『炎』
気がつけば、シノは村の中心近くまで来ていた。この村の中心には、広場のようなものが設けられており、その中心には『儀式の炎』と呼ばれる炎が灯される燭台がある。燭台は特別なものではないが、村の人たちが手作りしているという話も聞いたことがあったが、シノは宗教やしきたりに興味がなく、あまり詳しくはなかった。
「そろそろか。」
シノがそう言ったとき、既に『儀式の炎』の燭台が顔を覗かせていた。通常『儀式の炎』は常に灯されている。だが、この雨のせいか、又は他の何らかの影響で消えてしまっていた。
「じーちゃん、あの炎についてなんて言ってたんだっけ…。」
シノのお爺さんは、生前は村長をやっていた。だが体調が優れなくなり、シノの父である『マクドウェル』にその義務を託した。村長がマクドウェルになり、村の方針は大きく変わった。『儀式の炎』を使った行事を、廃止にするとしたのだ。
「儀式の炎は消してしまえ!」
マクドウェルのその台詞は皆の心に強く残った。
シノのお爺さんは全力でそれを止めた。そして、マクドウェルに対し、
「あの炎は決して消してはならぬ。さもなくばこの村の未来は途絶えるだろう。」
そう言い切ったお爺さんはマクドウェルを睨みながら、シノに『儀式の炎』を守ることを命じた。『儀式の炎』が担っている役割は、シノのお爺さん以外知らなかった。そして今や、誰もそれを知らない。昔は沢山いたのだが、時代が進むにつれ、皆旅立ったり亡くなったりでその記憶は失われていった。
そんなことを考えていたシノは、自分がもう『儀式の炎』の前まで来ていたことに気が付く。
「儀式の炎、消えたらどうなるんだ…?」
純粋にシノはそう思った。あれだけシノのお爺さんが全力で守っていた炎、今は失われてしまった炎、これが今回の件に関連しているのか?そう考えるのはごく普通のことだ。そしてつい、そんな言葉が口から出てしまった。すると、どこからか『声』がした。
「知りたいか。」
それは、聞いたことのない声だった。そして、その声は耳から聞こえたのではなかった。シノは突然の出来事に驚き、警戒態勢に入る。
「そう、構えるな。」
また声が聞こえる。どうやらこちらの行動はむこうから見えているようだ。
「誰だ?」
今度はシノがそう言った。答えてくれる望みは薄かったが、今のシノに出来る最善の行動だった。
「ふうむ、炎が消えているな。お前が消したのか?」
案の定こちらの質問には耳を傾けられなかったが、対話はできそうだった。
「違う、気付いたら消えていたんだ。」
シノは周囲に気を配りながら言った。
「ほう、なるほど。そして探しても無駄だぞ。」
謎の声ははっきりと答える。
「俺はお前たちが代々祀ってきた…神、とでも言っておこうか。」
謎の声はいくつか前の質問に答えた。
「神?どういう事だ?」
シノは困惑した。自分は今、神と対話しているのか、そう自問した。
「少し違うな、半分正解と言ったところだ。」
そう、謎の声が答える。
「!?」
シノは驚いた。考えたことがそのまま相手に伝わっていた。信じられないと思ったが、それは紛れもない事実だった。
「質問していいか?」
ここまで驚きっぱなしのシノも冷静を取り戻し、また、質問を試みる。
「何だ、言ってみろ。」
よし、答えてくれそうだ。シノはそのまま、一番の疑問点をぶつけた。
「あんたはさっき、半分正解と言った。どういう事だ?」
シノはさっき半分否定されたことが気になって仕方がなかった。答えは出なくとも、ヒントくらいは聞きたいものだ。
「ふむ。俺はもとは神だったが、今はもう神ではなくなったのだ。話せば長いが…簡単に言うと、悪行を犯し、地に落とされたってとこだ。言うところの『堕天使』ってやつ?」
今度はラグも無くすんなり答えた。だがシノは、もう一つ疑問を感じていた。
「じゃあなんであんたはこの村で祀られていたんだ?」
そう、この堕天使は永きにわたって、この村で祀られてきた。炎について何かヒントを得られる希望なのだ。
「正しくは崇めていた、ってとこだな。俺はお前たちの村を守っていた。そして対価として、炎を灯していたんだ。」
またわからないことが増えた。対価として炎?意味がわからない。だがいよいよ村に更なる異変が起きていることに気付く。そこには、二つの赤い光があった。その光は、ゆらりゆらりと揺れながらこちらに近付いてくる。その存在にシノが気付いたときには、
もう遅かったのだ。