vs 地方公務員10
すぐに夏木くんに電話する。
「今どうなってんの?」
『マル対 (対象者のこと)は2階からふじみ野ソニックシティを出て駅とは反対側に向かってます。場所は……』
「場所はいい。わかるから。私もすぐに行くから」
私は夏木くんの携帯に仕込んだ盗難防止ソフトを起動した。
登録した携帯の位置情報が得られる、浮気調査なんかにも使えるなかなか便利な一品だ。
地図で場所を確認。
エレベーターを下りると同時に私は走り出した。
ええい、ドレスが走り辛い!
「てか、なんで私が仕切ってるのよ。私新人よ? これが初任務のはずでしょ?」
『自然とそうなってますね。伊織さんの仁徳ですよ、あはは』
あははじゃねえよ!
最近気付いたけど、夏木くんってけっこう残念なところがあるんだよね。
「このまままっすぐ進むと県道よね。レイカちゃんは?」
『バイクでこっちに向かってるみたいですけど、あ、公園に入った』
公園?
地図アプリによると、そこはふじみ野市民公園。
池やランニングコースもあるかなり大きな公園だ。
ここで尾行されてるな? と思った時の注意事項。
素人がやりがちの失敗は人気の少ないところに行くこと。人が少なければ尾行者の特定がしやすくなるからだ。
だが、実はこれ、かなり危険な行為だったりする。
人が少ない場所イコール相手にとって絶好の襲撃ポイントになるのだ。
夜の大きな公園、てのはつまり尾行者からしてみれば襲撃ポイントなわけだが、相手が素人ではないのなら当然その危険性も知っているわけで……。
『チャンスです。アタックかけて物品奪いましょう!』
それただの追いはぎやん。
「ちょーっと待った。まだそいつが結社の活動してたのかもわかんないんだから時期尚早よ」
しかも罠かも、そう言葉に出す前に夏木くんは言った。
『大丈夫です。行きます!』
そう言って夏木くんは携帯を切った。
「……うん、知ってた。知ってたけどあえて口に出して言うわ。この、脳筋野郎!」
携帯を操作し位置情報をレイカちゃんに送信し、私は足を速めた。
くそ、慣れないパンプスで足が痛い。
公園を見つけ柵を乗り越える。
ドレスの破れる音を聞きながら藪を抜け、広い場所に出た。
そこには、倒れ伏しているモーターギャング数匹と、対峙する「女」と夏木くん。
幸い「女」は私に背を向けて気付かれてない。
さてどうしようか。
残念ながら私には武道の嗜みはないので背後から飛びかかるなんてことはできない。
なんとか相手の気を逸らさないと、と、考えていると夏木くんは私を指差して大声で言った。
「残念でしたね! これで2対1だ」
……なんでばらしてんの?
つーかこいつ、本当にアドリブきかないな!
女は夏木 (もうくん付けはいいや)に隙を見せないようにゆっくり振り返って私を見た。
「あ、どうも先ほどは」
たまたまここで会って私は他人ですよアピールは通じず、「女」は私に夏木の隣に立つよう指示した。
よく見ると手には拳銃。
「あれ、なんだっけ。私でも知ってる有名な小口径の銃。サリンジャー?」
「デリンジャーですね」
私は訂正してくれた夏木の脇腹を割と本気で殴った。
「女」は口を開いた。
「まず、あなたたちはなにものかしら。なぜ私を尾行したの?」
「……自分の胸に手を置いて考えなさいよ」
拳銃を不法所持してるぐらいだ。間違いなく後ろ暗いところがあるだろう。
これでなにか勘違いしてくれれば突破口になる、そんなことを考えていたらすごいことを言われた。
「まさか……嫉妬「いやそれはないから!」」
さすがに私でも靖にまとわりつく「女」に嫉妬して友人使って襲撃したと思われるのは我慢できない。プライドが許さない。
「まあ、そうよね。さすがにあの地方公務員に靡くのは有り得ないわね。もしそうなら同じ女性として警告するわ」
「女」は拳銃を私に向けた。
それをかばい私の前に立つ夏木。
格好つけてるけど今窮地なのあんたのせいだかんね?
「伊織さん、なにか策はないんですか?」
「……ねえ知ってる? 拳銃自殺の方法。大型の銃を口に咥えて脳髄を破壊するように引き金を引くの」
「なんの話ですか!?」
「まあ聞きんさい」
「女」も興味を引かれたのか黙って聞いている。
「ここまでやらないと人って死なないのよ。だけど、得てして小口径の銃で撃たれても即死する人はいる。なぜか? あれ、ショック死らしいわよ」
「痛みでってことですか?」
「そう。つまり、ちゃんと急所をガードして覚悟して撃たれれば小口径なら肉体的には耐えられるはず」
「あ、あんた! 死ぬほどの痛みを我慢しろって言ってるんですか!」
「男の子でしょ! なんとか耐えんさいよ!」
私は夏木の背中を蹴った。
「なかなか面白い学説ね。試してみようかしら」
「ええ、お願い」
「ま、待った! さすがにそれはなしの方向で!」
「なしなの?」
「なしです!」
「だめなの?」
「……1発ですか?」
「銃の形状からして2発か3発」
「絶っ対駄目です!」
っち! 我がままボーイめ。
仕方ない、プランBだ。
「こんなところで銃なんて使っていいの? ここ日本だよ。さすがに死体に銃創があったら問題になるんじゃない?」
「ご心配なく。だって、死体なんてでないもの。そこに転がっているモーターギャングの連中に副業で死体処理をやらせてるのよ。酸で溶かしたり肉を削いで動物に食べさせたり。火葬場の隅で一緒に焼いちゃうなんて手もあるらしいからあなたもお墓に入れるかもしれないわよ。誰のうちの墓かはわからないけど」
「ふーん、ていうかさぁ、私たちがたった2人で行動していたと思う?」
「……なんですって?」
私は胸元の集音マイクを……、と、その前にぼーっと突っ立っている夏木を押しのけて「女」の前に立ち、集音マイクを見せた。
「それは、マイク? そういえばレストラン向かいの喫茶店で……」
よし、いい方向に勘違いしてくれた。
正和たちは全然関係ないんだけどね。
「そういうこと。今のやりとりもしっかり録音されてるから」
女は舌打ちすると銃を下した。
どこかで爆音がした。
「今日のところは見逃すけど、このままで済むと思わないことね」
「……」
ライトが光る。
爆音が近づいてくる。
「……ちょっと待った」
「なに? まだなにか用なの?」
「いや、あんたじゃない。いや、あんただ」
「は?」
避けろ!
そう声に出そうとした瞬間、「女」は空を飛んでいた。
そのまま地面に叩き付けられゴロゴロと転がった後、木にぶつかって動かなくなった。
そういえば、中学生のときにやった交通教室に来ていたジョニーくん (人形)も車に引かれた時、あんな感じだったな。
「お嬢様」
「ああ、レイカちゃん。お疲れ様」
女をひき殺した張本人はヘルメットを脱ぐと恭しく私に一礼した。
あんたよくその身なりで大型バイク(ナナハン)なんて転がせるわね。
「死んでます!」
「女」を見に行っていた夏木が声を上げる。
「ショック死?」
「かもです」
私はレイカちゃんを見た。
「……甘引きでしたよ?」
「いやあ、あれは甘引きじゃないなあ。がっつり正面衝突だったじゃん」
レイカちゃんはツイと視線を逸らした。
まったくうちの連中はどいつもこいつも。
「それで伊織さん、どうします?」
「とりあえず靖が渡していた荷物を回収。携帯は?」
「駄目ですね。修理したら使えるかもしれないけど」
「それじゃあ財布は?」
「財布?」
「身分証明書とか自宅の鍵とか。大事になる前に住所調べてデータ媒体さらってきましょう」
「……伊織さん、なんでそんなに手馴れてるんですか?」
「昔は私もやんちゃしたものよ」
そう言えばこの2人、私の出身大学も知らなかったもんな。
私の昔の悪さも知らないんだろう。
ひょっとしたら政府にもばれてないか?
いや、さすがにそれは希望的観測か。




