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9. ヨツバソウは生い茂る

 朝、目を覚ますと誰もいない。

 部屋に差し込む朝日を見るに、僕が寝坊したのではなく、みんなが早起き過ぎたのだ。


 荷物を持って宿から出ると、宿の前で馬車が待ち構えていた。


「おはよう、サトル」


 運転席でネネムゥが元気な朝の挨拶。

 その後ろで明日架はニコニコと、リンディは慎ましく待機している。


「おはよう、みんな」


 ネネムゥの明るさに当てられて、僕も自然と明るくなる。


 ネネムゥがソワソワしているから、僕も急いで馬車に乗り込む。


「ディナリアに向かって、しゅっぱーつ」


 ネネムゥが手綱を引っ張って号令をかけると、馬が歩き出す。


 衛兵に見送られながら僕たちはキュミリアの街を発った。


「ネネムゥは運転が上手いな。どこで練習したんだ?」

「えーとね、お馬さんにお願いしたら走ってくれたの」


 ネネムゥは感覚だけで馬車の運転を身につけてしまったらしい。


「ネネムゥちゃんにお願いされたら、お馬さんも『よーし、ネネムゥちゃんのために一生懸命走るぞー』って張り切っちゃうよね」


 明日架は感心して頷く。

 ネネムゥも楽しくなって、


「お馬さん、がんばってね」


 と声援を送る。

 瞬間、馬が高くいななき、全速力で駆け出す。


「わわっ」


 あまりの加速に僕たちは後ろに転がりそうになった。


「これ速いよ、すごく速い」

「ちょっ、速すぎ、てっ」

「馬車ってこんなに速く走れるんだ」


 馬車は強い向かい風を受け、大きく揺れながら平原を駆ける。


「わあ、速い速ーい」


 ネネムゥは風をものともせずにはしゃいでいる。


 どこまでも走っていけそうだった。




「この調子ならすぐディナリアに着きますよ。もう道のりの半分来てしまいました」


 しばらくするとリンディは馬車のスピードに慣れて、いつもの落ち着きを取り戻していた。

 王都ディナリアといえばキュミリアからかなり遠くにあるイメージだったが、わりと早く着くものだな。


 と思ったのもつかの間。

 突然馬が失速し、へたって倒れた。


「どうしよう」


 止まってしまった馬車でネネムゥが馬の心配をする。


「ただのスタミナ切れだから心配しないで、時間がたてば回復するよ」


 明日架がネネムゥを安心させる。


「でもせっかくだから」


 とアイテムバッグに手を入れた明日架は、


「スタミナポーション、用意しておいたんだ」


 一本の小瓶を取り出す。

 明日架は馬車から降りて、目を回して倒れている馬にスタミナポーションの瓶を飲ませる。

 馬はすぐに立ち上がった。


「よかった」


 ネネムゥが胸をなで下ろす。


 見渡す限りに広がる平原は、辺り一面ヨツバソウばかりだ。

 束にまとめても一ドーカにもならないから、冒険者としては寂しいものだ。


「もう馬車は走れるけど、半分も過ぎたし、すこし休んでいこうか」


 明日架がキャンプシートを取り出して、ヨツバソウの草原に敷いて座る。


「そうしましょう」


 リンディも馬車から降りて休憩することになった。


「アスカ、どうです?」


 リンディがアイテムバッグからクッキーを出して明日架に分ける。


「ありがとう」

「サトルにも」

「僕はいいや」


 遠慮すると、リンディは怪訝な顔をする。


「サトルはお菓子も食べずにどうやって生きているのか不思議です」

「簡単だ。僕はお菓子が必要なほど魔力を使わない」

「サトルちゃんらしいね。ネネムゥちゃんは食べるかな?」


 明日架が遠くに目を向けると、


「まてー」


 ネネムゥは白い棒を持って元気にヘイゲンウサギを追いかけている。

 休憩しようというそぶりも見せないから、わざわざ呼び寄せてクッキーを勧めたりはしなかった。


 ネネムゥが走っていると、足もとの地面がポコッとふくらんだ。

 そこから穴が空いて、ヘイゲンモグラが爪を立てて飛び出してくる。


 ヘイゲンモグラの狙いはネネムゥだったが、『人身供犠』で僕に変わる。

 ネネムゥが離れていても心配がいらないから気が楽だ。


 モグラは猛然と走ってきて爪で僕をザクッと一薙ぎする。

 そして『因果応報』で逆に引っかかれて転がった。


「一匹確保、と」


 初心者冒険者にふさわしい成果だろう。


 ネネムゥはすでにウサギを追うのに飽きて、額に手を当ててヨツバソウを眺めていた。


「あっ」


 何かに気づいたネネムゥはぴょこんとしゃがみ込み、


「見て見て!」


 歓喜の声をあげながら、一本のヨツバソウを持って駆けてくる。


「三つ葉のヨツバソウですか。ごくまれにしか見つからないのに」


 リンディは驚いた。


「本当だ、ネネムゥは目がいいんだな」


 そのヨツバソウには葉が三枚しかなくて、Y字型に並んでいた。

 葉を一枚ちぎった偽物などではなく、正真正銘の三つ葉のヨツバソウだ。


「おめでとう、ネネムゥちゃんにはいいことが訪れるね。おいで」


 明日架がネネムゥをキャンプシートの上に誘い、スキルを発動する。


「『クリーン』」


 きれいになったネネムゥの手に、リンディがクッキーを渡す。


 そのとき、何かが僕にゴトッとぶつかった。

 下を見ると、ヘイゲンウサギがコロリと転げている。


「二匹確保、と」


 何もしないで狩りができるとは楽なものだ。

 昼寝していれば、目を覚ました頃には獲物がたくさん集まっているだろう。

 晴れた日の昼寝は気持ちいいからな。

 キャンプシートの上に寝転がる。


   *   *   *


 太陽が高くなったころ。


 僕が目を覚ますと、僕の周りにはいろいろ転がっている。

 ヘイゲンモグラが十一匹。

 ヘイゲンウサギが十六匹。

 それからネネムゥ。


「クー、クー……」

「よく眠ってるな」

「だってネネムゥちゃん、こんなにたくさん見つけてきたんだよ。すごくいいことが訪れるよ」


 明日架は数十本の三つ葉のヨツバソウの束を見せる。


「ネネムゥはすごく目がいいんだな」

「そろそろ出発しましょう」


 リンディが馬車の運転席に乗り込む。

 僕と明日架で、眠ったままのネネムゥを馬車に乗せる。


 リンディはネネムゥを起こさないように、馬車をゆっくり発進させた。

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