08 譲れない
「んん〜.............やっぱりあったかいな、キューは......」
朝起きると、キューがオレの服の中にいた......いや、自分で服の中に入れたんだけどな。
キュゥ.....キュゥ......
規則正しい寝息が聞こえる。
時々小さな寝返りをする.......くすぐったい。
.....朝早く起きるのも悪くないな。
キューへのプレゼントなぁ......思ったよりも高い。
合計で銀貨1枚よりも高いって言うんだもんなぁ......。
でも.......こんな顔されたら.....もっと頑張りたくなっちまうよ。
本当に幸せそうに寝ていやがる......。
いつものようにキューの頭を撫でてやると、ぎゅっとオレの指を抱きしめて舐めてきた。
......かわいい。
にしても昨日飲んだ......ワインっていうのか?あれはダメだ。
美味しくないわけではないんだが........今かなりひどい頭痛がする。
多分体に合わなかったんだと思う。
しばらくあれは飲まなくてもいいな.....。
そういえば、昨日のキューの態度......おそらく何か言いたかったんだと思う。
宿に戻ってくるまで首を傾げたり、唸ったりしてた。
仕草は可愛かったが、表情は明るくなかった。
キューの言いたいことをわかってやりたいが……どうしてもわかんねぇ…..。
頭いてぇし、もう一回寝るかぁ......。
オレがそう思った瞬間、キューが目を覚ました。
「よぅ.....いい加減指を放してくれねぇか?」
「キュ!?」
キューが驚きながら服から外に出た。
オレが早起きするたびにその反応するのやめてくれねぇかなぁ......ちょっと傷ついちまうゼ。
驚いたと思ったら今度は恥ずかしそうな表情をしていやがる。
ああ.....オレの指を舐めてたことを恥ずかしがってんのか?
キューは最近寝癖が増えた。
オレの指を抱きしめながら舐めてくるのだ。
ベトベトになるが......オレとしては全然気にしてない。
「まあ....気にすんな」
オレがそう言うと嬉しそうな表情になった後、唸りながら少し困った表情をし始めた。
昨日と同じ表情だ。
何悩んでんだ?.......わかんねぇ......。
まあ、キューはオレよりも頭がいい。
キューが伝えようとしてるなら全力で理解しようとするし、伝える方法を考えてるならそのまま考えさせておく......これが一番早くキューの言いたいことを知る方法だと思う。
そんないつもの日常を送っていると、
「あの......外に誰か来てますよ」
二度のノックの後にドアの向こうから声が聞こえた。
たぶんここの管理人の声だ。
「わかった.....ありがとう」
オレの声を聞いた後、管理人はドアの前から去っていった。
「.....というわけだ.....行くぞ、キュー」
「キュー!」
いつものように手早く武器を装備し、ちょっとヨレヨレのポーチを腰につける。
髪をかき上げ、微妙なオールバックに仕立て上げる。
キューを肩の上に乗せ、ドアを開けた。
かかった時間はおよそ30秒......上出来だ。
一階に降りると黒い服を着たおっさんがいた。
黒い髪に、体は......何気にいい体つきしてやがるな......剣でも習ってたのか?
まあ.....それは気にしないでおくことにして.......
「えぇと.......お前は誰だ?」
なんかどっかで見たことのある顔だけど.......忘れちまったゼ。
「私はクィル様の執事をしているセバスというものです。以後お見知り置きを」
ああ.....そういえば最初にクィルに会った時にもいた気がする。
口を聞くのは初めてだけどな。
「ああ......で?クィルってことはオレに用ってこと......だよな?」
「はい、これを」
一枚の紙を渡してきた。
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| 『ブラックウルフ討伐』 |
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| 推奨ランク C |
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| 内容 アルト第3ダンジョンのブラックウルフを10頭討伐する。 |
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| 報酬 銅貨4枚 |
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| 依頼主 ライリ冒険者ギルド |
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| 参考 Cランク冒険者クィル参加。 |
| その他2名の冒険者を雇う予定。 |
| 安全性の問題から、Cランク冒険者ベルに参加を希望。 |
| 装備は支給するため不要。 |
| ベルには追加報酬を用意する。 |
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「......どうしてもオレを連れて行きてぇってわけだな?」
「はい、昨日の一件でクィル様は大層ベル様を気に入られました。
そこでベル様に冒険者として手ほどきをして欲しいというわけです........いかがでしょうか?」
「内容はいいんだが.....最後の追加報酬ってなんだ?」
「それはクィル様が、クエストの報酬とは別にベル様に報酬を支払うということです」
「え!?マジか!?」
「はい.....大マジです」
「で.....いくらもらえるんだ?」
「大銅貨5枚とちょっとしたプレゼントを用意している.....と聞いています」
「大銅貨5枚!?報酬より多いじゃねぇか!」
「はい。それは冒険者の先輩としていろいろ教えてもらったことに対する報酬だそうです」
「しかもよくわかんねぇプレゼント付き.........よっしゃあ!受けてやるゼ!」
「キュッキュ!!」
キューがほおにツノでツンツンしてきた。
ちょっと待てって感じだ。
「キュー、これでオレの欲しいものが手に入りそうなんだ......行かせてくれねぇか?」
「キュキュー!!」
首を横に振りながら全力で否定してきた。
キューがダメって言うなら止めるか.......いや、でもこんなチャンスを失うわけにはいかねぇ!
「ひとまず紙は受け取っておくゼ.....たぶん参加するって伝えておいてくれ」
「キュー!?」
「いいのですか?......反対意見も出ているようですが.......」
「ああ.....説得しておく」
「.......わかりました。今日の夕方の5時に作戦会議があるのですが......」
「......気が向いたら行く」
「ぜひお越しください.....クィル様もお喜びになります。
では、私はこれで失礼します」
「ああ、またな」
「はい.....またお会いましょう」
セバスが去っていった。
「というわけで.......説得タイムだ」
キューを振り向きながら言った。
あ....なんか....めちゃくちゃ怒ってるんだけど.......。
腕を組み、ほおをパンパンに膨らませながら、尻尾でオレのほおをペシペシ叩いている。
スゲェ可愛いんだけど.....これは.....ちょっと説得しづらそうだなぁ......。
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「なあ......そんな怒んなくてもいいだろ?」
今の時間は午後4時過ぎぐらいだ.....そして、未だにキューはプンプンだ。
部屋に戻って、干し肉を食べたまでは良かったんだが.......なんか話しかけづらくて説得どころじゃなかった。
でも、もう説得を始めないとまずい。
「キュッ!」
(ふんっ!)
僕はベルから顔を背けた。
いくらなんでも今回はひどすぎるよ!
僕がどれだけ心配してるかも無視して、クエスト受けようとしてるんだから!
お金と僕、どっちが大切なのって話だよ!
.......ベルは......お金を選んだ......もうベルなんて知らない!!
「なぁ.....今回だけは我慢してくれよぅ.......。
今は金が必要なんだよぅ......」
キューへのプレゼントのために.....な。
剣が壊れている今、配達クエストでちょっとずつ貯めていたんだが、本当は討伐クエストでバンバン貯めたいと思っていた。
そんな時、こんなチャンスが回ってきちまったら行くしかねぇだろ!
「なぁ.....何が気に入らねぇんだ?」
オレがそういうと、キューが偉そうな態度を取って......オレを指差して.....首をぶった斬る動きをした。
えぇと......つまり、
「クィルがオレを殺そうとしている?」
「キュゥキュ......キュ、キュキュー!」
(うぅ〜んと......まあ、そういうこと!)
たいして誤差はないだろう。
「そうか......確かにオレに対して良すぎる条件だから怪しいってのはわかる......でも、今回だけは引けねぇなぁ」
「キュキュゥ......」
(そんなぁ......)
こんなに危ないって言ってるのに......どうしてわかってくれないの?
ベルは僕を......信じてくれないの?
「もう時間か.....そろそろ行ってくる」
「キュッキュキュ?」
(’’行ってくる’’?)
それじゃあ、まるで僕を置いていくような口ぶりじゃないか!
ベルはいつものように装備を身につけ......僕を肩に乗せず、歩き出した。
僕は反射的にドアの前に立ちふさがった。
「......行かせてもらうぞ」
ベルが僕に手を伸ばしてきた。
どかそうとしているのだろう。
そうなんだ.......ベルにとって僕はその程度なんだ.....。
自分の意見に賛同しないなら、部屋に置いて行っちゃうような存在なんだ......。
もう......もうベルなんてどうにでもなっちゃえばいいんだ!!
ガブッ!
僕は伸びてきたベルの手に噛み付いた。
「イテェ!!.....さすがに.......ちょっとやりすぎじゃねぇか?」
退かそうとしたらいきなり噛み付いてきやがった。
ちょっとイラついた。
オレはお前のためを思って頑張ってるのに......なんでオレが噛みつかれなきゃいけねぇんだよ....。
オレはプレゼントを用意しようとしてるんだゼ......なのに.....どうしてそんな悲しい顔してんだよ......。
もう......もう.....
「わけわかんねぇよ!!」
キューが驚いている....いや、どちらかというと怯えている。
謝らなくちゃ......いけないことはわかる......でも、
「何が言いたいんだよ!!ちゃんと口で言ってみろよ!!」
オレから出た言葉は’’最低’’だった。
オレとキューは同時に、ハッとなった。
キューの顔がみるみるうちに悲しげで....泣きそうで.....苦しそうな表情になっていった。
「...........悪りぃ.....」
オレはそんなキューを見てらんなくて、宿から逃げ出した。
直後、キューの鳴き声が聞こえた。
余裕で宿の外まで聞こえる音量だった。
キューが......苦しくて......悶えているのがよくわかっちまうような.....そんな声だった。
どうしてキューの気持ちをわかってやれねぇんだ.......。
挙げ句の果てにあいつに......あんなこと言っちまうし......情けねぇよ.......情けなさすぎるよ......。
自分の情けなさで目が霞んだ。