vs 仇敵4
今日も今日とて墓場で修理。
仕事に集中していると、いい匂いがした。
コーヒー豆を炒った匂いだ。
顔を上げると、そこには美少女メイドさんがいた。
「あれ、レイカちゃん?」
「伊織お嬢様、数日ぶりです」
「うん、久しぶり。どうしたの、こんなところに?」
「パソコンの修理をお願いしようと参上しましたら、ここを案内されて」
そう言うと、レイカちゃんはパソコンを卓上に置いた。
……オシャレなノート型などではなく武骨なワークステーション。
もちろんデスクトップだ。これ、けっこう重いはずだけど。
「これ、家から持ってきたの?」
「いえ、『ティルナノグ』のパソコンです」
マスター、なんでこんなの持ってるのよ。これ、既製品だけど百万以上するよ?
つーかレイカちゃん、意外と力持ちなのね。
私はワークステーションにモニターとキーボードを接続し、起動した。
モニターに映し出されるのは数字とアルファベットの羅列。
「どうですか?」
「ちょっとまってね」
うまくBIOSモードにならない。
仕方ない。
私は自分のノートパソコンをワークステーションに繋げて外部から操作した。
「……オッケー。え~っと、うわ。全データ、OSまで削除されてる。たちの悪いウィルス仕込まれたね~。たぶんマスターが違法サイトにアクセスしたんだと思うよ」
「大丈夫ですか?」
「動かすだけならOS再インストールするだけで大丈夫だと思うけど、データの復旧は難しいかな」
私も昔、ブラック企業にいたときはこの手のウィルス作ってたんだよね。仕事じゃなくて趣味で。
あの頃、仕事しながら現実逃避でプログラム組んでたんだよね。うん、思い返してみると病んでたなあ。
ちなみにその時作ったウィルスは今でも生きてる。
会社のホームページに違法アクセスすると自動で仕込むようになっているのだ。
いや、クラッカーに手加減する必要ないっしょ。
……てーかこれ、私の作ったのに似てね?
「どうする? データ復旧する?」
私のウィルスだったら復旧は無理だなあ。
「マスターに相談してみます」
そう言ってまつ毛を伏せる美少女。
そんな仕草すら絵になるんだなあ。
レイカちゃんが仕事に戻ってしばらくすると、今度は巨漢が私のところに来た。
体積比でいうなら、レイカちゃんが4、5人入ってしまうくらいの巨漢。
190を超える長身にそれに比例するように突き出た腹。肌は浅黒く頭は禿しくつるっぱげ。
以前はラガーマンで筋肉隆々の身体だったらしいが、今は昔ってやつだ。
我が「グッダー膝折町店」の店長、スモールTだ。
「永野! 永野伊織、どこだ!」
「はいボス! ここにいます」
ボスは私の前まで歩いてくると、突き出た腹に乗せるように腕を組んだ。
「福島のようにサボらず仕事をしているとは感心だな」
「はい、ありがとうございます」
「勤勉で向上心もある。正社員登用制度については考えたか?」
「あ、すいません。最近は忙しくて」
正社員になるためには何個か資格取って試験をパスしなければならない。そのくせ時給が200円アップってだけじゃあ、正直魅力ないんだよねえ。
「ふん、まあいい。それより客を連れて来た」
ボスの巨体に隠れて見えなかったが、後ろに女性がいた。
歳は20代中盤、身長は高めのスレンダー体型。派手さのない服装に少しやつれ気味の肌は家事育児に疲れ気味の専業主婦って感じだ。
女性はおずおずといった感じで、私の目を見ないまま言った。
「これ……、見てもらえますか?」
そう言って渡されたのは携帯だ。
私は携帯の電源を入れた。
普通に付いた。画面はロックがかかっている。
「そのパスワード、なんとか解除できませんか?」
「パスワードを忘れたのですか? それならメーカーのカスタマーセンターに相談されたら……」
「そこじゃ駄目だったんです!」
いきなり怒鳴りだす専業主婦、情緒不安定だ。
「……それ、私のじゃないんです。主人のなんです」
「どういうことですか?」
専業主婦は、涙ながらに語り出した。
「主人……、不倫しているみたいで。でも、証拠もなくて、探偵雇うお金もなくて」
ああ、それでか。
隣のボスは涙ながらに頷いている。
この人、バツ3だけど、3回とも嫁さんに不倫されているんだよね。
だから、自分と同じ境遇の人に弱いのだ。
「今旦那さんは?」
「夜勤明けで家で寝ています」
つまり、携帯を持ち出せた今しか証拠をつかむチャンスはない、と。
私はボスに顔を寄せた。
「ボス、勝手に人のパスワード解いちゃうの、違法ですよ?」
「かまわん。相手の旦那だって不倫という違法を犯しているんだからな!」
不倫は民事でパスワード解析は刑事、って、まあいいか。
私も大学で彼氏に浮気された身だし、そういうことするやつ普通に嫌いだから。
「なにかあったら責任は取ってくれるんですよね?」
「当然だ!」
そう言って二重あごをたゆたわせるボス。
こういうところは体育会出身のボスのいいところだ。
前の職場のブラック企業は「会社のためにやれ。ただし責任はおまえが取れ」だったからなあ。
私は自前のノートパソコンと携帯をケーブルでつなげた。
自作のパスワード解析ソフトを起動する。
解析まで3秒とかからない。
悪いけど、既製品のロック程度じゃ敵じゃないんよ。
そして、出るわ出るわの不倫の証拠。
不倫相手とのやり取りのメールに合計255枚のポルノ写真。いわゆる、行為中の撮影ってやつだ。
てかこの旦那、携帯エロにしか使ってないよ。相手もひとりじゃなさそうだし。
操作の都合上、一旦自作のノートパソコンに保存、のち、コピーしてUSBに入れる。
それを専業主婦に渡した。
「ありがとうございます」
涙ながらにお礼を言う専業主婦。
隣のボスも貰い泣きしてる。
「そのデータをどう使うかはわかりませんが、慎重に。旦那さんに取り上げられて壊されたら元も子もありませんから」
「はい……」
専業主婦は上目遣いで私を見た。
その時、初めて、目があった。
心臓に氷の塊を叩き付けられるような衝撃。
専業主婦はボスに連れ立たれて出て行った。
私はその背中を見送る。
「……まさか、ね」
あの切れ長の目、少し似ていた。
私を大学から追いやったかつての親友、真壁朝子に。
私は首を振った。
あいつがこんなところにいるわけがない。
専業主婦になれる器でもないし。
そう言って自分を納得させようとする、だが、どうしても頭の片隅に邪念がこびりついて離れない。
「お~い、伊織。今日の映画の話だけど」
いつの間にか来た正和が話しかけてくる。
「あ、今日は映画デイだっけ。悪いけど、なんか体調悪いからパスで」
「あ、そうなのか? まあ仕方ないか。今日は夏木も一緒って話しようと思っただけだから」
正和の隣を見ると、夏木くんが心配そうに立っていた。
「伊織さん、大丈夫ですか?」
「ああ、うん。大丈夫。夏木くん、同僚と仲良くするのはいいことっていいたいけど、こいつらに染まると酷いことになるからね。ここから泥沼のように抜け出せなくなるよ」
「……肝に銘じておきます」
真面目に答える夏木くんがおかしくて、私は少し笑ってしまった。
20190911追記。
拙作は10年後でも普通に読めるように、あえて携帯電話をスマホと記載せず、「携帯」として統一しています。
また、テクノロジーの時代遅れ感をぼかすためにSDカード類も使わないようにしています。
違和感を感じられるかもしれませんが、そういった理由による仕様でございます。