部下という名目での服従者
俺は印つけを決行すべく愛莉の寝室に入った。
「へ?ちょ、ちょっとなにするの?」
「おっと、抵抗はさせないぞ」
「部活の疲れもあって力が入らないだろう?」
「くっ!」
「それにお前程の者であれば俺が入室した時に気付いたはずだ、それにもかかわらず抵抗がなかったと言うことはその入室に同意したことに他ならないのではないかね?」
遊び心満載かのように俺は言って見せた。すると愛莉は、隠しきれていない恥ずかしい表情を交えながら顔を引き締めて言った。
「なにを…するおつもりですか?」
「察しが早くて助かるよ、簡単に言えば印付けと言う名目の夜這いだな」
「それで、その夜這いはどのような行為に及ぶのですか?」
愛莉は夜這いという言葉には反応せず、印付けに対して疑問視している。どうやら真面目な態度になると遊び言葉は通じないようだ。俺としてはもう少し遊び甲斐があると嬉しいのだが。
「俺がやることはお前に印を刻むだけという名目通りのことだ」
「印とはどういったものですか?」
「俺の紋章だ」
「なるほど、私をあなたのモノにするということですか」
「本当に理解が早くて助かるよ」
「ならば抵抗しないので拘束を解いていただけませんか?」
「ほう、モノの意味を理解するとは…成績以外も優秀ということか」
本当に書類どうりだ。完全無欠の名は伊達じゃないな。こっち方面は知らないと思ったのだがまさか知っていたとは。完全な人間はいないと思っていたがまさかこいつがそうなのか?少し遊んでみるか。
「それは聞けない相談だな、何しろこれから俺に屈服してもらうのだから拘束されていた方がやりやすいだろう?」
「な、なにを!」
「そのままの意味だ、俺の紋章を刻むということは俺の従者になるということだからその前に服従するほど屈服する必要だろう」
「安心しろ、俺はそこらのそれとは違う。俺のものが直接お前に触れることはたぶんないだろう」
「たぶんとは保証できないということですか」
「いまのようにお前が反抗的であれば使うかもしれんな」
「わかりました、ならば行為に及ぶ前に私を貴方のモノにしようとした経緯を教えていただけませんでしょうか」
「確かにそれは一理あるな」
「でしたら説明の前に一度この体制を解いていただきたいのですが、貴方は平気でも私の体制は体が無理をしているように思えるので」
「ふん、仕方ない」
「ありがとうございます、で、御説明をお願いいただけますよね?これだけのことを純粋な少女に行ったのですから」
「そうだな、俺はお前に会い、お前の身分を知った時から幾度も殺気を当て続けたのだが、自覚はあったか?」
「はい、昼食準備時に森が一回、昼食後に海が一回、そして部活開始時に聖が一回、ですよね?」
「やはり見立て通りか、いや、それ以上だな」
驚かされてばっかりだな。まさか殺気の種類まで分かるとは。そして何より種類の中でも知られていない古代種まで知っていたとなるとなると、余計モノにしたくなるな。
「お前を見初めようとした理由、それは知識、対応力、判断力だな」
「随分と選定基準が標準的ですね、それでは女には嫌われますよ」
「言わずとも分かると判断したのだがお前の美貌だとでも言って欲しかったのか?」
「ふふ、いいえ」
「ならば説明はこれで十分だろう」
「ええ、ですから従属の儀式を始めましょう」
「なんだ。正式な方法を知っているのか?」
「はい、そして貴方が行おうとしたことは非公式な方法であることも」
確かに俺がしようとした方法は非公式だが服従意識は本来のものより高く、忠実だ。だがそれを理解した上で公式的な方法でやろうとするとはそれほどに何か自信があるのか?まあ、あとでそれなりに探ってみるとするか。それにしてもさっきから俺に対する目つきがすごいな。
「まさかそのような方であったとは思いませんでしたので。信頼度を高めてから行えばよかったものを、貴方に対する評価はガタ落ちですね」
思考までも読めるとは…
「そのガタ落ちした相手に従属する気分はどうだ?」
「身分的には昇格なので喜んでもいいのかもしれませんが素直にはできませんね」
「今はそれでいい。始めてくれ」
この公式的な方法はいたって簡単だ。従者になる者が誓いの言葉を言い、それを俺が受け入れる。ただそれゆえに実質俺はなにもしないので楽しくないのだ。
俺と愛莉の胴腰あたりに一つの陣が浮かび上がった。
「我、松永愛莉はこの儀式をもって、ラヴェグス・イルミンスール・ユッグ・奏宮にこの身を永久的に捧げ、従者となることをここに誓います」
「我、ラヴェグス・イルミンスール・ユッグ・奏宮はその誓いを我が紋章に誓い、受け入れます」
「あとは貴方の紋章を私に刻めば完成ですがどこに刻むおつもりで?」
「拘束していた真意はそこにある。谷間だ」
「な、なにを言い出すのですか!」
「別にいいだろう、そもそも今回の儀式は内密に行いたかったのだ。でなければ日本支部の儀式台を使っている」
「なぜ内密にしたがるのですか?」
「組織に裏切り者がいるからバレたくない」
「…わかりました」
「ですが、なぜそこまで貴方は焦っているのですか?」
「説明は終わってからする、とにかく胸を開け」
「…はい」
愛莉の顔は紅潮しながらも谷間を開いた。
「ようやく終わった」
儀式の準備や本番は簡単なのだが俺の紋章は細かいからいろいろと時間がかかった。
「理由だったな、なぜ日本支部から多数の諜報員が送り込まれるのに俺にまで回ってきたと思う?」
「まさか、この国が動き出すのですか?」
「正確にはもう動き出している、そして送り込まれた諜報員から失踪者も少なくない」
「俺が契約を結んだのもこれが理由だ、従者であれば必ず主人には場所がわかるからな…もちろん、異界でなければの話だが」
「この国が異界に基地をおいていると推察しているのですか?」
「ああ、実際にそれらしきものを目撃した報告もあるし俺も見た。国旗はなかったがな」
「それが事実であればこの国は全世界を敵にまわすことになりますよ」
「基地をおいたことでは違反にならん、それなら俺も異界を一つ掌握してるからな。だが、そこでやっていることこそが問題なのだ、聞いたことくらいはあるだろう、何処かの国が能力者という脅威を理由に対抗策として《|改造人間(Cーボルグ)》を研究してるって」
「はい、ですがCーボルグのCとはなんですか?」
「created、controlled、cursed、そしてcastedの四つだ」
「造られ、操作され、呪われ、その上奴隷扱いですか」
「奴隷扱いというよりはロボットか実験体だな」
「っ、酷い。まず世界の秩序を守ってるのが能力者なのに脅威だなんて」
「ああ、そしてそのCーボルグがこんなにも俺たちのクラスにいるってことだ」
そう言って俺は愛莉が集めて俺が整理したCーボルグどもの資料の束を机に叩きつけた。
「それで、私はなにを探ればいいのですか?」
「正直、この国が表立って動けばこの学園はそう長くは持たんだろう」
「この国が学園にまで手を出すということですか?」
「そうだ、俺にとってはそこまで痛くないしドゥーズはどちらかというと戦争大歓迎なんだが…事務面の文句がうるさいからな。だから起きる前にこの国の不正を暴かなきゃならん、だが一気にとは言わん。が…こちらは向こうが出る前に打たなければ第11次大戦が起きても不思議ではない状況であることも事実だ」
「日本の不正についてはすでに各国でも騒がれている。
暴いて済む話ならいいが異界が関わるとWoTも見過ごすわけにはいかんのだ」
「だからお前にはこの国の不正を暴く鍵でもいいから見つけてほしいのだ。無論俺も動く」
「わかり、ました」
「なんだ、気乗りしないようだな」
「いえ、そのようなことは。ですが私にとって日本は一応母国ですから…その…」
「やはり違う者に任せたほうがいいか?」
「わたしに、やらせてください」
「わかった」
愛莉は意を決したように言った。
「あの、質問があるのですが。別件なので今でなくても構いません」
「言ってみろ」
「貴方のラストネームについてる奏宮はこの国の姓名ですよね?ということは日本人を意味すると思うのですが、この国に愛着などはないのですか?」
「生まれたのはこの国だが育った場所は違う、それに諜報に長けているものと俺を知っているもの以外にはイルミンスールまでしか名乗らん」
「その上今ここは不正疑惑がかけられている国だ、愛着どころか恥としか思えん」
「す、すみませんでした」
「別に構わん、それよりその言動をなんとかしろ」
「あ、ごめんなさい」
「つい、戻っちゃってた」
「そのついが今後の俺の周りからの外見に反映すると思うのだが」
「これから直せるように善処します…と言ってもたった今あなたの従者になったばかりなのですが」
「っ…まあ、今はそれでいい」
「じゃあ、明日からぼちぼち俺らも動くぞ」
「はい。あ、明日は体育で魔術行使の練習の一環で練習試合がありますが無双しないでくださいね?」
「それくらいは心得てるよ」
何故かたった今の言葉は俺でも寒気がした。もちろんそんなことをする気はないが、これが単なる敬語ではないことは理性でなく人間が生まれながらにして持つ本能で理解したことを実感した。
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俺はいま重大な問題と危機に晒されている。それは軍に入隊仕立てのルーキーどもにも満たない者たちを相手に放てる魔術を所持していないことだ。俺の出番まではまだ時間はあるが、そう長くない。真面目に対処方法を考えないとヘタすれば殺しそうだ。昨夜愛莉が言ったのはこういうことだったのか。
仕方ない、ここは教師に頼んで一部屋借りよう。俺は基本的に名前は覚えてはいるが、ここでは敢えて教師殿と言った。
「すみません教師殿。ちょっと対話のために一部屋お貸しいただいてもよろしいでしょうか」
「えっと、君は確か留学生のイルミンスール君だったよね、もう契約をしてるのですか?」
「はい、ですが最近魔術を行使していなかったので久しぶりに対話もせずに行使しようとすれば力を貸してくれないかもしれないのです。」
「そういうことならいいでしょう。でも、あなたの出番までには帰って来なさい。部屋は第三休憩室を使っていいわ、あそこはいま物置になってるから」
「ありがとうございます」
そう言って俺は移動し、例の一室に入った。するといきなり話しかけられた。
「随分と儂の扱いがひどいではないかのう?まるで儂がケチではないか」
「仕方ないだろう。こうでもしなければこの密室は借りれなかった」
「確かにお主の言うことは一理あるのう。」
「我ら龍族と契約する者自体極僅かじゃし、それ以外でも人族の言葉を理解できる種族は少ない。」
「ああ、だがそんなことは今どうでもいい。率直に聞くが手加減はできるか?」
「威力にもよる」
「使う魔力は0.01%〜1%ほどだ」
「それは儂もやったことがないからわからん。それにそんなことはわしが力を貸さず、お主自身の魔力だけでなせばよかろう?」
「正直、こんな極少量だけを使うなんて俺には操作ができん。だから魔力調整だけに力を貸して欲しい」
「これまたとんでもない要望じゃな。対戦相手が聞けば泣くぞ?なんせ大きき力の制御でなく、手抜きの制御なのだからのう。だが面白い、その話に乗ろう」
「ああ、ぜひ頼む」
「ユッグはいるか?」
「ええ、いるわよ」
「あんたにもお願いできるか?」
「正直私もわからないの。今まで力を貸して欲しい願いは嫌という程受けたことがあるけど、貴方の様な者はいなかった…だがやってみないこともない」
「助かる」
そうしてクラスのいる第一訓練室に戻った。
「どう?ちゃんと対話はできたかしら」
「ええ、なんとか」
「ちょうど次があなたの出番だから準備してね」
「わかりました」
教師に挨拶を終えると愛莉が話しかけて来た。
「戦闘の準備はできた?なんの武器を使うの」
「日本には代々刀文化があると聞いたから使って見ることにしたよ」
「でも、今日は接近戦なしだよ?」
「だから武器は飾りだ」
「杖は使わないの?」
「いや、魔力制御だけでやてみようと思う」
「へ〜え、随分と余裕なんだねぇ〜」
声をかけて来たのは昨日知り合った愛莉の仲良しさんだった。
「確かあなたは矧稠夕波さんでしたね」
「夕波でいいわよ」
「で、その夕波が試合前に何の用だ?」
「わたし次、あなたの対戦者なんですけど」
「それはそれは、お手柔らかによろしく」
「なんで杖を使わないの?」
何故か夕波は怒り気味だった。
「逆に使わなきゃいけないのか?試合説明時には武器を持てとは言ったが杖を持てとは言ってないぞ?」
「覚えておきなさい、コテンパンにしてやるから」
はて、何故あそこまで杖のある戦いを望むのだろうか。それとも魔術師は杖持ってこそと思っているのだろうか。どちらにせよ杖持ってこそという常識があるならばそれは将来の教育影響も考えても放っておけない事実だな。今のうちに覆しておくか。