08 闘志
あぁ.....足に力が入らなくなってきたなぁ.....。
僕が毛づくろいをしていると、そんなことに気づいた。
だけど、今の僕にとってはそんなことどうだっていい。
どうせ今の僕には何もできることはないのだから......。
最近は体の限界をよく感じるようになってきた。
ご飯は少ないし、行動範囲は小さいし、お風呂ないし......。
もうなんにもやる気が出ない......『あの人』を妄想する以外は。
「キュキュ…..キュゥ........」
(早く来て…..会いたいよぉ......)
明後日が僕の『運命の日』だ。
もう月が輝いていて、今日は終わりを告げようとしている。
短かったのかな?.....長かったのかな?
もう少し長い時間があれば、『あの人』は僕に会いに来る時間を作れたのかな?
.......それとも、もう『あの人』は僕のことを......見捨てているのかな?
僕が人知れず鳴きだした。
すると、銀と『赤色』の女性がフラフラしながら僕の目の前に現れた。
「キュキュー!!」
(大丈夫ですか!!)
僕は驚きのあまり声を張り上げた。
その声には、どことなく悲しみが混じっていた。
その人は、僕が会いたいとずっと思っていた人だ。
けど、その『姿』は見たくなかったのだ......。
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「キュキュー!!」
(大丈夫ですか!!)
キューの声が聞こえた。
.......しまった。
オレはいつも行きつけの酒場を経由した道を通るから、この道は通らない。
でも今回はギルドへ直行するため、この道を通ってしまった。
「.....よう.....元気....じゃなさそうだな........お互い様にな」
オレは笑顔を必死でつくりながらキューに近づいた。
以前にも増して、キューは痩せている。
しかも、どうやらさっきまで泣いてたようだ.....目に跡ができてる。
「キュキュー!?キュ.....キュキュッキュー!?」
(どうしたんですか!?その傷......モンスターにやられたんですか!?)
僕は必死に心配の声を出した。
駆け寄ろうともしたが、枷が邪魔で動けない。
「なんだ?心配してくれんのか?.....ありがとよ。
だが、心配はいらねぇよ....こうしてピンピンしてる」
オレはそう言って、右腕を上げようとしたが、
「イテッ!!」
激痛でほとんど動かせなかった。
「キュキュッ!?」
(大丈夫!?)
僕は絶望的な気持ちになった。
僕のせいでこの人は傷ついた。
.....きっとこの人も僕を嫌いになる......フリークみたいに......。
ゴブリンの餌にしてやる!!
フリークの怒声が聞こえたきがする。
この人.....この人に『だけ』は、あんなこと言われたくないよぉ......。
「おい.....泣くなよ.....大丈夫だって言ってるだろ.....」
オレは、泣き出したキューの頭を撫でた。
余計に泣き出した......困ったなぁ......。
キューがオレの手にしがみついきながら、オレの目をまっすぐ見てきた。
「キュ.....キュキュ.....キュキュー......」
(もう.....いいです......僕のことは忘れてください.....)
それは僕にとって最悪の決断だ。
未だにフリークは僕に鋭い視線を向けてくる。
間違いなく有言実行するだろう。
でも、僕は僕を撫でてくれた人に傷ついてほしくない!!
ガブッ......
僕はこの人の手に噛み付いた。
「いてぇ.....何すんだよ......」
オレは低い声を出した。
キューがいきなり噛み付いてきのだ。
.......よくわからん。
こいつはモンスターだ。
たとえ人間の言葉を理解していたとしても、こっちが理解できないこともするだろう。
でも、『泣きながら』オレを噛む理由は『さっぱり』わからん。
だから、
「よくわかんねぇけど......すまん.....」
オレはキューの頭を撫でてやった。
「キュキュッキュ.......キュキュ.....キュ.....」
(そうじゃないんです......僕のせいで.....傷ついて.....)
僕は噛むのをやめて、牙の跡がついたところを舐めた。
血と土の味がした......苦い......。
「....その....実はな.....ちょっとしくじっちまってな......。
あれだけ偉そうなこと言ったのに.....もう剣も持てねぇ........まったく.....かっこ悪いな、オレは......」
オレは崩れるようにキューの前に座った。
全身が悲鳴をあげてるのが聞こえる。
左腕はバッキバキに骨折。右足はあんまり動かない。右腕はギリギリ動かせる。脇腹には小さな穴が空いている....一応止血したが。
その他にも切り傷、打撲が全身にある。
めまいがするし、空腹で死にそうだし....意識が....もう....なくなりそうだ。
オレがふらふらしてると、キューがオレの右手を持ち上げようとしてきた。
力足りてねぇ......指三本持ち上げるくらいが限界らしい.......。
弱っ!!本当にこいつが幻獣なのか!?
「クク.....お前って本当に弱っちぃんだな」
オレは笑いながら言った。
「キュキュ!キュ・キュ・キュ・キュ・キュ!!」
(僕は弱くない!ち・か・ら・も・ち!!)
僕は精一杯力を出したが、手はびくともしなかった。
けど、笑わせられたからオッケーだ。
「ちょっと愚痴聞いてくれよ…….実はな…..ゴブリンキングと会ったんだよ......」
オレは崩れるように座り、キューに話しかけた。
それからキューに色々話した......忌々しいゴブリンどものことを思い出しながら.....。
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「クソ.....いてぇな......」
オレは暗い洞窟の中で、息を荒くしながら言った。
腹に刺さった矢を抜いたのだ。
矢とは言っても、木の枝を尖らせただけのものだ。
そこまで深くは刺さってなかったが、表面がトゲトゲしていて、抜く時クソ痛かった。
矢を抜いた後、すぐにズボンの裾を破き、脇腹に巻きつけて包帯代わりにした。
これで少しはマシだろ.....たぶん.....。
ゴブリンキングの群れと遭遇した後、なんとか目をくらまして洞窟に逃げ込んだのだ。
時刻は......お昼の時間はもうとっくに過ぎたって頃だ。
まだ日は高いにもかかわらず、この洞窟は薄暗くてジメジメしている。
ここに来てから数時間が経つ。
そろそろ洞窟を出て街に帰り始めてもいい時間だろう。
オレがそう思って立ち上がると、
「ギャギャッ!!」
剣を持ったゴブリンが洞窟の出口に現れた。
しかも、どうやらオレに気付いちまったようだ.....。
ダッ!
オレは地面を蹴り、ゴブリンに向かって走った。
普段の半分くらいの速度だが、ゴブリンよりは早く動ける。
「オラァッ!!」
オレは剣を叩きつけたが、避けられてしまった。
しかも、
「グンッ!!」
剣を左腕に食らってしまった。
オレは変な声を出しながら吹き飛んだ。
そして地面を転がり、木にぶつかって静止した。
あぁ.....左腕.....もう治んねぇかもしれねぇな.....まったく動かせねぇよ.....まあ、斬り落とされなかっただけマシか.....。
オレは冷や汗を流しながら、そんなことを考えた。
だけど.....やられたら、やり返すってのがオレの『ぽりしー』なんだゼ!
オレは起き上がりながら、剣を投げつけた。
ゴブリンはそれを回避しながら接近してきた。
距離は......2メータル!!
シュッ......
「グギャアアッ!!」
ゴブリンの額にナイフが刺さった。
もちろんオレが投げた。
オレはゴブリンの持っていた剣を奪い、顔面に叩きつけた。
.....すごくグロいことになってる。
「ギャギャッ!!」
さらにゴブリンが4匹ほど接近してきた。
弓が2、槍が1、棍棒が1か......厄介だな...。
ここで逃げ出せば、後ろから弓で撃たれることになる。
最悪の場合.....死ぬ.....。
なら、弓持ちだけは殺さないといけねぇな.....。
オレは自分の剣を拾い、ナイフを捨てた。
片手しか使えねぇんだから仕方ない.....。
「ギャギャァ!!」「ギャッ!!」
棍棒持ちと槍持ちが接近してきた。
弓持ちはいつでも矢を放てる構えだ。
だから、オレは『わざと』フラフラし、今にも転びそうだって感じを全身に醸し出した。
すぐさま風切り音とともに矢が飛んできた。
オレはニヤリと笑いながらそれを回避し、弓持ちの方へ走り始めた。
弓持ちが悔しそうな表情をしている.....ザマァねェゼ....。
走るオレに槍持ちが突きをしてきた。
オレは剣の腹でそれを受け流し、剣で槍持ちを袈裟懸けに斬った。
槍持ちが悲鳴を上げて倒れた。
まず1匹......オレがそう考えた瞬間、
「うぐっ!!」
右足に激痛が走った。
反射的に後ろに剣を振ると、そこには棍棒をオレの足に叩きつけたゴブリンの顔面があった。
ゴキィィッ!!
骨を砕く音ともに、そのゴブリンの顔が弾けた。
「マジ....か....はぁ.....はぁ.....」
オレは両膝をついた。
激痛で体が言うことを聞いてくれないのだ。
......右手まで震えてやがる。
今すぐ.....弓持ちを.....倒さないといけねぇのに......。
オレの目には弓を放つ準備の整った2匹のゴブリンが映っている。
オレを睨みつけている.....。
仲間が殺されたら辛いのは.....全種族共通なのか.....。
オレは目をつぶった。
よくやった方だと思う......ゴブリンを1日で400匹以上倒したし.....銅貨42枚稼いだし......。
何のためにこんなことしてんだっけ?
キュー!!
あのかわいい鳴き声が、また聞こえた気がする。
死ねない.....オレが死んだら.....あいつまで死んじまう.....。
死ねない.....あいつが欲しい.....だから......こいつらを......殺す!
シュッ!
矢が放たれた音が聞こえた。
オレは即座に体を傾けて回避した。
そのまま立ち上がり、右足を引きずりながら、ゴブリンに走り寄った。
そして、
「グギャアアッ!!」
その首に噛み付いた。
ゴブリンが叫びながらオレの頭を殴ってきたが、それを無視して、麻痺した右腕で無理やり剣を持ち、腹に突き刺してやった。
「ギャアァァァアッ!!」
ゴブリンが激しく暴れてきたが、だんだん動きが鈍くなり、やがて動かなくなった。
耳がガンガン痛い......たぶん耳がおかしくなってる......。
シュッ!
さっきまで呆然としていたゴブリンが矢を放った。
それをゴブリンの亡骸を盾にして防ぎ、
「ペッ.....うまくなぇな.....」
ゴブリンの首肉の味を言葉にし、再び走り始めた。
あっという間にゴブリンに接近し、剣を胸に突き刺した。
「ガッ!.....グギャ......」
ゴブリンが絶命した。
それを確認してから、剣を抜いた。
血が剣、服、手、顔、髪......オレのいたるところにこびりついている。
「......疲れた...」
オレは仰向けに倒れた。
それ以外の言葉が出てこない。
もう.....ここで眠ってしまいたい.......。
けど、それは許されなかった......何かの足音が、地面を伝わってきたのだ。
慌てて木の裏に隠れて、息を殺した。
すると、ゴブリンキングの姿が見えた。
「グウゥ.....」
ゴブリンキングが広がる惨状を見て、うなった。
そして、しばらく間を置いた後に、来た道を引き返していった。
.....助かった.....よな....?
オレはしばらくその場を動かずに隠れていた。
.......一向にゴブリン達が帰ってくる気配はない。
オレは急いでゴブリンの棍棒と弓を回収して、帰路についた。
本当は耳とかを切り取っておきたかったが、ゴブリンキングが帰ってくるかもしれないから、仕方なく無視した。
帰りの道のりもきつかった。
徒歩2時間の道が5時間ぐらいかかった。
傷が痛くなって休憩したり、右足が動かなくなったり.....まあ、いろいろあった。
右足はなんとか歩ける程度の怪我だったからよかった.....。
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「どうだ?すごいだろ?」
オレは自分の武勇伝の感想をキューに尋ねた。
オレが話している間、キューはうんうんって頷いたり、オレの傷を舐めたり、頬ずりしてきたり.....とにかく忙しそうにしてた。
リアクションがいちいち可愛かった。
「キュキュー!」
(最高です!)
僕は元気に言った。
さりげなく僕のことを思い出してがんばれた、なんて言ってくるのって.....ずるくない?
.....できれば、もっと安全に頑張ってほしいけど......嬉しい。
「....そうか....そいつはよかったゼ.....」
どうやらキューからは好評価をもらえたっぽいから、ひとまず礼を言っておいた。
それだけ言うと......オレの意識が.....なくなってきた......。
オレが完全に意識を失うまで、キューがオレのほおにほっぺスリスリしているのを感じた。
.......気持ち......良かった.......。
キューの『運命の日』までの日数の『表記』を変更しました。
四日後→三日後(5話、4話)
その日(今日)もカウントしていました。
申し訳ないです!