008 - Hazel eyes
見渡すかぎりの荒野を一人踏みしめる中、僕をそっと包み込むような、優しい女性の声が、後ろから投げかけられた。「ルイス、ルイス」と慈しむように繰り返し僕の名前を呼ぶ声は、すぐ後ろから聴こえてくる。
「母さん!」
僕はまだ小さな足を精一杯に動かして、広げられた母の腕に飛び込んだ。肩のあたりで切り揃えられた茶色く真っ直ぐな髪。穏やかな色を浮かべるヘーゼルの瞳に、芯の強さが窺える眉。僕の造りはほとんど母にそっくりだけれど、ふわりと癖のある黒髪と鮮やかな瞳の色だけは、きっと父に似ているのだろう。
「ルイス、あんたは道を違えないのよ」
僕の瞳をじっと見つめて、母はよくそんなことを言った。幼い頃は、その意味も分からないまま、「うん!」と無邪気に笑って見せたっけ。
しかし、今のおれには分かる。
SEEKERSの7文字を背中に背負って、おれはまさに正義の道を歩んでいた。罪のない人を傷付ける者は決して許さない。どこまでも正解を追い求め、そしてこの手で捕まえてやる──
芯の強さと正しさを追い求める心は、母によく似たと思う。しかし肝心なところで不器用な部分は、きっと父に似てしまったのだろう。
見渡すかぎりの荒野を一人踏みしめる中、僕をそっと包み込むような、そんな懐かしささえ覚える女性の声が、後ろから投げかけられる。「ルイス、ルイス」と慈しむように繰り返し僕の名前を呼ぶ声は間違いなく僕のすぐ後ろから聞こえてくるはずなのに、振り返れどもそこには誰一人いないのだ。
仕事柄、親を目の前で失った子どもをよく見るようになった。そしてその姿は、どうしても過去の自分に重ねずにはいられなかった。
見たこともない量の血液に塗れ、徐々に息は細くなり、瞳は色を失ってゆく。いつも抱きしめてくれていた暖かく柔らかな胸や腕は、冷たく、硬くなってゆく。
「母さん。逝かないで、母さん」
呆然とした、すべてを失った瞳で。あるいは、憎しみに歪んだ瞳で。またあるいは、大粒の悲しみを浮かべた瞳で、子どもたちが目覚めることのない親たちに縋りつく様子は、どんな肌の色の、性格の、瞳の色の子どもだったとしても、かつてのおれと、すっかり同じだったのだ。
ゲイリーに手を引かれてやってきた中心区は、今までの生活よりもずっと便利で、何不自由ないものであった。しかし肝心なものが足りなかったのだ。おれの心に深くまで踏み込んでくる存在が。
母をアウトローによって失ったその日から、おれはめっきり感情表現が下手くそになっていた。喜怒哀楽、どれをとっても不器用で、不自然なのだ。どうやらおれが思っていたよりもずっと、心の傷は深かったようで。
しかしロイドがおれの前に現れたその日、僕は彼の穏やかな瞳の色を見て、初めて泣いたのだった。
「ルイス」
ロイドがいなければ、おれの心は再びすぐに壊れてしまうだろう。おれはそれが怖かった。今縋り付くものは、彼しかいないのだ。
おれを守るような優しくて、それでいて強い声が、記憶の中の母の声と重なって、いつもおれを呼んでいる。