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vs 仇敵9

 重苦しい両開きの扉を開け講堂の中に入る。


 500人は入れる広大な空間、教壇まで緩やかに下る階段。

 薄暗い講内は、どこかドゥオーモのような荘厳さを感じさせた。


「私たちが初めて逢ったのも、ここだったね」


 講堂内に響く声は、中央列前方より聞こえた。


「覚えてる? 春先、入学式の翌日。桜が舞い散るよく晴れた日だった」


 人影が動く。

 そいつは、どこか舞台俳優のような大げさな動きで私を見上げた。


「久しぶりだね。君ならすぐに私のメッセージに気付くと思っていたよ」


 明るいショートカットに170近くある長身。

 胸は女性的な豊さを持つ、そんなやつが、そこにはいた。


 だけど……。


「作りがあまい」


「なにか言ったかい?」


 私はそいつを無視して歩き出した。


 そして、幻想を打ち破るように壁に備え付けられたスイッチを入れ、講堂内の明かりを点けた。


 一瞬で暗闇は薙ぎ払われ、世界は真実を取り戻す。


「……で?」


「で、とは? 私が君をここに呼んだ理由かい?」


「そんなことはどうでもいいわ」


 私は向きを変え、左翼席に歩き出した。

 私の足音が広い講堂内に広がる。


「どうでもいいのかい? じゃあなんでここに来たんだい?」


「真壁朝子をぶん殴るため」


「それじゃあ……」

「で?」


 私は相手の言葉を遮り、言った。


「あんた誰よ」


 相手は、黙った。


「大胆に見せようとして内心ビビりのあいつらしいわよね。替え玉用意するなんて」


「……」


「顔の造形も声も確かにそっくり。整形でもした? だとしたら失敗だったね、わざわざあいつを真似るなんて」


 偽物の表情が強張る。


「そもそも、あんたあいつにあったことあんの?」


「……」


 相手は答えない。

 私は足を止めた。


「ま、ないんだろうね。あったらそんなミスするはずないから」


 どうせ文字や数字の羅列だけ見て真似たんだろう。


「……参考までに聞かせてもらえるかな。そのミスとは?」


 私は、相手に、否、相手の胸に指を突きつけた。


「あいつ、貧乳だよ」


 あいつはスレンダーでボーイッシュだった。

 この偽物は背丈や声質は揃えたようだが、体型は女性らしい丸みを持っている。


「初めてあったのは入学式の翌日のガイダンス、それは合ってる。けど、その年の桜は早咲きで、4月のその時にはすべて散ってたわよ」


 私は階段を3段ほど下りた。


「初めてあったのはここの講堂。でも、データではそこまでだったんでしょ? 正確には……」


「もういい!」


 偽物は怒鳴り声を上げると、拳銃を私に向けて来た。

 悪いけど、緊張感がない。

 拳銃なんて見たこともない私にはそれが本物かどうかの区別もつかない。

 現実味がないのだ。


「どうしてくれるのよ、どうしてくれるのよ! 台無しじゃない」


「知るか馬鹿」


 偽物はツカツカと私のほうに駆け寄ってくる。

 さて、どうしようかと思っていると、あることに気付いた。

 左翼席後方3列目左から5つ目の席にあるものが置いてあった。


「……オペラグラス?」


「どこを向いてんのよ!」


 ヒステリックに喚き散らす偽物は、目前まで迫っていた。

 そいつは、今まさに私に掴みかかろうとした瞬間、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。


「え?」


 なにが起こったのか、わからない。

 わかっているのは、偽物が死んでいること。 倒れたボトルから水がこぼれるように、偽物の頭部から漏れ出た赤い液体は私の足を濡らした。


 現実味のない、リアルな死体。


 突然携帯が鳴る。

 レイカちゃんか、と思ったが違った。

 非通知だ。


 私は携帯に出た。


『はろー、マイフレン♪』


「……朝子ぉ」


 声のみだがわかる。

 人を苛立たせるこの感じ、これは偽物には作り出せない。

 本物の真壁朝子だ。


「裏でこそこそ動いてるみたいねえ。さっさと出てきなさいよ。ぶん殴ってあげるから」


『見えない? ここにいるよ、ほら、ここ』


 窓の外を見ると明滅する明かり、距離は100メートルくらいだろうか、隣の建物の屋上だ。

 私はオペラグラスを手に取り、明かりを見た。

 そこには、手を振っている仇敵がいた。


『いやあ伊織。久しぶりだね、元気にしてた?』


「お生憎様、最悪よ。あんたのせいでね」


『うんうん、そうみたいだね。せっかく大学から追い出してあげたのに』


「てめえ……」


 朝子はきゃは♪と甲高い声を上げた。

 あいつが嬉しい時に上げる奇声だ。


『そんなストレートに悪意向けないでよ。濡れちゃうじゃない』


「人の人生ぶっ壊しておいて遠慮すんなよ。このまま溺死させてやろうか?」


『いいねいいねぇ♪ さすが伊織だ、その調子で行こうぜ』


 私はオペラグラスを床に叩き付け靴で踏みにじった。


「あんたなんなのよ、そもそも私、あんたにそんな恨まれるようなことした?」


『恨みなんてとんでもない! むしろ逆。私ほど伊織のこと愛してる人はいないって。だから大学も辞めさせてあげたの、あんたのためにね』


 「あんたのためよ」。あの時言われた言葉がよみがえる。


『あんたには力があった。才能があった。私に比するほどのね。それがくだらない男に引っかかって、あげくに老害教授の小間使い。見るに忍びなかったわ。だから解放してやったのよ』


「余計なお世話だ!」


『そうだったみたいね。まさかここまでくすぶるとは思わなかったわ。私の中じゃあ闇落ちしてたちの悪いクラッカーにでもなってるはずだったんだけどなぁ。期待外れだわ。困るんだよね、こういうの』


 朝子はあははと笑った。


『伊織だってまさか今の仕事に満足しているわけではないんでしょ』


「お生憎様、それほど悪い職場じゃないわよ」


『時給950円が?』


 言葉に詰まる。

 悪くない職場という言葉に嘘はない。だが、10年後も続けていられるかといえば、疑問符が浮かぶのも確かだ。


『だから、今回も発破をかけてあげたのよ。さっさと次のステップに進めるように。親心ってやつね』


「あんたは私の親じゃない!」


『まあね。どちらかといえば、姉妹? でも嬉しかったなあ、すぐ偽物に気付いてくれて。実は、ここで『私』に気付かなければ殺しちゃおうって計画もあったんだよ。無駄になったけどね』


 私は足元に転がる死体を見た。


「朝子、あんたは結局なにがしたいの?」


『遊びたいんだよ、伊織とね』


 朝子は再びきゃは♪と笑い声を上げた。


『おぜん立てはしておいたよ。ゲーム開始だ。警察と自衛隊の下っ端連れて、私を捕まえごらん? ハイドアンドシークだ』


「覚悟はできてるんでしょうね?」


「お嬢様!」


 声に振り返ると、入口のところにレイカちゃんと夏木くんが立っていた。

 どうやら外は片付いたらしい。


『どうやら時間だね。もっと話したかったけど』


「逃げるんだ」


『もっちろん! 鬼に捕まったら負けだからね!』


 それを最後に通話は切れた。


「お嬢様、大丈夫でしたか?」


「ええ、私は、ね」


 私は死体に視線を向けた。


「まかべ、朝子?」


「偽物よ。顔は似せてるけど」


「……こめかみに銃痕がありますね。狙撃で一撃だったようです」


「伊織さん、真壁は?」


「逃げたわ」


「……緊急配備します」


 そう言って夏木くんはどこかに携帯をかけ始めた。


「お嬢様、真壁の目的は?」


「私、だって」


 私はかいつまんで先ほどの会話をレイカちゃんに説明した。


「お嬢様はなぜか執着されているようですね」


「みたいね。レイカちゃん、今後はどうなるの?」


「申し訳ありませんが、お嬢様にはもうしばらく私に協力してもらいます」


「そう、よかった。私もこのままじゃ終われないからね」


 腹を撫でる。そういえば今日はまだ夕飯食べてなかった。


「レイカちゃん、ラーメンでも食べて帰る? お姉さんおごるよ?」


「お嬢様、夜半の飲食は控えるべきです。そのあたりに頬のたるみの原因が……」


「帰ろ」


 私はそのまま回れ右して講堂を出て行った。









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