15. 『清廉潔白』は浄化する
「いらっしゃいませ」
カウンターの給仕ゴーレムが僕たちを迎える。
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
「いらっしゃいませ」
抑揚の無い高い声が次々と飛んでくる。
ゴーレム喫茶「こころ」。
テーブルや椅子は寄せ集めで、同じものが二つと無い。
給仕服も、布をつぎはぎして修繕した跡がある。
フロアの統一感は無いけれど、ファンシーな雰囲気だ。
「気まぐれブレンドを五つください」
明日架がカウンターで注文する。
「かしこまりました、空いている、テーブルで、お待ち、ください」
僕たちは、テーブルの一人一人違った椅子に座る。
そのとき。
僕はパッシブスキル『清廉潔白』を取得した。
「新しいパッシブスキルだ」
「一つ持っているだけで異常事態なパッシブスキルを一人で四つも得たことには今更触れませんが」
とリンディ、
「それは何をするパッシブスキルなのですか?」
「まず、僕が空間になじむまで待つ」
しばらく経つと、『清廉潔白』の作用が現れる。
「ほら、作用してる」
「何も起きてないよ」
ネネムゥが首をかしげる。
「僕の周りが自動的に浄化されるパッシブスキルなんだ」
「はじめからきれいだから、効果が分からないんだね」
程なくして、給仕ゴーレムがコーヒーをトレーで運んで来たのだが、
「お待たせ、しまし——キャッ」
何も無い床に足を引っかけて転び、トレーを放ってしまう。
カップが舞い、コーヒーがぶちまけられ、僕たちは濡れてしまった。
「ごめんなさい、すぐに、かわりを、お持ち、します」
給仕はカップをひょいひょいと回収すると、頭を下げて逃げるように裏に下がる。
一方、濡れた僕たちは、そんなことで怒らない。
「人は誰だって、失敗をするものさ」
と、コーヒーを頭からかぶったイザベル、
「コーヒーが『因果応報』で反射されなかったということは、攻撃の意思が一切なく、純粋な不注意だけで転んでコーヒーをぶちまけたんだね」
「しかも、濡れてしまったのはわれわれのテーブルだけです」
リンディも感心する、
「他のテーブルには全く被害が及んでいません。このような職人芸が、本当に可能だったのですね」
「これで『清廉潔白』の効果が分かるよ」
あえて汚れたままで、改めて僕を周りになじむのを待つことにした。
コーヒーの染みが分解されて、すっと薄くなって、消える。
濡れた髪も、服も、テーブルも、元通りだ。
「はい、あの悲惨な汚れがぴっかぴか」
明日架が大げさに喜んで見せた。
今度こそ、ちゃんとコーヒーが来た。
味は至って普通のコーヒーだった。
でも明日架はご満悦だ。
「ここのコーヒーはちょっと高いけど、スキルを一切使わないで入れられてるから、心がこもっていておいしいって評判なんだよ」
「スキルを使わないとコーヒーがおいしくなるなら、われわれのパーティーにも名給仕がいますよね」
紅茶を飲んでいたリンディが僕を見て、
「サトルも、ここで働いてみたらどうですか?」
「あいにく、僕は何かを作る仕事には向いてないんだ。襲ってくる敵を倒すだけの仕事なら簡単だけど」
そう僕が答えると、
「是非、お願い、します」
通路に給仕が二人立っていて、懇願される。
「当店には、あなたの、ような、才能が、必要、です」
「未経験者、スキルの、無い、方、安心、です」
どうやら簡単な仕事のようだ。
「それなら、僕にもできそうだね」
「サトルちゃんなら、名給仕になれるよ」
明日架にもそう太鼓判を押されて。
給仕が僕を挟んで連れて行く。
「本当にここで働くのですか?」
とリンディ。
「そういうことになったらしい」
* * *
厨房は鋼色の世界だ。
給仕服に着替えた僕は、くるっと一回転してみる。
「大変、良く、お似合い、です」
給仕たちが声をそろえて褒めてくれた。
最初の仕事は食器洗いだ。
流し台に置かれたカップや皿が、僕が側に立っているだけで、自動的にきれいになった。
「完璧、です。次は、コーヒーを、入れましょう」
給仕が指したコーヒーメーカーは、完全に自動化されているようだ。
「ボタンを押すだけなんだ」
「ボタンを、押すだけ、では、ありません」
給仕が胸に手を当て、顔を傾ける。
「大切なのは、お客様に、おいしい、コーヒーを、飲んで、いただきたい、と、願う、心、です」
おいしいコーヒーを念じながら、僕はボタンを押す。
挽きたてのコーヒーがカップを満たした。
「次は、ワッフルを、二つ、作って、ください」
ワッフルなど作ったことはないが、問題はなかった。
オーブンが高性能だからだ。
「ワッフル」と書かれたボタンをピッピッと二回押す。
チーン、と鳴ってオーブンが開く。
クリームの乗ったワッフルが二つ出てきた。
コーヒーと合わせて、給仕が届けに行った。
その後も、給仕に教えられるがままに軽食を作り続けていると、
「お客様が、お呼び、です」
と給仕に伝えられた。
何の用だろうか。
僕はボタンを押していただけなので、失敗する要素はないはずだ。
テーブルに向かうと、二人組の常連客がいて、
「やはり、新しい店員さんでしたか」
「この真心全開のコーヒーを入れたあなたを讃えたい」
感動に震えていた。
「光栄です。でも、どうしてこのコーヒーを入れたのが新人だって分かったんですか?」
「そりゃあ、いつも来てるから分かりますよ」
「何てったって、新しい味がしたもん」