09 ギルドマスター
ブクマありがとうございます!
ゴッ.....
鈍い音がオレの頭に響いた。
床に頭を打ち付けたのだ。
「いてぇ....」
オレは頭をさすりながら自分の居場所を確認した。
洞窟....じゃないよな.....。
見慣れた街の大通りだ。
朝日は未だ見えないが、だんだん明るくなり始めている。
ゴブリンキングと遭遇して、洞窟に逃げ込んだ時の夢を見ていた。
常に警戒しながら、洞窟の入り口を見続けるのは精神的にきつかった。
一回見つかって戦闘になった時は、マジで死ぬかと思った....死ななかったけど。
「キュー.....キュー.....」
キューが寝息を立ててる。
.....かわいいな.....。
ツンツン......
ほっぺをつつくと、嫌そうな顔をする......かわいい。
なんだろう......変な気持ちになってくる....。
なんて言うんだっけ......ああ.....独占欲ってこんな感情かもしれない。
今のオレは戦えねぇ.....普通なら、金を借りるのが一番良い手かもしれない。
けど、こいつは『オレが』貰う!
なんか金を借りると、こいつを貸せとかって言われそうだ。
そいつは困るなぁ......嫌だから。
「今日中に身体を治せば良い......」
オレは単純でわかりやすい答えを見つけた。
おつむがわりぃオレでも理解できる。
そう言ってオレは立ち上がり、寝ているキューの頭を撫でてから、おととい寝た路地裏に向かって歩き始めた。
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「キュッキュ……キュキュ!」
(ほっぺを......つつかないでください!)
僕はそう言いながら目を覚ました。
けど、ほっぺはつつかれてなく、頭には優しい感覚が残っている。
『あの人』は.....いなくなっちゃったか......。
僕は将来のご主人様(仮)の姿がないことを確認した。
きっとどこかで体を休めているのだろう......戦闘なんて....してないよね?
今すぐ街を探し回りたいところだけど、枷があるしなぁ......それに体調も最悪で、超しんどいって感じだ。
......僕にできることなんて......何もないのか.....?
僕は自分にできることを考え続けた。
けど、結局何も思い浮かばなかった。
次第に空腹を理由に考えるのを止め始めて、そんな自分に気づいて、自分が嫌いになった。
もう......わけがわからないよ!!
何か......したい......。
ここ最近で、僕は自分の無力さを嫌という程思い知った。
何かできないのか?
僕が自問すると、
何もできない。
絶対にその答えが返ってくる。
せいぜい出来ることは、空腹で死なないように動かないでいることだけだ。
僕がゴブリンに食べられる日は、もう明日だ......。
昨日も、おとといも『明日』のことを何度も考えた。
そして、おそらく今日中に、あと100回は同じことを考えるだろう。
『あの人』の表情からして、余裕なさそうだ。
『あの人』は結構危なっかしいところがあるようだ。
.....それを僕のためにしてくれる。
嬉しい.....嬉しいけど、ちょっと嫌だ。
無理はしないでほしいなぁ.....。
そう思った瞬間、僕のすることは一つに決まった。
無信教を貫いてきた僕が、神を信じて祈ってみようと考えたのだ。
そうでもしてなくちゃ......僕の気が持ちそうもない。
どうか『あの人』が、これ以上怪我しませんように.......。
僕は、ひたすらにそう願い始めた。
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「うぅ〜ん......治ってねぇ......」
オレは朝日を浴びながら言った。
昨日はほとんど一日中動かずに過ごした。
傷を少しでも治すためだ.......決してだらけていたわけではない。
おかげで右腕と右足だけは、かなり痛みが引いた。
とは言っても、左腕は動かないし、全身痛いし.......失敗だったが。
今思い返せば、物の配達クエストでも受ければよかったと思う。
怪我があってもそんぐらいなら出来る。
やっぱりオレは頭悪りぃな.....。
今日中に銅貨57枚集めなくちゃいけない。
ゴブリンの弓を売ったら銅貨1枚だった。
オレにそれ以外売れるようなものはない。
もし......金を集められなかったら......キューが.....
それだけは避けなくちゃいけねぇな.....。
「ギルマスに会いに行こう.......」
オレは冒険者ギルドに向かって歩き出した。
それは、自分の言葉を取り消す行為だ。
例えそれが、かっこ悪いことだったとしても......キューの命とは比べもんにならねぇ。
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「......よう.....久しぶりだな、リーシャ」
オレはリーシャに挨拶をした。
ゴブリンキングの一件でものすごく時間が空いたような気がする。
挨拶されたリーシャはというと......またカウンターに突っ伏して寝てやがる.......。
「....ベルさんは.....死んだぁ〜........えヘへぇ〜......」
こいつ!?.......なんて縁起でもねぇ夢見てんだよ!!
.......しかも笑いながら。
オレはモーニングパンチをしようとしたが、
「クッ!!」
右腕に力を込めた瞬間、激痛でうめき声をあげてしまった。
「.....ん?.....ベルさん?
もう....ひさしぶりってぇえ!?どんだけ怪我してるんですか!!」
「うるせぇ.....耳もおかしくなってんだから、あんまり大声は出すな....」
ゴブリンに耳を殴られた時におかしくなった。
顔殴られたとき......痛かったなぁ.....。
「す、すみません.....で?まさかと思いますが、ゴブリンのクエストを受けるとかって言いませんよね?」
リーシャが肯定の言葉を待ちわびるように聞いてきた。
「ああ.....今回ばかりは無理だ......ギルマスはいるか?」
オレが歯を食いしばりながら言うと、リーシャは安心した表情になり、
「はい、いますよ。今から呼んできます」
それだけ言って、早足で二階に登って行った。
オレは自分の気持ちがわからなくなった。
ギルマスは腹黒で、意地悪で、胡散臭い奴だが信用はできる......と思う。
金を借りるのも初めてじゃねぇ。
前に剣が買えないことを憂いて、ギルドで暴れまわった時、金を貸してくれた。
.......後で返済と雑用三ヶ月を押し付けてきたが。
ギルマスに金を借りることには問題ないはずだ....。
なのに、なぜかそれが嫌だと言う自分がいる。
その場しのぎ、甘え、自業自得...............『無能』......。
あぁ....なんで馬鹿のくせにそんな言葉ばかり覚えちまうんだろうな.....オレは.....。
「やあ、『随分と』久しぶりじゃないか............」
なぜか少し怒ってる感じのギルマスが降りてきた。
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「やあ、『随分と』久しぶりじゃないか............」
俺は愛嬌たっぷりに挨拶した。
目の前にいる冒険者ことベルは......傷だらけだ.....。
まったく.....どうして君はそうも意地っ張りなんだろうか.....。
俺は心底そう思った。
俺が『ギルマス』をやってもう4年とちょっとになるが、ゴブリン退治にそこまでボロボロになるやつは見たことない。
......『キュー』とかいう幻獣のためか?
「ベル君......俺は言ったはずだ、無茶はするなって」
俺は少し強めの口調でベルに言った。
彼女は、左腕がだら〜んってなっていて、右足も本調子ではなさそうだ......立っているのも辛いってやつだ。
「いや、すまねぇ.....ゴブリンキングが出たんだ.....」
ゴブリンキングか......確かに狡猾なやつだな......おそらく逃げ道をふさがれてどうこうって感じか....。
「逃げるに逃げれなくて......しくじっちまった......」
.....やっぱりか。
「ポーションは持って行ったのかい?.......聞くまでもないな....」
ベルが無言になった。
「ポーションのない状況下で予想外にゴブリンキングと遭遇した.....。
不幸といえば不幸だけど.....冒険者である以上、そういった事態には常に警戒しておくべきだ」
冒険者が死ぬ理由で最も多いのは、討伐対象以外のモンスターの乱入だ。
次に道中の事故だ。
その次に討伐対象によって殺されることとなっている。
つまり、冒険者が最も警戒すべきなのは予想外の事態ということになる。
もう何度も言い聞かせているんだがな.....このバカは言うことを聞いてくれない......。
「.....今回のことで少しは頭を冷やしてくれるって約束するなら、これ以上は何も言わない。
.....分かったかい?」
「.....あぁ....心配かけた....」
「本当だよ.....こっちがどれだけ心配したと思ってんだよ......」
俺は小声で言った。
「あん?今なんか言ったか?」
ベルはどうやら聞き取れなかったらしい.....。
少し残念だ.....
「.....何も言ってないよ」
.....もう一度は言ってやらないが。
何気にベルとは4年くらいの付き合いになる。
ギルドで暴れまわったり、金かせ酒くれってせがんできたり......ろくなことをしない奴だ。
固有スキルの関係でDランクから抜け出せないとか騒いでいるが、確実にBランク以上の実力があると思う。
酔っ払ってフラフラの状態で、単身ゴブリン討伐の成功率が半分以上なんだぞ......頭おかしい。
挙げ句の果てに、ゴブリン400匹以上を1日で仕留めてきたりしやがった。
マジで.....マジでもう少し性格がマシだったら、今頃軽くAランクはいってた気がする。
「で?金を借りに来たんだって?
.....高く付くのはわかってるね?」
俺は悪役スマイルで尋ねた。
けど、ベルは真剣な眼差しで、
「ああ....図々しいのは承知だ。
けど.....マジで頼む.....」
頭を下げてきた。
「はぁ!?......ベル君が....頭を下げてきた!?
リーシャ、俺は少し寝る。
どうやら疲れてしまったようだ....。
そのベル君『もどき』の相手は頼んだよ」
俺はそう言って二階に上がろうとすると、
「おい、ゴラァ.....ちょっとツラ貸せヤ!オラァ!」
ベルが不良っぽいことを言ってきた。
....もう少し女の子っぽい言葉使いさえすれば、パーティメンバーも集まってくるだろうに.....。
....逆に安心もできるけどな。
「それが人にものを頼む態度かい、ベル君?」
「うっ......ツラを貸して.....くださいヤ.....」
何も変わってなくない?面白いからいいけど。
「わかった、ツラを貸してやろうじゃないか。
で?いくら欲しい?」
「.....大銅貨5枚だ」
確か、ゴブリン退治で銅貨42枚稼いでるから....残りの分は集められたってことなのだろうか?
まあ、集まってなくても、配達クエストとかで集める気なのだろう。
.....一応釘を刺しておくか。
「今日は討伐クエストは受けるのは禁止だからな」
「ああ、わかってる......」
すっごく悔しそうな表情だ。
いつもは金を借りた挙句に、酒に使ってしまう大バカ者がここまで必死になってる。
幻獣は一体何をしたんだ?
俺だって、結構頑張ってベルの性格をどうにかしようとしたんだぞ......全部失敗したが.....。
クソッ.....気に入らねぇ.........けど、
「ただし、こいつは例外だ」
助け舟ぐらいは出してもいい。
「ん?シーフデビル討伐?.....大銅貨5枚!?」
シーフデビルは小さいくて、物を盗み、盗んだものをどこかに溜め込む癖があるモンスターだ。
戦闘能力が低く、武器さえあれば楽に倒せる相手だ。
ベルなら片手でも万に一つも負ける確率はない。
問題なのは、すばしっこくて見つけにくいことだけだ。
「ああ、最近被害が多発していてね.....君みたいな人にはうってつけのクエストだと思うけどなぁ」
俺がそういうと、
「ああ.....ああ!ありがとな!ギルマス!」
いつになく笑顔で礼を言ってきた。
そして、そのまま走ってギルドを出て行った。
.....まだクエストの受注が済んでいないのに.....。
「リーシャ、クエストの受注手続きを頼む」
「ふふ....以外とギルマスもいい人ですね」
リーシャが嬉しそうな表情で言ってきた。
「.....クエストの報酬は俺の貯金から下ろしといてくれ」
さっきも言った通り、シーフデビルは弱い。
10歳の子供でも頑張れば倒せるレベルだ。
その報酬が大銅貨5枚.......うぅ〜ん....なんで違和感を感じないのかなぁ.....。
「俺は仕事に戻る。
.....君も.....残業はもう少しで終わりってことになるな。
今後は、もう少し真面目に働いてくれることを祈っておくよ」
「はい.....でも、たまには残業もいいですよね.....お互いに」
リーシャがゴブリン討伐のクエスト達成書類の束を渡してきた。
俺はそれを受け取った。
「ああ.....たまにならだけどな」
まったく.....うちのギルドには本当に困った奴がいるなぁ.....。
でも、退屈なギルドよりも数百倍マシだな。
今日も残業しなくちゃならないが、俺はギルマスだ......もう慣れた。
唯一慣れないことがあるとすれば、ベルが心配なことぐらいだな.....。