表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/15

4. 誘拐未遂犯は自滅する

「明日架、決闘しましょう」


 と、立ち上がったリンディ。


「受けて立つよ、リンディちゃん」


 と明日架。




 というわけで、宿の裏庭、薄暗い空の下。


「ごめんね、いつもサトルちゃんだけ参加できなくて」

「わたしたちにはサトルに勝つ術が、それどころか善戦する術さえありませんから」

「気にしないでくれ、僕に経験値はいらない。それより二人の成長の方が嬉しいよ」


 僕はいつものように審判を担当する。


 10メートルほど離れて相対している明日架とリンディ。

 明日架は金属製のナックルを装備した両手の拳を構え、膝でリズムを取っている。

 リンディは革の腕輪を装備した左腕を足元に向け、静かに立っている。

 真剣な目で構える二人に僕は開始の合図を出す。


「ファイト!」

「『スリップ』」


 リンディは、いきなり補助スキルを発動して、明日架の無力化を狙う。

 だが、それでも遅かった。


 明日架はすでに、低い姿勢でリンディめがけてまっすぐ滑り込んでいて——


「とおっ」

「くっ」


 正拳でリンディの腹部を突き、遙か後ろに吹っ飛ばした。

 明日架は後ろに跳ね返り、しばらく滑ってから止まる。


「ノックアウト! 明日架・ウィンズ、パーフェクト」


 文句なしの一撃だった。


 明日架は立ち上がる。


「これでちょうど9勝9敗だね。リンディちゃんはすぐ強くなるから、今日のうちに勝っておかないと」

「ええ、今回は完敗でしたが、これ以上明日架に勝ちを譲る気はありません」


 リンディも爽やかに立ち上がり、明日架に歩み寄る。


「それにしても、なぜよりによってあんな真正面から飛び込んできたのですか?」

「だって、さっきのリンディちゃんがわたしだったら、まっすぐは選ばないでしょ」




 宿屋の裏には木箱が積み重ねてある。

 その上で丸くなってくうくうと眠る一人の少女がいた。

 小さな体には溢れんばかりのエネルギーを秘めているに違いない。

 ボサボサの赤い髪が好き勝手な方向に伸びている。


「今日もキュミリアの街は平和だな」

「悩み事などなさそうで、誰かさんを思い出しますね」


 リンディのいう誰かさんとは僕のことだろう。


 しかし、そんな平和を乱そうとするものがいた。

 仮面をかぶった不審者がコソコソと歩いてくるのだ。

 仮面の右目周りが星形に塗りつぶされている。

 箱の上の少女に夢中で、こちらに気づいていない様子。


 まさか、少女を誘拐しようとしている?

 しかし、挙動不審なだけの善人だという可能性もある。

 と考えているうちに、そいつが僕に気付いて、動揺の声を上げる。


「な、なんだお前は! この子はオレが先に見つけたんだから僕の奴隷にするんだ。お前などには渡さんぞ」

「やはり誘拐しようとしていたか」

「うっ、しまった!」


 バカだった。


「まあまあ、オレの話を聞いてくれ。こいつはな、自分から僕の奴隷になりたいと言い出したんだよ」

「例えそうだとしても許される訳ないだろ」


 僕の体が自然に前に出て、木箱の山と誘拐未遂犯との間に割って入る。

 これはパッシブスキルの作用ではない。

 誘拐未遂犯は勝手に怒りに震えながら、拳を強く握りしめる。


「忠告しておくが、僕を殴るなよ。殴ったらお前の方が痛い」

「そんなお説教聞くか!」


 突き上げられた拳が僕の顎を直撃し、


「ぐふぅ」


 誘拐未遂犯は宙に舞う。

 ドサリ。これでは当分立ち上がれない。


「くそぉ……」

「やっぱり凄いよ、サトルちゃんは」


 後ろで見守っていた明日架が呟く。


「リンディちゃんが衛兵さんを呼びに行ってくれたから、もうすぐ来ると思う」

「助かる。ここで寝てた子は?」

「心配しないで。サトルちゃんが守ってくれたから、安全なところまで——」

「こっちです!」


 リンディの大声に導かれて、鎧の二人組がドタドタと路地を駆けてくる。

 そのうち一人が誘拐未遂犯の検分にとりかかり、もう一人が僕たちの前まで来て言った。


「衛兵です。お話を聞かせて下さい」


 僕は地面に横たわっているバカを指さす。


「こいつが誘拐未遂犯です」

「くそぉ……」

「よし、詰め所に連行して話を聞くぞ」

「多大な貢献に感謝いたします、勇敢な冒険者たちよ」


 誘拐未遂犯をどこからともなく取り出した担架に手際よく乗せて、衛兵たちは去った。




「こうして、今日もサトルちゃんによってキュミリアの平和は守られたのです。めでたし、めでたし」

「僕たちがいなくても誘拐などできなかっただろう。ここは安心して居眠りが出来る街だ」


 澄んだ空気がひんやりとしている。


「ただ、ちょっと惜しいですね、あの子と少し話してみたかったのに」

「冒険してればまたいつか会えるさ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ