vs 仇敵2
私と夏木くんは信号を渡りパラダイス天国に突撃した。
途端に溢れだすパチンコ屋特有の音の奔流。
私は声を大きくして夏木くんに言った。
「上のジャグラーのほうを見てきて! 私は下から見てくから」
「ジャグラーって?」
「……あ~、スロットのこと」
「詳しいんですね」
私も詳しくなんてなりたくなかったよ。でも、あいつら休憩時間はギャンブルと風俗関連の話ばっかしてるんだもん。自然と耳に入っちゃうのよ。
私はパチンコ台の間を縫うように脱走兵を探した。
が、予想に反して見当たらない。
「あ、伊織さん。どうしたんですか?」
「あ、テンチョ。うちの馬鹿ども来てない?」
顔なじみであるパラダイス天国の店長(白髪多数の苦労人)は困ったように眉根を寄せて言った。
「たぶん、『ティルナノグ』にいます」
「?」
ティルナノグは、ここパラダイス天国に併設されている休憩所兼喫茶店。
団子鼻の不愛想なマスターとまずいコーヒーで有名な、普段は閑散としている場所だ。
なぜそんな場所に? と思ったが、その疑問は速攻で解消された。
そこに、お人形さんがいたからだ。
身長は150あるかないか。
淡い栗色の髪はツインテール。
おっきいお目めに桜色の唇。
うん、ちょっとおかしい。
夏木くんはイケメンだが、探せば学年にひとりはいるレベル。
だけどこの子は学校内どころか国内探してもなかなかいないってレベルの美少女だ。
「おかえりなさいませ、お嬢様」
お人形さんはカチューシャをかけた小さな頭をこちらに下げた。
よく見たらシックなメイド服を着ている。
なんで? いつからここはメイド喫茶になった?
「あの……、お嬢様?」
反応しない私の顔を、お人形さんは首を傾げ、長いまつ毛をパチクリしながら見上げてきた。
そんなに見ないで、溶けちゃうから。夜の住人はお日さまには弱いのよ。
「よ~う伊織、おまえも来たのか!」
奥からのそんな声に私は我に返った。
正和だ。
「あんたねぇ! 仕事サボってなにやってんのよ!」
「そんな大声出すなよ。レイカちゃんが怯えるだろ?」
「レイカちゃん?」
ふと見ると、なぜかピタリと私の横に立っていた美少女メイドは私に名刺を差し出した。
「初めましてお嬢様。わたくし、筆頭メイドを任されております前原麗華と申します」
彼女の華々しさとは違い一切の装飾が施されていない名刺には、
「ティルナノグメイド隊
筆頭メイド
前原麗華 」
と書かれていた。
ここ、本当にメイド喫茶になったんだ。
確かに客が入らないってマスターが悩んでたの知ってるけど、方向性間違ってない?
てかマスター。あなたが今雰囲気作りのためにワイングラス磨きしてるけど、メニューにワインはおろかビールもないのみんな知ってるからね?
「な? すごい美少女だろ?」
「それは認めるけど、なんでこんな子がパチンコ屋にいるのよ? 芸能人にだってなかなかいないレベルよ?」
「それで、お嬢様は……」
小声で正和と話していると、レイカちゃんが話しかけて来た。
「ああ、ごめんなさい。こいつらの保護者みたいのもの」
私は名刺をレイカちゃんに渡した。
私、身分はバイトだけど出張修理とかもいくから名刺を持たされているのだ。
書いてあるのは私の仕事用携帯番号とメールアドレス、あと私が管理を任されている職場のホームページ。
「伊織お嬢様ですね。よろしくお願いします」
「あ、これはご丁寧に、て違う! 正和! 仕事サボってなにやってんのよ!(2回目)」
「大丈夫、今日はスモールTは午後出勤だ。リサーチ済みさ」
スモールTはうち、グッダー膝折町店の店長。ちなみにビッグTのお孫さんでもある。
「いいからさっさと仕事もどりなさいな。こっちだって自分の手を止めて来てるんだから」
「いつ働くのかはおれたち労働者に選択権がある! なあみんな!」
途端にあがる歓声。よく見たら店内いっぱいにいる20人近い客、全員うちのバイトじゃん。
私はツカツカと正和の前まで歩み寄ると、頭をぱしーん!
「いい加減にしんさい! 次はグーだからね」
「ぼ、暴力反対! 話せばわかる!」
いや、話しても無理っしょ。少なくとも労力には見合わんわ。
「ほら、全員起立! さっさと仕事にもどるわよ!」
しぶしぶと立ち上がるバイト軍団。
私は正和の尻を蹴り、喫茶店から追い出した。
「ごめんね。レイカちゃん。うちの馬鹿どもが迷惑かけて」
「はあ。私には優しいご主人様たちでしたが」
『ご主人様たち』って、なかなかのパワーワードね。
「もしまたあいつら来たら悪いんだけど……」
「レイカちゃーん! 来たよ~!」
「……」
私は、遅れて来た空気の読めないアラフォー馬鹿の頭を一発叩いて店から追い出した。
「もしまたあいつら来たら悪いんだけどさっきの名刺に電話して。すぐにかけつけるから」
「何事もなく話を戻す伊織お嬢様、素敵です。今度はお嬢様もご来店くださいね」
「ええ。知ってる? ここ、コーヒーは最悪だけど、ハニートーストは絶品なのよ」
私は喫茶店を出た。そういえば筆頭メイドとか言ってたけど、メイドさんレイカちゃんひとりだった。これから雇うのかな? あんまり人件費に金使わんほうがいいと思うけど。
「伊織さん」
声に振り返るとイケメンバイトの夏木くんがいた。
「全員いましたか?」
「ええ、なんとかなったわ」
幼稚園の集団行軍のように列をなして信号を渡るバイト軍団。
私たちは最後列で信号を渡った。
「そういえば夏木くん。なんでうちにいるの?」
「え? どういう意味です?」
「いや、きみ、普通に優秀そうだけど。ここ、仕事は緩いけど最低賃金ギリギリで給料安いじゃん。同じバイトでも好条件のところ、いくらでもあるでしょ?」
夏木くんは、私の目を見ずに言った。
「あんまり話したくないので深く突っ込まないでほしいんですけど、僕、ドロップアウト組なんですよね。大学中退してニートやって。今、社会復帰のリハビリみたいなものです」
「へー、実は私も大学中退してんのよ」
「そうなんですか?」
夏木くんは顔を上げた。
「うん。私も大学首になって数年ニートやって、そのあとブラック会社を数年、辞めた後に療養がてら1年ニート。んで今ここでバイト2年目」
「それじゃあ、いずれここ辞めてどこかで就職するんですか?」
「ま、いずれは、ね~」
私は夏木くんから目を逸らし、バイト軍団を追いかけた。