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vs 仇敵1

 目覚まし時計より前に目覚めるときというのは、決まって寝覚めがいい。


 私、永野伊織は勢いよくベッドから起き上がると、少し下品に寝巻きを脱ぎ捨て、裸のままバスルームに向かった。


 途中、ボリューム大きめに音楽をオン。騒音を気にしなくていい中途半端な田舎に大きな家を残してくれた両親に感謝だ。


 少しぬるめのシャワーで顔を洗い、寝汗を流す。

 今は5月。だんだん暑くなりつつある今日この頃、朝シャワーは必須となりつつある。

 昔、大学を辞めるまでは長かった髪をタオルでワシャワシャと拭く。うん、短髪は楽でいい。

 ふと見ると右足の親指からぴょろんと生える長い無駄毛。見る人が見れば私に彼氏がいないことがばれるそれを、私はつまんで抜き去った。


 朝食は目玉焼き。フライパンの上の卵がじゅわ~っといい音と匂いを上げ始めたらアクセントに胡椒を一振り、そのままどんぶりご飯の上に乗せていただきます。

 半熟の黄身を崩して醤油を垂らす。

 一人暮らしならではの物ぐさ料理だ。

 食後は冷たいジャスミンティー。

 見ても見なくてもいい朝の情報バラエティーを眺めつつ至福の時間を過ごしていると、携帯が鳴った。

 私は携帯を手に取り変な顔文字を確認すると、テレビを消してノートパソコン片手に家を出た。


「お~い、遅いぞ、伊織」


 えらそうに私の車の前で手を振っているのは、福島正和。

 私の同僚兼隣人兼幼馴染だ。

 家が近いこともあり生まれた時からの付き合いで、幼稚園、小学校、中学校と同じ、高校からは別々だったが私が大学を中退して地元に戻ってきてから付き合いが戻った。

 しかも今は職場も一緒だったりする、腐れ縁だ。


「文句あるならひとりで行ったら?」


「けち臭いこと言うなよ」


 行き先が一緒なこともあり朝はたいてい一緒。

 その関係から職場では付き合ってるみたいな目で見られることがあるが冗談じゃない。

 架空ではない実の兄弟相手に発情するかって話だろう。核爆弾で人類が滅んで世界でこいつとふたりだけになっても男女の仲にはならない確信がある。


 私と正和の職場は「グッダー膝折町店」。グッダーとはグッド(good)に比較級(er)を付けた、ものすごく頭の悪い造語で、業種は地域一番のDIYショップだ。

 キャッチフレーズは「終末をあなたと」。

 ゾンビパニックが起きても異世界召喚されても「グッダー」があれば生き残れると豪語している。

 事実、最新式のなにに使うのかわからない器具が山と積んである。

 年配のお客さんには「ICBMに使われる電子部品が全て揃うと言われた昔の秋葉原を思い出す」なんてお褒めの言葉を頂くことがある。ぶっちゃけその8割は死蔵されるんだけど。


 ちなみに家から職場までの距離は車でだいたい10分。

 走っても10分。

 信号次第では走ったほうが早く着く、そんな距離だ。

 少し長めの曲がひとつ終わる頃、外資系スーパー並みに広い駐車場に着いた私は正和と別れ、裏口からグッダーに入った。


 正和は「販売」担当で、私は「パソコン」担当。修理や電話サポート、自作パソコンの受注組み立てなんかをやっている。出張修理なんかも私の部署の仕事だ。


「永野さん、おはよう」


「おーっす」


「イオリンうぇーい」


「うぇーい」


 同僚に挨拶を返しつつタイムカードを押した私は、ここ、グッダーの中でも最奥にある仕事場へとおもむく。

 通称「電気家電の墓場」。

 言い得て妙、端の黄ばんだ「5S」の垂れ幕と同様にここがどこなのかを示す「パソコン修理室」の表札は、まるでスクラップ工場の如く積まれたサポート切れした電気家電に隠れてどこにあるのかもわからない。

 パソコン関係ないじゃん、と思ったのも今は昔。

 パソコン修理も全体の仕事の半分くらいはあるしね。


「……さ~て、やるか!」


 私は上着を専用ロッカーに放り込むとシャツの袖を捲り上げノートパソコンを起動して、ハンダゴテ片手に家電修理に取り掛かった。


 黙々と作業を進める。

 天職、とはさすがに思わないが、こういうひとりで完結する仕事というのは自分に向いていると思う。

 大学のときのように教授に媚びを売ったりしないで済むし、論文を盗まれたりそれを自分が盗んだのかのように責任転嫁されることはないから。


 まあ、そうは言っても無人島で自給自足しているわけではないので、どうやっても人との関わりっていうのは生まれてしまうのだが。


「伊織さん、います?」


 作業を中断して顔を上げると、そこにはイケメンがいた。


 歳は20代中盤、身長は180を超え、スラリとした細マッチョ。

 スポーティーな短髪に整った眉目、笑うとキラリと光る白い歯。

 うん、こちらが後ろ暗くなるほどの健康優良青年だ。


 彼は先月入って来たバイトくんで、確か名前は夏木くん、だったか?


「おお夏木くん。地獄の最奥コキュートスへようこそ!」


「伊織さんはインテリですね。そういうことをさらっと言えるところに知性を感じます」


 やめて、そんなんじゃないのよ。ただの中二病なのよ。

 そう真面目に返されると恥ずかしくて溶けそうになるのよ。


「そんで、どうしたの?」


 イケメンくんは困ったように言った。


「あ~、コードEです」


 私はそれを聞き大きなため息を吐いた。


 ここ、グッダーは地域では割と有名な店だ。

 理由は店員の対応がいいとか商品が安いとかではない。

 理由は誰でもバイトで採用されることだ。

 職歴がなかろうが高齢だろうが、犯罪歴があろうが採用される。

 付いたあだ名が「ポンコツ再生工場」。


「おいらだって若えころはやんちゃしたもんさ。そんときにかけた迷惑をこうやってお返しして地域に貢献する。それが成功者の務めってもんだろ?」


 とは創業者「ビッグT」のお言葉。

 おかげで地域では流しそうめんの最後のざる的な存在と認知されている。

「勉強しないとグッダーにしか就職できないよ!」とか言われるわけだ。


 そういった理由からグッダーは雑多な店員が山ほどいるが、当然質などよかろうはずもなく、仕事中に「コードEscape(大脱走)」なども起こるのだ。


「んで、今回の首謀者は?」


「正和さんです」


 あんの馬鹿。

 あいつ、変なところでカリスマ性があって、たまに駄目バイトまとめてこういう問題事起こすのよね。


「ちょっと待ってて。すぐ連れ戻して来るから」


「逃走先の心当たり、あるんですか?」


 ある、というより行先なんてひとつしかない。

 我が職場グッダーから国道を挟んで真向いの店、総合遊戯施設「パラダイス天国」だ。




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