのならお門違いよ。だって大学首になってから一度も会ってないもん。もちろん電話メールもなし」
「伊織さん。本当に、ですか?」
「本当よ。私にしたら奴に恨みがあるし忘れたい過去だもん」
「実は今、真壁朝子は行方不明でして。現場で押収したデバイスに、あなたの氏名住所、それに最近の写真が残っていたのです」
「うわ、迷惑な話。つーか完全にミスリードじゃん」
「そうかもしれません。ですが、手掛かりがもうあなたしか残されていないんです。伊織さん、なんでもかまいません。なにか思い当たることはありますか?」
「そんなこと言ってもねえ」
私は腕を組んだ。
「ちなみに自衛隊ではお嬢様も結社の一員でグルである可能性も考えています」
「絶対ありえないって。私、あいつには恨みしかないんだから。あ、そうだ。レイカちゃん、パソコンの中は見たの?」
「いえ、パスワードが突破できませんでした」
この子、ハッキングスキルは低いみたいだ。
今にして思えば、私の名刺から会社のホームページに不正アクセスして逆撃喰らったみたいだし。
ま、ドジっ子も可愛いからいいんだけど。
私は立ち上がり、自室に向かった。
2人もついてくる。
自室のパソコンを操作し、履歴を見る。
「やっぱりメールも来てないし、なにかされた形跡もないなあ」
「いつも持ち歩いているノートパソコンはどうです?」
「それこそ有り得ない」
それは、物理的に無理なのだ。
だってネットに繋いでないのだから。
だが……、私の反応に答えるようにノートパソコンがビープ音を発した。
「……」
私はノートパソコンを立ち上げた。
「なんでメーラーが起動してんのよ」
その有り得ない事態に、私は恐怖心より好奇心を刺激された。