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vs 地方公務員3

 180はある長身、ビシリと着こなしたスーツ、それが格好いいと思っているのかぴっちりと固めたオールバックの髪はひと房だけ額に垂れ下がっている。

 傲慢さを示すように顎を上げ正和たちを見下しているこいつは『宮本靖』。

 去年まで、ここ「グッダー」でバイトしていた旧同僚だ。


「おお、靖じゃない。久しぶり」


「やあ伊織。久しぶり」


 ……いおり?

 いや、別にいいんだけどさ。ちょっと前まであんた「伊織さん」て言ってたやん。まあ、いいんだけどさ。


「仕事のほうはいいの? あんた4月から朝桐市役所に就職したんだよね」


「心配ご無用。なにしろ俺は公務員だからな。ちょっとやそっと仕事サボったくらいじゃ首にならないよ」


 ……なんだこいつ?


「こいつ、さっきからこんな感じで上から目線なんだぜ」


「去年までここで働いていて仕事できなくてビービ~泣いてたくせによ!」


 ああ、それで正和たちと靖が向き合って対立してるみたいになってるのか。


「んで、その公務員様がこんな場末の古巣になんの用なのよ」


「場末! 確かにここは酷いな。なにしろ時給920円。おまえら、もっとまじめに働いたほうがいいんじゃないか? そうすれば少しは給料も上がるだろ、10円か20円くらい」


 いきり立つ正和たちを私は手で制した。


「あんた本当になにしに来たのよ。まさか私たちをあおりに来ただけってわけじゃないわよね」


「まさか! 上級国民はそこまで暇じゃないよ。 おまえら底辺労働者と違ってな!」


「さっさと要件をいいんさい」


 靖は照れたように視線を上に向け、懐から封筒を取り出し私に渡した。


「なによこれ」


「いや、特に深い意味はないんだけどさ。これ、ふじみ野ソニックシティの展望台レストランの招待券。暇なら一緒にどうかな、と思って」


 え、なに? デートのお誘い?

 馬鹿ども、手のひら返しでヒューヒューはやし出す。


「おまえ、相変わらず男運悪いな」


「やめて、本当にやめて。かなり気にしてるんだから」


 私はぼそりと呟く正和を押しのけた。


「悪いんだけど、私はいいわ。他の子、誘ってあげてよ」


「はあ!? ふじみ野ソニックシティだぞ! ランチでも5000円以上する豪華レストランだぞ! 断るっておかしいだろ!」


 本気で断られると思っていなかったのか靖は急に怒り出す。

 すっげえ面倒臭い。


「……私、今付き合っている彼がいるから」


 それを聞き靖、鼻で笑う。


「そんなわけないだろ? 伊織が俺以外と付き合うわけないじゃん。本当ならその彼、連れて来いよ」


 私は、後ろに並ぶ同僚たちを見渡した。

 中には劇団兼業で顔はいい役者崩れってのもいるけど、中身知ってるから付き合うってのは、ねえ。

 その中で、比較的マシ、というかかなりいい部類の男は我関せずで紙コップでまずいコーヒーを飲んでいた。

 私はそいつの横に立った。


「彼よ。靖が辞めてからバイトで入ったから初対面でしょうけど。夏木小次郎くん、先月から付き合ってるの」

「ああ、それは嘘ですね。伊織さん誤解を招くようなことは言わないようがいいですよ」


「「そこは乗っとけよ!」」


「!!??」


 私の言ったことを即否定する夏木くんは、直後に靖を除く全員から突っ込まれてたじろいだ。


 靖は夏木くんに近づくと、鼻頭がくっつきそうな距離で睨みつけた。


「おまえ、時給は?」


「……1000円です」


「「え!?」」


 周りから声が上がった。私もそのひとりだ。

 なんで新人くんが私より時給高いんよ?


「伊織ぃ、聞いたか? こんな低所得のアルバイトより公務員様の俺のほうがいいだろぉ?」


「あんた、去年までここで働いてたんだからね。それ忘れるんじゃないわよ」


「去年は去年だ! どうせこいつは見た目だけの低学歴低収入のぅ熱ちい!」


 靖は飛びのいた。

 見ると靖の白いシャツにコーヒーの黒いシミ。夏木くんの手には空になった紙コップ。


「いや、さすがにやりすぎでしょ」


「ち、違うんです! 手が!」


 見ると夏木くんの後ろで手を振っている正和。

 たぶん、カップ持ってる夏木くんの肘を後ろから叩くかしたんだろうね。


「てめえなにすんだ!」


「いや、ぼくじゃないですって!」


 靖は左手で夏木くんの襟を掴み、右手で殴ろうとした、ところで携帯が鳴った。


「誰だ! ……、課長? いや、違うんです。これにはわけがあるんです!」


 途端に電話口に向かってぺこぺこしだす靖。

 察するに、職場の上司からか?


「やっとか」


「正和。あんたの仕掛け?」


「ああ。あいつが顔を見せた時に市役所にサボりを通報しておいたんだ」


 問答無用でか。なかなかエグいわね。


 靖は携帯を切るとさっきまでの電話の態度とは打って変わって私に言った。


「とにかく伊織。チケットに場所と時間は書いてあるから」


「だから行かんて」


「おまえに断る権利はない! 遅刻するなよ!」


 そう言って靖は早足に店を出て行った。


「……あいつ、むかつくなあ」


 そう呟くとその場にいる全員が同意した。

 客?

 もちろんゼロだ。








ちっぷす:埼玉県の最低賃金は898円らしいです。

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