005 - Outside
「シーカーズ東支部、ルイス・M・ウィルソン、ロイド、ヤマト・フォーサイス、デューイ、確認」ここ、東第1ゲートの案内アナウンスAIの音声が聞こえる。「北支部、ティモシー・エイデン、ダコタ・エイデン、確認。北支部からは他区ゲート特別通行許可証を受信済みです。ゲートを開きます」
その合図と共に、目の前の、白く向こう側が透けて見えるホログラムで構成された壁の一部が、音も立てずに消え去った。
「世界中心区条約第13項より、180分以内に外周区側のゲート前までお戻りください」
耳にタコができるほど聞いた条例第13項のアナウンスを聞き終えるよりも前に、車両の運転席に座ったヤマトはアクセルを踏んだ。後続の北支部の車両もゲートを抜けたところで再びホログラムの壁が形成された。
スウと僅かな音を立て、黒く艶やかな車体が空気を切り裂く。俺たちのジャケットと揃いのカラーリングが施されている車体は、抵抗を減らすために地上から数センチメートル浮く仕様になっており、地表に単調な影を落としている。
「手動操縦なんてアナログだけど、やっぱり外周区だと何があるか分からないからね」
ヤマトがそう言って笑うが、その目線はいたって真剣なもので、しっかりと前方を見据えている。以前マシンの不調で機体が建築物に向かって進んだことがあったため、それから安心してこれに乗ることが出来ないのだそうだ。そこに、デューイがはじめに口を開いた。
「ヤマト。目撃地と件のアウトローのデータから考慮される、彼女の移動可能な範囲の計算が終了した。北支部の情報とはおおよそ3メートルの誤差があるが、どちらのものが正確かは行って確かめるしかない」
「助かるよ。ロイドにデータを送信しておいてくれるかな」
「承知した」
「北支部の方からメッセージを受信しました。真東で分け、北東の方角へ進むそうです。ですので、僕たちは南東へ」
「ロイドもありがとう。南東だね。ルイス、無線通信の電源は入れた?」
「大丈夫。確認もしたけれど、通信状況と音声は共に正常だ」
「了解。じゃあ、僕らは上空で遠距離生体スキャンを始めるから、2人は地上で」
「分かった」「分かりました」
残り176分。慌ただしく準備を終え、俺たちは二手に分かれた。おれとロイドは車両から砂地の地表に降り立つ。ヤマトとデューイを乗せた車両は更に高い位置へと上昇して行った。
北東の方角に、上昇していく北支部の白い車両と、二手に分かれて動く2人の姿が見えた。車両は自動操縦に設定しているのだろう。
ロイドが近距離生体スキャンを行っている間、おれも周囲を確認しながら、腰に装着してあるガジェットポーチのベルト部分に引っ掛けているアウトロー専用の手錠に触れていた。
ふと、無線通信機のイヤホンからザザッというノイズが聞こえたかと思うと、ティモシーの声が聞こえてきた。
「東支部の皆さん、聞こえる? 俺です。ティモシー。こっちはは生体反応が4件あったんだけど、生体情報は一致しなかった。勿論、実際に確認にも行ったけどね」
「Mr.エガートン、情報ありがとうございます。こちらは5名確認。現在向かっているところです」
「RD-08、生体情報が一致する者はいなかったんだね?」
「そうです」
「君は “優秀な” オートマタだろう? こちらが訊ねるよりも前に重要な情報すべてを述べてくれないかな」
「申し訳ありません」
ティモシーが使用したのは全員受信の通信だ。よってその内容は勿論ロイドのバディであるおれにも筒抜けであるわけで。
支部同士での合同の任務中であるにも関わらずオートマタに対する皮肉を交えた言葉を発するティモシーに、おれは思わず何か言い返してやりたいという気持ちが膨れ上がったが、ダコタとヤマトが先に制してくれたお陰で冷静になることができた。
ロイドが自身のうなじをさすりながら眉を寄せる。
『ロイド、バッテリーが』
『ああ、もうそろそろバッテリーを交換しなければ任務にも支障が出てしまいますね』
今朝家で交わした会話が頭を過る。ロイドは確か、昨晩バッテリー補充をしてからスリープに入った筈だ。しかしおれが目覚めた時にはすでにバッテリー不足の赤色が点滅していた。スリープの間でも大幅にバッテリーを消費してしまうというのは──
“バッテリーを交換しなければ”
紛れもなく、故障だ。
任務時間変更のドタバタですっかり頭から抜けていたが、今朝たしかにそういった旨の会話を交わした。
「ロイド、今のバッテリーの調子は」
「ルイスが家を出る支度をしていた間に簡易処置を取っていましたが、今の状況は良好だ、とは決して言えません」
うなじのランプは、オレンジ色。こうして話している間にも、刻一刻とバッテリーは消費されていく。次の段階はバッテリー不足を示す赤の点滅の警告、最終的にはただの赤色に変化し、シャットダウンに陥ってしまう。
今のロイドに、オートマタを相手にすることができる余裕は無い。
「まずいな。もしスーザンがいて攻撃状態に陥っていても、おれが何とかする。きみは無駄なバッテリー消費をしないように、動きは最小限に」
「わかった。そうしよう」
まずは生体反応が2件の、おれたちの20メートル先にある建物。建ち並ぶ、かつては穏やかな住宅街が広がっていたのであろう、今は荒んだ廃墟と化した地の一角。
ザクザクと踏みしめる地表は、時たま砕けたコンクリートが覗いていることからかつては舗装された道だったのだと思われる。しかし今は、それも大半が砂に覆われてしまっているが。
生体反応のある家のドアの前へ立つ。まずはノック。応答は無い。当たり前だろう、外周区はノックに「はーい、どちら様ですかあ?」と出ることが不可能なほど、危険な地なのである。しかし、玄関の扉は無防備にも開いていた。
「誰かいるのか! 応答してくれ!」
微かに鉄っぽいにおいが鼻腔を掠めた。
「ルイス」
「うん、おれも分かってる」
ロイドの嗅覚センサーにもそれが反応したのだろう、おれに声を掛けてくる。
「ほんとうに、しーかーず?」
するとその時、おれたちから見て左方向にあるくすんだ白色のドアの中から、掠れた小さな声が聞こえてきた。まだ幼い子どもの声だ。
「本当にシーカーズだよ、ほら」
対象を怖がらせないようにほんの少しだけドアを開き、その隙間から、背中のラインの下にプリントされている〈SEEKERS〉という白色の文字を見せる。
「ほんとだ、しーかーず! ぼく、見たことがあるよ」
幼い声はそう発すると、すぐにひくひくとしやくり上げるように泣き始めた。語尾は消えかかるようだった。
ドアに入り、対象を確認する。今件の被害者、クリストファーと同じくらいの年齢だろうか。スーザンよりも幼い男の子であった。
そして、座り込む男の子の前に横たわっているのは。
「この男の人は、きみのお父さん?」
背の高い、30代前半くらいに見える、血塗れの男性だった。
男の子は頷く。「いっしょに遊んでたの」
「新鮮な血液です。おそらく犯人はまだ、この近辺だ」
スキャンを行ったのであろう、ロイドがぽつりとそう言った。
確かに、仕事柄血の匂いは嗅ぎ慣れているが、これはまだ真新しいものだ。
「ねえボク、お父さんをこうしたのは、どんな人か見た?」
おれがそう訊ねると、男の子は目を泳がせ、それから不安そうな目でこう訊ね返した。
「シーカーズのおにいちゃんたちなら、言ってもいいとおもう?」
「おれたちに? 勿論だよ」
「うん、わかった。あのね」
男の子は辺りを見回し、目線を合わせるように屈んでいたおれたちの耳元で、こそこそと話した。
「きんいろの、こんくらいの長さのかみのけで、白いお洋服ををきてるおねえちゃん。上にいるんだ」
「目の色はわかる?」
「たぶん、あお」
髪型はボブ、金髪、青い瞳。スーザンの情報と一致。もし彼女であれば、白いお洋服というのは、孤児院の制服だろう。
「ありがとう。ボクはそこのクローゼットに隠れていて」
「パパは?」
「そうだね、パパも」
男の子はにっこり笑うと、彼の父親を引きずってクローゼットに隠れようとした。しかし幼児の力では運べないだろうと思い、おれは手を貸した。死体を運ぶだなんて、とてもじゃないけど気分の良いことではない。しかし運びながら、おれはどうしようもなく胸が締め付けられてしまった。いけない、今は任務中だ。
おれがそうしている最中に、ロイドは全員受信の通信で状況を伝えた。うなじのランプは赤く点滅し始める。
「上がってみよう」
「はい、ルイス」
ギシ、と上がる度に軋む階段の音に気が付いたのだろうか、2階からカシャンと物音が聞こえる。
「部屋が3つありますが、上がって最も右側に生体反応があります」
「わかった」
ばれてしまったのならば物置など気にしない。階段を駆け上がり、扉を開けようとするが、勢い余って膝をぶつけてしまった。内側から鍵がかけられていたのだ。
「そこに誰かいるのか」
「誰なの?」
「きみの仲間だよ」
仲間。ああ、確かに仲間だ。サイファーとアウトローという分類ではなく、U-p7に感染して生き残った者としてだが。まともに会話が交わせるということは、攻撃状態ではなく、理性のある鎮静状態であるということだろう。
「近距離生体スキャンを実行しました。スーザンです」
ロイドが耳打ちをする。
「開けてくれないかな」
彼女は生まれも育ちも中心区であるため、シーカーズの制服なんてものは知っているだろう。ロイドのバッテリーが残り少ない今、おれたちの正体がばれ、折角の鎮静状態を攻撃状態にしてしまうという未来は避けたい。
おれはジャケットを脱ぎ、ガジェットポーチを外し、ロイドを死角になる位置で待機させた。勿論、アウトロー用の手錠は、背に隠してある。
これならば一目でシーカーズだとは分からないであろう。上着下のタートルネックも、レギンスも、東支部が独自に導入しているユニフォームなのだ。
カシャン、と鍵の開く音がする。おれはドアノブを握った。