8. 定食屋は繁盛する
「お待たせしました。ネネムゥ・デアさんのパーティー加入が認められました」
冒険者ギルドのカウンターで職員が笑顔を作る。
ここの仕事は早いから行列ができない。
「ついでにカードを作ってはいかがです、サトル? あまり現金を持ち歩くものではありませんよ」
リンディから一枚の紙を差し出される。
「この申込書で作れるのか、ありがとうリンディ」
「いえ、ついでですから」
「冒険者ギルドの説明は長いだろう、みんなは先に行っててくれ」
「うん、「異世界」で待ってるよ。行こう、ネネムゥちゃん」
明日架とリンディがネネムゥを連れて出ていった。
リンディにはいろいろ書かせてばかりだな。
カードの申込書には当然、何の間違いもなかった。
署名する。
「承りました。こちらが雛形サトル様のカードになります」
あっという間に金色のカードが出てきた。
「それでは、こちらのカードについてご説明を——」
* * *
空が暗い。
その代わりに路地に並ぶ店々から暖かい光が漏れている。
約束の店に歩きついた。
目印は東洋語で「異世界」の文字が入った藍染めの暖簾だ。
暖簾をくぐると席はほとんど埋まっていて、店員たちが忙しく回っている。
「サトルー、こっちこっちー」
元気な声に目をやれば、ネネムゥがこちらに手を振っている。
リンディと明日架もいて、ちょうど四人がけのテーブルだ。
椅子に座りつつ、まずはカードの話。
「カードはすぐできたよ。リンディのおかげだ」
「そのくらい何でもないですよ。わたしだって、伊達に公証人の娘をやっているわけではありません」
リンディが食べているのはビーフシチューとパン、一般的な家庭料理だ。
ナイフとフォークとスプーンを器用に使い分けて丁寧に食べている。
和気あいあいとした店内でリンディの周りだけが高級に見えた。
「ずいぶん高級なシチューだな」
「そうでしょう、キュミリアの食文化を千年進めた「異世界」のシチューですから」
「店主さんはなんでも作れるの」
ネネムゥはヘイゲンウサギのステーキだ。
しっかり火が通った肉のかたまりから肉汁があふれ出す。
さらに「異世界」特製のソースがたっぷりかかっている。
ネネムゥはそれはもう満面の笑みでステーキにかじりつく。
「んー」
ネネムゥの顔がとろける。
「獲れたてホクホクでおいしいの!」
明日架は焼き魚定食だ。
ご飯と味噌汁が明日架を安心させる。
「このあっさりした味付けがいいんだよね。サンマは「異世界」が一番」
「いらっしゃい、ようこそ「異世界」へ」
店主が料理を持ってきた。
「おまちどお、麻婆豆腐定食だよ」
テーブルに置かれた麻婆豆腐は放っておくと発火しそうなほどだった。
熱が逃げないうちに一口食べてみる。
これほどうまいものがあるだろうか。
いや、ない。
みんなで食べた夕食は最高のごちそうだった。
僕たちは昨日と同じ宿を選んだ。
違うのは部屋に泊まる人数が増えたことだ。
「おもしろーい」
ネネムゥが何もない部屋をすみずみまで見回している。
さあ、明日の遠出に備えて早く寝よう。
僕はベッドに横たわった。
「アスカ、いくよー」
ネネムゥが名前を呼びながら、座っている明日架に向かってタタッと助走をつける。
「おいで、ネネムゥちゃん」
ネネムゥがぴょんと跳ぶのを、明日架が手を広げて待ち受けた、が。
ネネムゥは空中でグイッと方向転換して、寝ている僕の腹に横から飛び乗って、ポヨンとバウンドして向こう側に飛んでった。
「えへへ、失敗」
着地したネネムゥが頭をかく。
「こっちに来ると思ったのにー」
明日架が自分の胸をポンポンと叩く。
「僕の体はちょっとばかし特殊でな。ネネムゥもパッシブスキルに慣れておくといい」
「うん、いっぱい慣れる」
ネネムゥはめげずにもう一回ジャンプする。
僕でバウンドして、今度は真上に跳ねる。
「わーい」
僕の上でぽよんぽよんと飛んだり跳ねたり。
落ちてきたときに僕の手を取って、またバウンドして僕の手から離れていく。
「そうだ、その調子だ、上手いじゃないか」
ひときわ大きくジャンプして、くるりと後ろに宙返り。
しゃがんで着地、ピタッと止まる。
自然と小さな拍手が起こった。
「ネネムゥちゃん、お見事」
「素晴らしい躍動感でした」
「僕よりパッシブスキルを使いこなしてるな」
「パッシブスキルってすごく不思議なの」
僕が眠りに落ちていくとき、ネネムゥはまた僕の上でポヨンポヨンと跳ね始めた。