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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

世界のために死ぬことになった聖女は

作者: はる

……はぁ、世界は本当に残酷だ。マジでクソだ。

 運命? 本当にそんなものが存在するのだろうか? 

 神? そんなものが存在するのだろうか? ……まぁ、存在するのだから、私がこんな目に遭っているのだが。

 だから私は声を大にして言いたい。運命なんてクソだ。そんな運命を与える神もクソだ。本当、消えてなくなればいいのに。

 あ、消えてなくなるのは私の方か。本当、クソな人生。もっとマシな人生が送りたかったよ。

 でも、最後に……最後に叶うならば。クソな神でも私に慈悲を与えてくれるというのならば。

 私は彼に言いたいことが――






「……みんな、準備はいいか?」


 一人の男――勇者がこの場にいる皆に問うた。


「……あぁ」


「ようやく役目が果たせるんだ。できてるに決まってる」


「当然です」


 騎士、戦士、魔術師がそれぞれ意を決したように答える。


 彼らはこの世界を滅ぼそうとしている魔王を倒すために結成された少人数のチームである。

 魔王は昔から聖剣でしか倒せないと言い伝えられている。さらに、その聖剣を扱うには、神から選ばれた勇者という役職に就かなければならないことも。

 しかし、勇者だけがいれば魔王を倒せるというわけではない。魔王は魔の王といわれるだけあって、存在するすべての魔族を束ねることができるのだ。

 いくら勇者が強いと言っても多数に打ち勝つことはできない。

 さらに、勇者は聖剣を扱う能力しかないため、相手に近づくことができなければ、ただの剣を扱う人と変わりがない。だからこそ、彼をサポートする仲間が必要なのだ。


「そうか。君たちの決意は変わらないか。ありがたく君たちの力を借りるよ。……それで、君はどうするんだい、聖女?」


 勇者は何かに悩んでいる少女――聖女に問いかけた。


 彼女は勇者パーティーで唯一の女性であり、戦闘力はないが、治癒能力は誰にも劣らない。また、勇者のパートナーと言われるほど重要な役職でもある。


「どうするかは決まってるわ」


 聖女はうつむかせていた顔を上げる。同時に、美しい金色の髪が揺れた。


「この戦い、私も参加するわ――」


 決意を込めた青い瞳を勇者に向けて――瞳の中に移す、何かを恨むような憎悪の炎を燃やして――






 勇者パーティーは現在、魔王城の最上階――つまりは魔王の部屋がある階層にたどり着いていた。

 今代の勇者は勇者という役職に溺れることなく、今日の今日まで努力し続けた、いわゆる勇者の中でも真面目と呼ばれる人種であった。

 特に彼は幼い頃に両親を亡くしており、死という言葉には非常に敏感であった。だから、魔王との決戦前に仲間に戦うか戦わないかの選択を迫った。結果は全員戦うと嬉しくもあったが、下手をすれば誰かが死ぬということに悲しくもあった。

 しかし、彼は勇者。一を救うより九を救わなければならない。私情で仲間を取るわけにはいかないのだ。


 だからこそ彼は心を鬼にし、諸悪の根源である魔王がいる部屋の扉を開けた。


「良く来たな勇者。そして仲間たちよ。随分と長く待たされたものだ」


「魔王……」


 勇者が忌々しく呟いた。

 

 玉座にどっしりと構えていたのは言うまでもなく勇者たちの目標ともいえるべき存在である魔王であった。

 皮肉かどうかわからないが、魔王は人間といっても違和感がないくらいに、容姿が人間に酷似していた。

 端から見れば、人間同士がこれから戦おうとしているにしか見えない。人間の殺し合いが嫌いな勇者にとっては最悪といっても過言ではないくらい不利な対面であった。


「今こそ僕らはお前を倒し平和を手に入れる。この世界の平和にお前は不要だ」


「どの口が言う。いつも秩序を乱すのは人間ではないか。平和に不必要なのは、どちらだろうな」


「君たち魔族が戦いを挑まなければ、こんなことにはならなかった」


「お前たち人間が我らを殺そうとしなければ、こんなことにはならなかった」


 お互いに自分たちの非を認めようとはしなかった。

 互いに種族の未来を背負っているといっても、彼らは二十歳にもなっていない世間から見れば子供である。勝手に民から期待を寄せられた哀れな子世代である。

 そもそも人間と魔族が対立しているのは昔からである。どちらが先に仕掛けたかはわからない。しかし、どちらも相手が悪いと思っている。

 いつもは均衡が保たれていたが、ついに崩れ、どちらかが滅ぶしかないところまで来てしまったのだ。

 

「これ以上の話し合いは無用だ。勇者よ。剣を抜け。今日、決着をつけよう」


「言われなくてもそうする」


 勇者は腰に下げていた聖剣を。魔王はどこかの空間から取り出した魔剣をその手に取る。ついに、人間と魔族、どちらの種族が残るかをかけた戦いが始まろうとしていた。


「みんな力を貸してくれ!」


 勇者のかけ声とともに、勇者の仲間たちは何も言わず陣形を組む。これも、数年間、ずっと互いのことを信じて戦い続けてきた結果だ。


「この戦いに勝って俺たちは平和を取り戻す! 行くぞ! 魔王――」


 だが、この後に勇者の言葉が続くことはなかった。なぜなら――


「……ごめんね。戦士?」


 本来は使えないはずの魔法で仲間を射貫いた聖女の声に遮られたのだから。

 射貫かれた戦士は口から血を吐き出し、その場に片足をついた。


「な、なんで、こんなことを……」


 聖女に胸を打ち抜かれた戦士は途切れ途切れながらも聖女に問いかけた。明らかに致命傷であった。

 その様子に勇者パーティーは当然として、魔王も何が起こったのかと状況が理解できていなかった。……ただ一人だけ笑顔の聖女を除いて。


「なんで? それは簡単なことよ。――こうなることは()()()()()()――」






 そう、こうなることは必然だった。それは私の役職が与えられたときからだ。

 私が神から与えられた役職は聖女。それは誰も疑うことがない正真正銘の役職。だが、それは建前――神が用意した世界を騙すために創られた偽りの役職であった。

 私の本当の役職は()()()――文字通り、世界を救うための役職だ。

 私も最初は意味がわからなかった。救世主という役職は過去に(さかのぼ)っても見つからなかった謎の役職であった。

 しかし、それもある日、突然解決する。救世主とは何かと本能的に理解したのだ。救世主とは――


 人間だけの救世主ではない。否、魔族だけの救世主でもない。世界を支える二つの種族が手を取り合えるように先導する――世界にとっての救世主ということだったのだ。つまり――


「人間と魔族共通の敵となり滅ぼされる存在……?」


 勇者と魔王が協力しないと倒せない相手――それこそが私だ。私が二種族共通の敵となることで、彼らは協力し合うしか選択肢がなくなる。それ以外では私を倒すことができないのだから。

 そして気付く。救世主がどういうものかと。その後がどうなるのかと。

 勇者と魔王を敵に回した救世主は彼らに討たれる必要がある。ともに戦って敵を退けたという結果が必要だからだ。

 そのわかりやすい結果こそが救世主の死――私の死だ。


 本当、マジでふざけてるわ。生まれたときから死ぬことが決まってたって? 

 世界のために死んでくれって? マジでふざけてるわ。神ならこれくらいなんとかしろよ!

 

 本気でその日は荒れた。反抗はするわ物は壊すわ。やりたい放題だった。だが許して欲しい。誰でも世界のために死んでくださいと言われたら荒れるだろう? むしろ暴れただけで済んだものだよ。よく逃げなかったと、あのことの私を褒めたいくらいだ。


 次の日から私は聖女として生きることにし、その裏側では救世主として生きることを決めた。その背景には大事に思う幼なじみの存在があったからだ。

 ソイツとは会えば喧嘩、話せば喧嘩、別れるときも喧嘩……本当に喧嘩しかしない存在だった。

 でも喧嘩するということは、それなりに仲のいい証拠でもあり、そもそも喧嘩とはレベルが同じ者同士でしか起こらないという。つまり、アイツと私の波長はそれなりに合っていたのだ。

 そんな幼なじみの彼だが、アイツも私と同じ日に役職を知るために教会に来ていたのだ。その結果、アイツは普通の戦闘職だったが、私が聖女だということもあって、勇者パーティーに入ることになったのだ。

 わざわざ死ぬ可能性を増やすだけだろうと呆れた。理由を訊いても「お、俺はお前のために来たわけじゃねーし! ええっと……そう! 世界のため! 世界のため!」とか言って誤魔化す。本当、なんのために来たんだろうね。私は大体悟ってるけど。


 だからこそ私は決めていた。


 勇者と魔王が手を取り合う最終決戦でアイツが来ないように。


 私が勇者と魔王に殺される姿を見せないように。


 アイツに私の弱い姿を見せないように。


 アイツの姿を見て、私の決意が揺らがないように……






――アイツを最初に()()()――






 戦士を魔法で倒した後、私はあの場で勇者と魔王に宣戦布告した。私は争いを起こす人間と魔族を滅ぼす。そして、この世界の支配者となる、と。

 我ながら痛々しかった。だが、少し気持ちよかった。これが中二病というものだろうか。なかなか悪くなかった。

 しばらくすると、私の目論見通りに人間と魔族が協力関係になったという情報が入った。そして、私が人間と魔族共通の敵となっていることも。

 ここまで上手くいくと、むしろ笑いが止まらなくなる。まるで、自分が世界の中心になっているようだった。この後死ぬんですけど。


 そして、現在に至る――


「……言い残すことはあるか、聖女?」


 この場には私を含め、勇者、騎士、魔術師、そして魔王がいた。戦士はいない。当然、私がやったからだ。

 私はついに立てなくなり、その場に座り込んだ。


 私は二つの種族の希望とやり合える唯一の役職だから上手く調整してやられなければならないと思っていた。しかし、それは杞憂に終わった。

 勇者と魔王、そして、私の戦いは思っていたよりも接戦だった。どちらかというと、私が押されていた。まぁ、私が膝をついている時点で察しているでしょうけど。今は勇者からの情で遺言を言わされているところだ。

 勇者は私がどうしてこんなことをしたのかを聞きたいのだろう。だが、私は答えない。ここですべてが無駄でしたとかになったら、流石に困る。だから私は最後まで悪役でいよう。


「……こんなクソな世界、滅んでしまえ」


……本音が出てしまったのは許して欲しい。まだ二十歳にもなってないんだ。子供の戯れ言とでも思って欲しい。

 勇者は私の言葉に顔をしかめた後、決意をしたのか、聖剣を私に向ける。


「君がそんなことを思っているなんて知らなかった。僕は君のことを仲間だと思っていたのに……」


 今でも仲間だと思っているよ。絶対口には出さないけど。


「最後の引導は僕が渡そう。せめてもの慈悲だ」


 勇者は聖剣を振り上げ、私の首めがけて振り折りした――が、


「おいおい、そんな顔でするな。見ている我が心苦しいわ」


 そう言って勇者の手を掴んだのは、過去に彼と敵対関係にあった魔王だ。


「……何をする?」


「何をするって見ればわかるだろう? お前がすごーく悲しそうに殺そうとするから止めたんだ。そんなのではこの先、後悔することになるぞ?」


 魔王に図星を言われ、勇者は黙り込む。

 勇者は根っからのお人好しだ。いくら裏切った仲間だといえど、仲間だった人間を殺すことはできなかった。

 仮に殺せたとしても、後悔が残ると目に見えていた。


「コイツの始末は我がしよう。お前らは聖女が落ちたとでも報告しておれ」


「はぁ!? まさかお前、聖女を殺そうと――ッ!?」


「もとはお前も殺そうとしていただろう? 代わりに我がやると言うだけだ。この女は我らにとっても敵だったからな。我が手を下すのにも、なんら問題ない」


「それはそうだが……」


「ほれ、さっさと行け。これ以上、我の機嫌を損ねる気か?」


 魔王は勇者を睨めつける。仮にも勇者は魔王の強さを知っている。だからこそ、ここでやり合うという選択はなかった。

 もし戦うことになって私に隙を突かれたとなれば、それこそ世界の破滅だからだ。もっとも、私はそんなことしないが。


「……わかった。言う通りにしよう」


 折れたのは勇者だ。彼は名残惜しそうに私を見つめ、きびすを返す。その後を彼の仲間――私の仲間であった――がついていった。


 部屋に残ったのは私と魔王だけだ。よく考えれば、この状況は非常にまずいのでは?

 これから死ぬからと思っていたから何も考えていなかったが、この状況は非常にまずい。

 魔王のことは何もわからない。どんな人柄かさえも。もしかすると、私を生かして、そのまま拷問……そして、レイp――嫌ぁっ! 私処女なんですけどっ!?


 そのまま彼は黙ったまま、私の顔をじーっと眺める。流石の私も首をかしげた。

 しばらく見つめた後、ついに魔王が口を開く。


「よくわからん人間だ」


「……はぁ?」


「自分を犠牲にしてなど、馬鹿にもほどがあるだろ」


「なぁ――ッ!?」


 ば、バレてる――ッ!? 私は自分の命のことよりも、自分の役目がバレたことに焦りを覚えた。

 どこで間違えた!? そもそも誰にも言っていない。バレるはずがない。ならどうして――ッ!?

 焦る私を横目に、魔王は呆れるようにため息をついた。


「戦いの最中に殺意がない時点で疑問が残るのは当然だろう? 我とて若いが王の身だ。殺意があるかどうかの見分けがつく。お前には殺意がなかったから疑問に思っただけだ。まぁ、適当に言ったことが当たっていたとは思わなかったがな」


 クスクスと私を馬鹿にするように魔王は笑う。

 

 つまり、自分を犠牲なんてことは、かまかけで実際は何もわかっていなかったと。そして、私が自分でそれを証明してしまったと……


 うわああああぁぁぁぁ――――ッ! やってしまったぁぁぁぁ――――ッ!

 完っ全に油断してた! ここまで頑張ってきたのに! あれ? じゃあ、人間と魔族の共存という話は……無しに?

 さーっと私の顔から血の気が引くのがわかる。今までの苦労がすべて無駄になってしまったことを悟ってしまったからだ。

 となると、人間と魔族はまた――


「そんな顔をしなくてもよい。我自身、人間と争うつもりはないのでな。人間との協定は結ぶつもりだ」


 魔王は安心させるように私に告げる。

 ほっ、よかった。そう思ったのは一瞬だった。


「だがお前は今回の騒動を起こした張本人だ。お前が生きていると、色々と面倒なのでな。ここで死んでもらうことには変わらない」


 忘れてた。これから私、殺される運命にあるんだった。


「心配するな。一瞬で逝かせてやる。()()()()()()()生きてるかもな」


 含みがある言葉がさらに不安にさせる。


「さらばだ。勇敢な人間よ」


 別れを告げ、戦闘中でさえ放たなかった高威力の魔法を私に放ったのであった。






「……マジで馬鹿じゃないの、あの魔王……何が生きてるかもよ。普通だったら死んでるわ」


 私は魔法に焼かれ、痛々しく骨が見えている自分の体を見る。


 反射的に転移の魔法を使った私は奇跡的に直撃といったことはなかったが、左半身が焼かれてしまった。

 幸い体には当たらなかったため内臓が飛び出すというショッキングなことにはならなかったが、左手のえぐれた身から骨が見えているので、あまり変わりがない気がする。

 

「クッソ……私が聖女じゃなかったら死んでるわよ……」


 聖女の力とは恐るべきものだ。普通なら火傷で致命傷になるこの怪我も、痕は残るものの、生死には全く関係ないくらいには回復する。魔王との戦いに聖女が必要だという理由も理解できる。  


「あの野郎……絶対に私を殺す気だったわ……だって目に迷いがなかったもの……」


 所詮はあの魔王も魔族だったというわけだ。人間を合法的に殺せる最後のチャンスだったのだ。これまでの鬱憤も込めて放ったのだろう。それくらいの威力だったし。


「でも、結局生き残っちゃったか……」


 私が一番後悔していること――それは自分が生きていることであった。

 生きていることは素直に嬉しい。だが、これからどうすればいいのかわからないのだ。

 一度は投げ捨てようと思った命――しかし、助かった命をわざわざ捨てようとは思わなかった。

 でも私はどうすればいい? 人間の国? あそこは私の顔が知れ渡っている。生きていくなんて不可能だ。

 魔族の国? あそこも無理だ。だって魔王がいるもん。絶対にまた殺そうとするじゃん。


「……はぁ、どちらにしろ、ひとりぼっちか……」


 私は幼なじみの彼を想いながら呟く。


「結局、言えなかったな……」


 それと同時に、私の頬に一筋の涙が流れた。






 私と勇者たちの世界をかけた戦いから一年が経った。私は誰かに襲われるということはなく、人目に触れない森の奥でひっそりと暮らしていた。


 人間と魔族が協定を結ぶのに時間はかからなかった。魔王は私を殺した? 後、無事に人間と協定を結んだようだ。

 彼は私が世界のために裏切りを起こしたことは誰にも伝えていないようだった。それに関しては意外だったと思ったが、彼が一国の王だと考えると、当然のことだなとすんなりと納得することができた。

 彼自身、人間と争うことはしたくなかったのだろう。……私を殺そうとしたが。

 

 勇者パーティーのことはあまり聞いていないが、世界を救った英雄として多くの令嬢から求婚されているようだった。

 彼らは国に帰った後、それ相応の位を手に入れたようだ。その位を手にして、国をさらによい方に変えようとしているところを見ると、本当にいい仲間たちだったと思う。


 私が得ることができた情報はこれだけだ。しかも、この情報も私たちの戦いが終わって一週間くらいのもので、つまり、ほぼ一年前の情報ということになる。

 恐らくだが、私という脅威が去った今、人間と魔族の仲は前よりもいいものになっているだろう。

 仲間たちもどこかの令嬢と結婚して、そろそろ子供を作っていても、おかしくないのではなかろうか。


 そんなことを考えられるくらいには、余裕が持てるようになった。最初の方は考えることすらままならなかった。

 考えることもなく椅子の上にボーッとして過ごす日々。それが一週間くらい続いた。

 流石に体も限界を迎え始め、ヤバいと思い始めた私はとりあえず生きることにした。

 これでも昔はやんちゃしていた身だ。サバイバルなんてお手の物であった。

 でも、本当に生きるだけであった。目的もない。ただ本能で生きているだけ。いや、異性もいないのに私が生きている意味もあるのだろうか? 

 本能で生きているのであったら、さっさと自害して少しでも私が得る食料を他の生き物に与えるべきなのだ。

 それでも私が死を選ばずに生きているのは、やはりこの世界に未練を感じているからであろう。


「……全く、未練がましいわね。さっさと忘れればいいのに。……いや、一人でいるからアイツのことしか考えられないのか」


 最近、特に酷くなってきたと私自身も感じ始めている。そろそろ心の方が限界に近いのだろうか?

 だって今でも目の前に自分の思い人である彼が――


「――ってなんでいるの――ッ!?」


「よっ、久しぶり。元気にしてたか?」


 そこには私の幼なじみの戦士がいた。


 言っておくが、私は戦士を殺していない。いや、正確には殺しきっていないかな?

 今さらだが、私は聖女だ。相手が死んでいない限り、大体の怪我は治すことができる。流石に内蔵とかが体外に出ていたら無理かも知れないが……意外といけたりする?

 私はあのとき、戦士の心臓を貫いた。そこに間違いはない。ならなぜ彼は生きていると? 当然、私が治癒をかけたからである。

 戦士から距離が離れていただろうと? 誰がいつ密着していないと使えないと? ちょっとくらい距離が離れようと治癒くらい使える。

……仲間は誰も知らないようだったが。戦士をやった後、すごく暴言を吐かれたのは今でも覚えている。


「……どうしてここにいるのよ? てか、どうしてこの場所がわかったわけ?」


「んー、勘。しいて言うなら、お前がここにいると思ったから」


「それ、どっちも同じ意味だから」


「あっ、確かに変わんねぇな!」


 ハハハッと笑う彼。それにつられ、私も笑ってしまった。


「……人と話すことがこんなに楽しいだなんてね」


 今まで当たり前だと思っていたこと。しかし、実際に失ってから、そのありがたさに気付く。

 いや、違うか。彼だから楽しいんだろう。


 いつまでも彼と話していたい。でも、それはできない。彼がどうしてこの場所に来たのかは知らないが、彼には彼の生活があるのだ。世界に混乱を招いた私とは違って、彼は称えられる立場にあるのだ。いつまでも、自分の都合で引き止めることはできない。


 でも、これだけは言ってもいいだろうか?


「ねぇ。私ね……」


……いや、止めておこう。この気持ちを伝えるのは。

 この気持ちを彼に伝えてしまっては、彼の足を引っ張ってしまうことになる。いつも喧嘩をしていたが、根は優しい――こんな彼だからこそ、私は彼に――


「――なぁ。俺がここに来た理由、わかるか?」


「……はぁ? わかるわけないじゃない。今までどれだけ会ってなかったと思ってるの?」


「なら、わからせてやるよ」


 そう言うと、彼は優しく私の頭に手を添え、そのまま……キスした。


「――ッ!?!?」


 突然のことで私はパニックになった。

 そんな私の動揺を他所に、彼は私の耳元で優しく、それでいて今までため込んでいた思いを絞り出すように呟く。


「俺が目を覚ましたとき、初めて医師に言われた言葉、なんだと思う? お前が俺らを裏切って、そのあと死んだって言われたよ。そのときの気持ち、わかるか?」


 ぎゅうっと私を抱きしめる彼の手に力が入る。


「お前は昔からそうだ。昔から一人で何でも背負って……自分の犠牲をなんとも思ってなくて……どれだけ俺が心配してきたと思ってるんだ。今回だって、どうせ一人で解決しようとしてたんだろ。だから、こんな目に遭うんだ」


 彼が言った言葉で、私の中に秘められていた思いが――とっくの昔に仕舞い込んでいたはずの思いがわき上がってきた。


「……何よ。何も知らないくせに」


「あぁ、知らないよ。お前、ずっとだんまりだからな。知るわけないじゃん」


「うるさいッ! 私がどんな思いで生きてきたか知らないくせにッ! 私だって普通に生きたかったッ! 世界のために死にたくなんてなかったッ! 仲間を裏切りたくなんてなかったッ! あんただって傷つけたくなかったッ!」


 ずっと言いたかった思いが溢れてくる。止めようとしても止まらない。止められない。

 いつからこんなに私は弱くなってしまったのだろうか。

 神に見放されてから? 仲間を裏切ってから? 勇者たちに負けてから? 一人になってから?

……どれも違う。きっと彼以外の人ならば、感情を抑えることができただろう。

 本音を。今までの思いを抑えることができないのは、慕っている彼が本気で私のことを想ってくれるからであろう。


「……ようやく弱音を吐いたな」


「うるじゃい、一番最初に私にやられたくしぇに」


「な――ッ!? あれはお前が不意を突いたからだろ!」


「あなた以外は誰も負けなかった」


「……マジで?」


「ん……」


 割と本気の方で彼は落ち込んでいた。私を泣かした罰だ。いい気味。私に勝てるなんて百年早い。


「お前の本音が聞けてよかった。前よりも近づけた気がする」


「……」


……前言撤回。今の私じゃ彼に勝てないわ。何を言っても裏目になりそう。 

 





「……ねぇ、どうやってここがわかったの? 流石に勘っていうのは嘘でしょ?」


「運命って言えれば格好いいんだがな……なんか救世主? みたいな役職に就いたんだ」


「へ……?」


「で、その役職になった瞬間、自然とお前の顔が浮かんだんだ。なぜかはわからんけど。それで導かれるままにここまで来たってわけだ」


「へ、へぇ……」


「ん、なんだ? 微妙そうな顔してるけど?」


「なんでもない……」


 まさかその救世主が私の同じ役職だと言えるはずがない。


「そんなことはどうでもいいんだ。俺はお前に用があって来たんだ」


「う、うん。わかったから、もう少し離れて?」


「あ、悪い。ちょっと興奮しすぎた」


 彼は頬を叩いて気合いを入れた。そして――


「好きです。昔から、今までずっと。俺には君しか見えていなかった。俺と付き合ってください」


 シンプルな言葉。しかし、私にとって今一番欲しい言葉であった。


「……私でいいの? あなたなら国で私なんかよりもいい人を探すことができるのよ? 私は罪人扱いだから、デートだって表立って行けないのよ? こんな何もない退屈なとこでしかいられないのよ? 他にも……」


「そんなのどうでもいい。俺は君がいいんだ。他の誰でもない君が。返事を聞かせてくれるか……?」


「……好きです。私も、昔から。ずっと昔から、あなたのことが好きでした」


 伝えることができないと思っていた想い。本当、生きていてよかった。生きていなかったら、この想いを伝えることができなかったのだから。


 こうして、十年にも渡る不幸な少女の長い恋は無事に実ったのであった。


「……顔に手形がなかったら完璧だったのだけど」


「え、マジ?」


 最後まで締まらなかった。でも、幼なじみであった彼らにとっては、このくらいがちょうどよかったのかも知れない。

 だって、これからも時間はあるのだから。






……はぁ、世界は本当に残酷だ。マジでクソだ。運命なんてクソだ。そんな運命を与える神もクソだ。本当、消えてなくなればいいのに。

……でも、ちょっとだけ許そうかな? 仮にも神のおかげで彼と結ばれたし。

 きっと昔のままだったら言えていなかったかも知れない。一度、孤独を味わったからこそ、素直になれたのかも知れない。

 だから、今だったら言える。この世界は嫌い。神は嫌い。でも、彼がいるこの世界は、彼と会わせてくれた神はちょっと好きかも。そして、何よりも――


――私は彼が好き――こんな私を選んでくれてありがとう――

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