表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/15

6. 『人身供犠』は引き寄せる

 孤児院を旅立った僕たちはネネムゥを先頭にして、石畳にレンガ造りの現代キュミリアの街並みを歩いていた。


「こっちなの!」


 ネネムゥが満面の笑みで指した家は、別段金持ちの家には見えない。

 それでも孤児院に寄付してくれるのは、おばあちゃんの人徳の現れだろう。


「いらっしゃい」


 玄関から出てきたお姉さんは、やはり一般庶民らしい。


「素敵な清掃ゴーレムをありがとうございました。どうぞお召し上がりください」


 ネネムゥが箱を渡し、お姉さんはしっかりと受け取った。


「ありがとう、ネネムゥちゃん。お使い偉いね。おばあちゃんは元気かな?」

「この前、おばあちゃんの腰をぐうーってしてあげたら、『ネネムゥちゃんのおかげで元気になったよ。ネネムゥちゃんには癒しの才能があるのう』って褒めてくれたの!」

「そりゃあいいことだ」


 お姉さんは朗らかに笑う。


「それから、リンディちゃんも、いつの間にか大きくなったねえ。ちょっと前までは——」

「あの、積もる話もありますが」


 リンディが突然に話をさえぎる。


「お使いの完了を孤児院に報告しに帰らなければなりませんので、わたしたちはこの辺で失礼させていただきたいと……」

「そうか、残念だけど報告があるなら仕方ないね。またおいでよ」


 名残惜しいけれど、挨拶して庶民のお姉さんの家を後にする。


「なあリンディ、そんなに急いで帰らなくてもよかったんじゃないか?」

「お使いの内容を完了したとしても、きちんと報告しなければそのお使いは失敗と見なされるのですよ」

「帰るまでがお使いだって、おばあちゃんが言ってたの!」

「寄り道しないで、気をつけて帰ろうね」




 何事もなく孤児院の前にたどり着くと、庭ではおばあちゃんと子供たちが集まっていて、ネネムゥたちの帰りを今か今かと待ちわびていた。


 それに気付いたネネムゥは先に駆け出していって、


「ただいま!」


 おばあちゃんに固く抱きしめられる。


「お帰りなさい。ネネムゥちゃんたら、少し見ないうちにこんなに立派になって、うう……」

「ネネムゥお姉ちゃん、おかえりなさい!」

「うれしい!」


 二人は子供たちにぎゅうぎゅうに囲まれる。

 歩いて追いついた僕たちも、即座にその輪に取り込まれてしまった。

 泣きながら再会を喜ぶみんな。今度はさすがのネネムゥでも涙をこらえきれなかった。

 お使い一つこなしただけでこの盛り上がりようとは、感受性が豊かだな。


「まずは、お使いの報酬だねえ」


 おばあちゃんにファイアメロンを4個もらった。

 初回だけあって、大盤振る舞いだ。


 続いて子供たちが祝福の花輪を一つずつ取り出し、


「お使い達成おめでとう!」


 いっせいにネネムゥの首に掛ける。

 掛けすぎた。


「んー」


 ネネムゥは前が見えなくなってふらふらしている。


「そうそう、ベネッタお姉ちゃんとファリーダお姉ちゃんがお祝いに来てくれたのじゃった。今は裏庭で——」


 ボウン、と爆発音が響いて言葉が遮られた。

 裏庭の方からだ。




 ぞろぞろと裏庭に来てみると、


「倒れろっ」

「甘い、甘い甘い」


 革の鎧を着た冒険者とローブを着た魔術士が戦っていた。

 冒険者が連続で叩きつける大剣を、魔術士が炎で形作った盾で跳ね返しながら後ずさる。


 そんな二人がふと手を止めた。

 ネネムゥの帰還に顔をほころばせ、駆け寄って来る。


「やあ、ネネムゥちゃん、かっこよくなったなあ」

「うむ、冒険者姿も絵になるな、ネネムゥちゃん」

「久しぶりね、ベネッタお姉ちゃん、ファリーダお姉ちゃん」


 先ほどまで戦っていた二人は僕たちに名乗る。


「あたいはベネッタ、さすらいの冒険者さ。昨日冒険者ギルドに来てたな、Cランクの新星さん」


 ベネッタは自分より大きな剣を背負っている。

 今にも暴れ出したいのを抑えているようだ。


「我はファリーダ、王都に勤める魔術士だ。ネネムゥちゃんもすばらしい友を得たな」


 ファリーダが収めた炎のスキルがまだくすぶっている。

 静かに堂々と立っていた。


「うん、みんな大切なお友達なの。ファリーダお姉ちゃんとベネッタお姉ちゃんも、いつもお友達同士ね」


 僕たちはネネムゥの仲間として認められているようだ。

 冒険者ギルドでランクを上げて孤児院のお使いをこなしたので、信頼を得たということだろう。


 一方、お友達同士と言われた二人はわざとらしくため息をついてみせる。


「ちょうどキュミリアに来てたから、冒険を休みにしてネネムゥちゃんに会いに来てみたら、よりによってファリーダちゃんも来てたなんてなあ」

「ネネムゥちゃんが旅立ちを迎えると聞いて、居ても立ってもいられず王都から駆けつけてみたら、よもやベネッタちゃんと鉢合わせとは……」


 仲いいな。


 二人は会うたびに、この広い芝生の裏庭でのびのびと火花を散らしているらしい。

 同じレベルのライバルがいると成長が早いものだ。


 ベネッタとファリーダは、同じような境遇の二人を見逃さなかった。

 闘争心を高ぶらせている明日架とリンディを。


「あんた、いい目をしてるじゃないか。あたいと組もうぜ」


 ベネッタが明日架を誘い、


「そなたの理知的な佇まい、気に入った。我と共に戦おうぞ」


 ファリーダがリンディを誘って、タッグが組まれた。


「で、あんたは『因果応報』だったな」

「さすがにパッシブホルダーは反則であろう」

「わざわざ戦おうなんて思っていないから安心してくれ。僕は審判やるから」


 この流れにも慣れている。寂しくなんかない。


 四人は二対二に分かれて、50メートルくらい離れる。

 こう見ると裏庭の広さが目立つな。

 両チームともに作戦会議をしているようだ。


 片方では、ナックルを構えた明日架と、大剣を持ったベネッタ。


「リンディちゃんの遠隔補助には気をつけて」

「だったら先に落とさねーとな」


 もう片方では、遠隔補助術のリンディと、炎術のファリーダ。


「あの粗忽者は後回しで構わぬぞ」

「では、先にアスカを止めましょう」


 孤児院の壁に沿って、ネネムゥたちみんなが木箱に座って四人を応援している。

 勝者が先に分かっている勇者ショーよりも、拮抗した模擬決闘のほうが燃えるのだろう。


 準備ができたようなので、開始の合図を出す。


「ファイト!」

「はっ」

「『トルネード』、うりゃああっ!」


 明日架はサイドステップしてから、リンディの背後を取りに行く。

 ベネッタはブンブンと大剣を振り回し、竜巻を作り出した。


「『ブレイズ』」

「『チェーン』」


 ファリーダの突き出した手もとから、ゲキトツサイ並に巨大な炎の玉が浮かび上がる。

 リンディは明日架を遠距離から拘束しようとする。


 ここまではよかったのだ。

 しかし、このタイミングで偶然が起こる。




 僕は何の前触れもなく、新しいパッシブスキルを習得した。

 その名も『人身供犠(じんしんくぎ)』。


 仲間への攻撃を自動で肩代わりしてしまうパッシブスキルだ。

 これから先、明日架やリンディやネネムゥに対するあらゆる攻撃は僕に向かう。




 『人身供犠』の作用によって、四人の模擬決闘は突如として僕への総攻撃になった。

 さっそく、竜巻と炎の大玉が轟音を立てて僕の方に飛んで来ようとする。


 しかし、攻撃が僕に向かうことで僕のもう一つのパッシブスキル『因果応報』も作用する。

 僕への攻撃は全て相手に跳ね返るのだ。

 竜巻はベネッタに、炎の大玉はファリーダに向かって進路を変えて、


「あーれー」


 ベネッタは自分で作った竜巻によって上方に吹き飛ばされ、


「ぐわあっ」


 ファリーダは自分で発射した弾に押しつぶされるように崩れ落ちた。


 悲劇はこれで終わらない。


「サトルちゃん!?」


 リンディの背後を取るはずの明日架が僕の背後で驚きの声を上げた後、僕の背中を突いて倒れ、


「あー」


 リンディはスキルを発動したままの格好で、地面から伸びた鎖に絡め取られて動けなくなった。


 僕・ウィンズ、パーフェクト。


「一体何が起こったの?」


 予想外の集団自爆に、観客一同騒然となる。

 僕はなるべく平然とした口調で答える。


「僕がパッシブスキルを覚えたんだ。『人身供犠』という」

「『人身供犠』だと!? よりにもよって呪われたパッシブスキルを習得してしまうとは!」


 立ち上がったファリーダが青い顔で駆け寄ってくる。


「一切の害意をその身で引き受けるゆえ、長くは生きられなくなるというのに」

「僕の場合は、さっきみたいに『因果応報』でまるごとカバーできるから長生きできそうだ」


 説明を聞いて、裏庭は安堵に包まれる。

 そこに、吹き飛ばされていたベネッタが落ちてきてスチャッと着地した。


「あんたすげえな、パッシブスキルを習得する瞬間なんて、生まれて初めて見たぜ!」


 握手を求められて流れで応じる。


「しかし、困りました。もうわたしたち模擬決闘できませんよ」

「攻撃を全部サトルちゃんに受け止めてもらったら、負けようがないものね」


 リンディも明日架も苦笑いするしかない。


 子供たちの興味はパッシブスキルを習得した僕が一身に引き受けることになった。


「四人がかりを倒しちゃうなんて、さすが勇者!」

「無傷で勝っちゃった!」

「わたしもサトルみたいな勇者になりたい!」


 勘違いされているが、強いのは僕ではなくパッシブスキルである。

 この子たちが無気力な人間に育ったら悲劇なので、釘を刺しておこう。


「君たち、勇者を目指すのはいいが、僕みたいになってはだめだ。明るい将来があるのだからな」

「でも、仲間を守るのが本当の勇者なの!」


 聞いちゃいない。アドバイスが得意な人に任せるのがよさそうだ。


「リンディも何か言ってやってくれ」

「わたしに振りますか? ええと、みなさんは、サトルみたいな自主性のない人になってはいけませんよ」

「はーい」


 リンディが優しく語りかけると、子供たちは元気よく返事した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ