少女と修理屋の夜
「ごめん下さい」
人気が無いシャッター街の一角。辺りは暗く、月も見えない夜。「シュウリヤ」とだけ書かかれた看板を掲げている古い建物……私の店の前に見知らぬ人がやってきた。
「はいはい、どちら様? こんな遅くに……」
欠伸をしそうになるのを抑えたせいで変な声を出しながら店の前に出る。店の前には一人の少女が立っていた。ボロボロの灰色のフード付きの上着を着て、下には桃色のミニスカート。そこから下には黒と白のハイソックスを履いていた。身長はそこそこの高さで私の肩程。顔はフードを前が見えるのか不安になる位深く被っているせいで分からないが、胸のあたりが少し膨らんでいるので恐らくは女性だろう。
彼女の隣にはこれまたボロボロの……人一人は入りそうな段ボールが置かれていた。
何故夜にボロボロの格好で来たのか少し疑問に思っていると彼女?はフードで見えない顔を少し持ち上げて口紅を付けていない唇を動かした。
「ここでなら二足歩行型自立行動機械を直せると聞いて伺ったのですが……」
「二足歩行型自立行動機械? ……ああ、アンドロイドね」
二足歩行型自立行動機械……分かり易く言えばアンドロイド。人間そっくりの形にして人々の生活を支える為に作られたロボット。
二一世紀前半ではまだまだ絵空事だったこの技術はゆっくりと浸透していき、今では様々な分野で活躍している。
「なんの会社のアンドロイドなの? 天領重機? 万寿蓮花? それとも英雄? その辺りなら会社自体に頼んだ方が良いと思うよ? 出来栄え的にも、お値段的にも」
「……これです」
私の言葉を無視して彼女は横に置いてあった段ボールを持ち上げ、私の前に置いてくる。その時の音で段ボールの中身がかなり重いことを直ぐに悟る。
「この中に?」
「……はい、私は、その、よく分からなくて。直せないなら、その、他をあたります」
「まあ、とりあえず見てから考えるけど」
私は直ぐに段ボールを開ける。瞬間、一対の青い目と目が合う。中には人間の頭部があった。表面の人工皮膚が所々剥がれ、若干黒ずんでいる歯茎が露わになっている。
「うわ!」
思わず後ろに尻から着地してしまう私。少女の方はそんな私を意に介せず段ボールの中身を店の玄関に広げようとし始める。
「ストップストップ! 中身の確認は店の中でするから! お店の玄関を殺人現場みたいにしないで!」
「? 分かりました」
私の焦った反応とは裏腹に、彼女の方は小首を傾げるかわいい動きをした後、フードを大きく縦に揺らした。
玄関から離れ、私が普段機械を修理するために使っている部屋に移動した。
部屋の大きさだけならば人一人が暮らしても問題ない程の大きさ。部屋の真ん中には、様々な機械や道具が置かれた人二人が眠れそうな大きさのテーブルがある。床には機械修理の為のパーツが箱に小分けにされて置かれている。部屋のあちこちから錆臭いと表現されるような独特な臭いが充満している。
はっきり言って余り客に見せられる部屋ではないのだが、私が段ボールを運ぶとパーカーを被った彼女も一緒に入ってきてしまった。
どうやら彼女はこういった匂いなんかは余り気にならないみたいだ。
「まあ、いいや。えぇっと段ボールの中身を確認しないと……」
私は独り言を呟きながら段ボールを開ける。先程見た人間の頭部は女性型アンドロイドの物であった。設定年齢は十六歳程。人工皮膚で出来た頭髪は殆ど無くなってしまっていたが、質の良いブロンドの髪が若干残っていた。恐らく相当顔の良いアンドロイドだったに違いない。
こういったデザイン重視のアンドロイドは万寿蓮花製だろうか……と予想しながら、段ボールの中に入っている物を取り出す。
小さい訳では無いが下品という程大きい訳ではないサイズの胸……それは右にしかなく、左は強い衝撃でも受けたかのように弾けている胴体。指が所々欠損している両腕……どれも相当美人なアンドロイドだと分かるパーツばかりだが、余りにも損傷が激しい。
「こんなにボロボロになるなんて、何があった……ん?」
「どうか、したんですか?」
段ボールの中にあった残りのパーツ……アンドロイドの脚部を触った時、違和感を感じ思わず声を発してしまった。私の様子を伺うように見ていた彼女がその瞬間に不安そうな声を上げるが、それを気にせず、違和感の確認に脚部を触る。
原因は直ぐに分かった。
「これだけ作られた会社が違うわね」
頭部、胴体、両腕は万寿蓮花製(推定)であったが脚だけは全く違う種類の物であることが直ぐに分かった。
見た目に大きさな差異は無い。右足の親指はもげ、中の回路なども露出している。けれども残っている人工皮膚の肌触りが明らかに違く、私にとっては慣れ親しんだものであった。
「この脚は英雄製の甲弐型だね。脚の長さや太さからして女性型。そして少し肌触りが悪いこの人工皮膚は初期型の証拠」
私の言葉を聞いた彼女の表情はフードで見えない。けれども何も話さず、黙っている立ち姿は何処かショックを感じているように見えた。
フードの彼女はその後二分くらい黙り続け、ぽつりと呟くように声を発した。
「……その、間違いです」
「間違い?」
「はい、別のアンドロイドの脚を持ってきてしまったみたい、です」
「別の……」
彼女の言葉を聞き、テーブルに並ぶアンドロイドのパーツに目を向ける。まるで戦争の道具として使われ、壊れた後放置されたかのように損傷が激しいアンドロイドのパーツ達。こんなものが何体も普通の家にあるのだろうか? アンドロイドは中々の高級品で一般家庭には一体が普通。個人で作られた物や、闇ルートのならまだしも、万寿蓮花製(推定)の高級品と英雄製の量産型。……なんか変。けど、そんな事情は今の私には関係ない。
「ま、いっか。じゃあ、脚は後日持ってこれる? それ以外のパーツを優先して直すわ」
「直せるんですか!?」
私の言葉に彼女はフードが浮かびあがりそうな勢いで跳ねて喜んだ。
「まあ、剥がれてるところの人工皮膚は少しグレードが下がったり、中のAIの状態次第によっては初期化するけど、それでもいい?」
「はい! ありがとうございます!」
「うん、じゃあ名前と電話番号、教えてくれる?」
私が近くにあったメモ帳とペンを彼女に差し出す。するとフードから覗く口元が僅かに困ったように歪んだ。
「その、時々見に来るんで電話番号は書かなくて良いですか?」
「……まあ、良いよ」
私が答えると彼女は「ありがとうございます」と呟き、メモ帳にスラスラと無駄のない動きで名前を書き、「よろしくお願いします」と頭を下げる。その後お店を出て、真っ暗なシャッター街の中へと駆けていった。
私はそんな彼女を入り口で見送り、メモ帳に目を通す。そこには綺麗なカタカナで文字が書かれていた。
「リナ……ねえ」
次の日、私は修理部屋に籠り、早速アンドロイドの修理に取り掛かり始めた。最初に始めたのはアンドロイドのAIがどんな種類か、そしてどの程度の破損があるか。それを確認することから始めた。
専用の機械の回路を元々は髪で隠されていたであろうアンドロイドの頭部の差込口から接続し、中のプログラムを確認する。
AIのタイプは恐らく情報学習型。持ち主の命令や、自分の失敗などから徐々に最適な行動を『学習』するタイプのAIだったという事が中身を解析して判明した。しかし『学習』したことを保存する部分が壊れてしまったみたいで、状況としては初期化されているのと大して変わらない。ゲームで例えるならセーブデータが飛んでしまっている状況である。基本的な部分が壊れてないだけマシと言えるかもしれない。
「だから仕事は回線の交換と、人工皮膚の張替。それに破損している部品を付けないと」
残りの作業はアンドロイドの修理としては至って普通の作業。けれどもその量がいつもの比ではない。下手したらお店にある修理用のパーツを全部使ってしまうかもしれない。そんな規模の大仕事だ。
私は意識をアンドロイドの修理に費やして一日中修理を続けていた。
「ごめん下さい」
昨日も聞いた少女の声を聞き、作業を止める。時間は昨日リナちゃんが訪ねてきた時と同じくらいだった。
私が部屋から出て、玄関に向かうと昨日と同じパーカーとミニスカートを履いたリナちゃんの姿が有った。その手には何か大きな紙袋を持っている。彼女は私の姿を確認するとパーカーを被った顔をぺこぺこと下げ始める。
「リナちゃん。どうしたの?」
「すみません、もうちょっと早く来るつもり、だったんですけど色々手間取っちゃって……これが、脚部になります。」
そう言うと彼女は紙袋をまるでお土産でも出すかのような感じで差し出してきた。中には膝を畳んでいるボロボロの脚部があった。簡単に手で人工皮膚を触ってみると修理中のアンドロイドに使われている物と同じであることは直ぐに確認できた。
「うん、ありがと。こっちは今の所何とかなりそうだよ」
「そうですか……良かった」
リナちゃんは顔が分からなくてもはっきり分かる位安堵していた……うん、何か良い事をしてる気分。
「この後も私は修理をしてるけど、リナちゃん、見ていく?」
「良いんですか?」
私が何となく見学を提案すると、リナちゃんはおずおずとしながら答えてきた。
「うん、どうせこの後も私は一人だしね。暇なら見る? なんなら泊まっても良いよ」
「と、泊まるのは遠慮します……でも少し、見て良いですか?」
腕の人工皮膚を張り付けてある外装を取り外し、中の回線の交換の作業。チマチマとしていて、余り見ていて面白味の無い作業だが、リナちゃんはフードを被ったまま、身動き一つせずじっと見続けている。店内は私の作業の音だけが響いていた。店の外からは野良猫の喧嘩の声すらも聞こえない。無言の時間。
「ねえ、リナちゃん」
「はい?」
ずっと修理に没頭していたせいか集中力が無くなってしまったため、何となくじっと見ていたリナちゃんに話しかける。すると彼女は顔をこちらへ向けて首を傾げてきた。
「昨日から思ってたけど、どうしてこんな真夜中に来るの? 家族とかは?」
「……家族、ですか?」
リナちゃんの声音は明らかに変わった。あからさまに余り聞いてほしくないだ。
「言いたくないなら良いよ。私も別にお父さんお母さんに連絡とかする気ないし」
「……すみません」
「だから良いって」
もしかしたら、というかもしかしなくてもリナちゃんは訳ありみたいだ。まあ、万寿蓮花に依頼しないで私に修理の依頼をしに来ている時点で分かっていたことではあるのだけれども。
私は機械修理の仕事をしているが、アンドロイドの修理となると殆どが訳ありである。会社で作られたアンドロイドは基本会社と契約されているため、会社に修理を依頼した方が遥かに良い。
しかし一部の好事家などによる契約違反の勝手な改造などで会社に修理を頼めなくなったアンドロイドが時々存在する。
それを直して欲しいと頼まれるのが私のアンドロイド修理の大半。だが、会社に修理を依頼するよりもお金が掛かるので修理を頼まず、アンドロイドを不法投棄する者も少なくない。勝手な輩が居たものである。
「……えっと」
私の言葉のせいで暫くリナちゃんと微妙な空気になっているとその空気を変えるかのようにリナちゃんが声を掛けてくる。
「……なんでこんな仕事してるんですか?」
「ん、私の話?」
私が尋ねるとリナちゃんは「はい」と小さな声で肯定してきた。……正直に言って大した話ではないので、少し迷ってしまう。
「私は昔、アンドロイドの会社に入ってアンドロイドの開発とかしたかったの。第一希望は万寿蓮花だったけど落ちちゃって、英雄も天領重機も駄目、でもアンドロイドに関わりたくて行きついた先がここ。小さな小さな修理屋さん。それだけの話。いまのご時世珍しくもない。何処にでも散らばってる失敗談よ」
「……何か、すみません。もうちょっと、理由があるのかと」
「謝らなくて良いよ。今思えば落ちて当然だって思ってるから」
「で、今それをリナっていう子の為に修理中なんすか?」
「うん、そうだよ」
リナちゃんは暫く見学した後、暗い夜道の中を一人で帰って行った。その次の日のお昼時に私のお店にレッカーさんがやってきていた。
レッカーさんは簡単に言えば不法投棄されている物から使えそうなパーツや機械を拾い、私みたいな人に売っている変な人である。彼がやってくるのは不定期で、今回も「良い物を見つけてきたっすよ!」という第一声と共にリアカーを引っ張ってきながら突然やってきた。
「良いアンドロイドっすね。こんな顔の型のアンドロイド見たことがない。一点物の可能性もありそうっす」
「万寿蓮花で一点物だったら本当に高級品ね……会社に頼んだ方が良いだろうに」
「そうっすね~。中身は特にいじられていないのなら……盗品とかの可能性も有りそうっす」
「わざわざ壊れたのを盗む?」
「冗談っすよ」
そう言い、笑ってごまかすレッカーさんを暫く睨むが、この男にはそういうのは意味がないと思い、代わりにため息をついた。
「そういえば、レッカーさん。今日は良い物見つけてきたって言ってたけど、何持ってきたの?」
「ああ、そうっす! すっかり忘れてた。今日は第五地区の方で拾ってきたんっすよ」
そう言うと彼は店の外に置かれているリアカーへと戻り、大量のパーツが入った箱を持ってくる。中を見るとアンドロイドに使われている回路やパーツなどが大量に入っていた。レッカーさんが昔「アンドロイドのパーツは狙ってる人多いんで見つけるのは大変なんす」って愚痴っていたことがあるので今回は本当に大収穫のようだ。
「いつもの不法投棄場所を回ったんすけど、そこにアンドロイドが一体有ったんっすよ。甲弐型っすね。脚部が無かったのは残念っすけど大部分のパーツは残ってたっす。超ラッキーっすね」
「顔、直ったんですね」
「うん、髪も取り付けたし、完璧」
レッカーさんがやってきてから暫く経った。私は相変わらずお店の外には滅多に出ずにアンドロイドの修理に時間を費やしていた。
アンドロイドの修理は大体九割という感じ。つい最近までどんな髪型にしようか悩み、リナちゃんと相談。ミディアムにすることで落ち着き、頭部の完成へ至った。
リナちゃんは完成したアンドロイドの頭部を興味深そうに見ていた。その光景にリナちゃんから不満を言われるかもと少し心配になるが、満足そうに首を縦に揺らしているので問題なさそうだ。
「可愛く出来てるでしょ?」
「はい、とても……可愛く出来てます」
リナちゃんはじーっとアンドロイドの顔を眺め続けていた。彼女の目深なフードから微かに見える口元は愛おしそうに微笑んでいた。
「リナちゃん、リナちゃん」
「……あ、はい。何ですか?」
よっぽど見ることに集中していたのか私の声への反応がワンテンポ遅れる程であった。
「ねえ、この子名前とかないの?」
「名前、ですか?」
アンドロイドに名前を付けることはそう珍しくない。私の所に修理を依頼するような人だってアンドロイドには名前を付けていた。なので直った事に対してこんなにも喜ぶのだから名前の一つ位有るだろうと聞いてみたが、彼女は私の言葉に動きを止めてしまった。
「名前……考えたことないですね」
「そうなの?」
「はい……名前、名前」
そう呟きながら、リナちゃんは再び動きを止めてしまった。先程までの幸せそうな感じではなく、難しそうに唇を閉じている……そんなに悩むことなのだろうか?
「……あの、すみません」
数分後、リナちゃんが黙って考えだしたので、気にせず修理をしていた所、リナちゃんから小さな声で呼ばれた。私がそっちを見ると、アンドロイドの頭部の前で懺悔するように頭を下げる、リナちゃんの姿が見えた。
「どったの?」
「名前、付けてもらって良いですか?」
そう言うとリナちゃんは顔をこちらへと向けてくる。フードで良く見えない顔だが、何処か寂しそうに見えた。
「実はこのアンドロイド。私は動いている所見たことないんです」
そうぽつりとリナちゃんは呟いた。
「見たことない?」
「はい、それどころか、初めて見たのはお店に持ってくるほんの一週間前です。たまたまです。捨てられて、動かなくなっている所を私が拾ったんです」
「あぁ……だから間違えたんだ」
私は思わず納得した。という感じで呟いた。彼女が最初に持ってきた時の脚部。あれは彼女が不法投棄されている場所から間違えて持ってきてしまった物だったのだ。
「でも別に思い入れが無くても、名前位は付けちゃえば良いんじゃない?」
「……無理なんです」
そう言うと彼女はフードに手をかけ、勢いよくフードを上げた。そしてその中から出てきた顔に、私は思わず驚く。
髪は黒いショートで、整った顔をしている。しかし、顔の右目辺りの皮膚が剥がれ、鉄で出来た内装がはっきりと見えている。その中心で瞼の無い黒い目が私を見ていた。
リナちゃんは驚いている私の顔を見て、また寂しそうに笑った。
「……私は名づけられる側なんです」
「リナって名前は前の持ち主が名づけてくれました」そう言ってから彼女の語りは始まった。彼女の前の持ち主が違法改造に手を出し、壊れ、彼女が捨てられた事。そしてその後、不法投棄された場所で再び目覚めたこと。
「その後は、ずっとその場所で活動してました。時々やって来る人は居ました。けど大抵は直ぐ居なくなるので隠れたりしながら、これといったこともせず動いていました。何というかアンドロイド的じゃないですね」
「……」
私はリナちゃんの問いに答えなかった。彼女は私の答えは待たずに話を続ける。
「そんなある日……とは言ってもここに持ってくる数日前ですけど」
リナちゃんは顔を私から離し、金髪のアンドロイドへと目を向けた。
「彼女が捨てられてたんです。捨てられた理由は分かりません。それはどうでもいいんです。初めて彼女の顔を見た時、何故か助けたいって思ったんです。
こういうのって人の気持ちで言うと『同情』っていうのでしょうか? でも修理を頼むアテが無くて困ってたところ、どんなアンドロイドでも修理してくれるお店が有るってたまたま聞いて……」
「ここに来たと」
「はい」
何ともロマンチックな話だこと。残念ながら本は機械修理関係しか読まない私としてはそう思うだけであった。リナちゃんの話を聞いている時も、リナちゃんのAIがどんな状態なのか気になったり、アンドロイドは心を持つのか実験している研究所があったなぁと思い出したり、金髪のアンドロイドが気になったのは持ち主から珍しい物に興味を持つようにプログラミングされたのではないかと思ってしまったりする私の思考回路に自分自身思わずおかしくなってしまう。
「そうなんだぁ……リナちゃんがアンドロイドねぇ」
「は、はい……本当におかしな話ですよね。アンドロイドはただ命令されたとおりに動くだけの機械です……私なんかには名前を付ける権利はありません。でも、何でか、何かが痛むんです」
「ねぇリナちゃん」
「……はい?」
一人で顔を下げて呟くリナちゃんに声を掛けると、彼女の表情が一気に強張る。何かされると思ったのだろうか? 残念ながら私はそこまでマッドで精神旺盛な人間ではない。リナちゃんと話を聞いている時にもそれを実感してしまう。
……リナちゃんの人間らしい動きに思わず私の心が痛んだ。それと同時にふと自分の事を思い出した。自分がここで働くようになった理由。その一言。
『君はかなり腕がいい。でも君には0から作る力が無いんだ。それではすぐに流行が移っていく今の時代に居場所はないよ』
彼女は必死に動いた「アンドロイド的じゃない」ことを。自分の枠組みから必死に抜け出したのだ。
それは私とは大違いだった。
「ねぇ、リナちゃん。ちょっと話が有るけど……良い?」
「……リナって子に逃げられたって本当っすか?」
アンドロイドが気になったのか、数日後にやってきたレッカーさんが驚いた声を上げた。
「うん、そうそう。お金が払えなくなりましたって……そのまま行方知れず。結構貴重なパーツも使ったのに……」
「だから、住所とかはちゃんと把握しとけっていつも言ってるじゃないっすか。まあ逃げる人はそれでも逃げますけど」
「良い子だと思ったんだけどな……ルナちゃん、紅茶のお替わり」
「あ、俺も良いっすか」
「了解しました」
私とレッカーさんの言葉に対して返答したのはミディアムの金髪が特徴的な綺麗なアンドロイド。彼女は私たちの元へポットを持ってやってくるとテーブルに置かれたカップに紅茶を注いでいく。
「でも、まあ良いんじゃないっすか? あんな良いアンドロイドが手に入ったんすから。俺も欲しいっす」
「あげないよ。可愛い助手さんなんだから」
「羨ましいっす」
レッカーさんはその後、暫く顧客への愚痴を吐いていくと私のお店を出ていった。彼は仕事柄癖のある客と付き合う事も多い。そのせいか結構不満が溜まるみたいだ。心の中でレッカーさんに倒れられたら困るなぁと思っていると。機械修理用の部屋から黒い髪の少女が顔を出してくる。
「掃除終わりましたよ」
「うん、リナちゃんありがと。こっちもレッカーさんは帰ったよ」
ショートの髪を揺らしながら駆け寄ってくるリナちゃん。右目の辺りは私が修理し、ちゃんと人工皮膚で覆われている。その為か彼女がパーカーを被らなくなっていた。
「にしてもリナちゃん慣れた?」
「はい、お店に雇われて一週間経ちますから。それにアンドロイドですから本来慣れは必要ないですよ……にしてもお金も場所も無いならここで暮らせばいいって、店長って警戒心無いんですか?」
「別に盗まれて困るものは余りないしね」
私の言葉に冷静に返すリナちゃん。ルナの方はその会話を聞きながら私たちの間で無表情に立っている。
「ふむふむ、じゃあリナちゃんにテスト。ルナちゃんの紅茶冷めちゃったし交換してきて」
「はいはい」
リナちゃんは私に対して笑いながら、ルナちゃんから紅茶のポッドを貰って店の奥へと入っていく。それを私達は目で見送る。
「ルナちゃん」
「はい、何でしょう」
「あなたの名前を名付けてくれたのはリナちゃんなの」
「はい、そう伺っています」
私の言葉に対して彼女は突然の話に不思議そうにしながら返答する。それを聞きながら私は呟く。
「うん、分かったのよ。私は0から作れなかった……昔は頑張ったけど無理だった。でもあの子は違う」
「……?」
「だからあなたも0から作れるように頑張ってね」
奥からポッドを持ったリナちゃんがやってくる。ポッドの紅茶から溢れる様に香りが部屋に染み渡る。心なしかルナちゃんの淹れた物よりも良い香りの様な気がした。