14. モリグマは殺到する
森を一本道を、イザベルの操る馬車が進む。
車内では四人が平穏を満喫していた。
「次の曲がり角を、右方向です」
リンディが地図を見ながら、イザベルに伝えた。
左への曲がり角で馬車を止めて、イザベルは右を見る。
木が生い茂っている。
しばらく思案していたイザベルだが、
「道がなくても、先に進むことはできる」
手綱を引き、森に馬を突っ込ませた。
イザベルがマントで幹を押さえながら、隙間に馬を通していく。
生い茂る木を避けながら、馬は複雑な足取りで歩く。
木の間にねじ込まれた馬車は圧迫されてぷるんぷるんと歪む。
車内はてんやわんやだ。
「つかまってないと転がるー」
明日架が僕にぎゅっとすがりつき、
「最高の乗り心地ですねえ」
リンディが窓を押さえて体を支えながら絶賛し、
「イザベルは運転が上手なの」
ネネムゥははしゃぎながら床を転がっている。
「目的地は、この正面です」
リンディが叫ぶと、
「うん、見えた」
応えたイザベルが、枝を手繰り寄せるように掻き分けながら進む。
馬の首がスッと消えた。
前脚も消えて、イザベルも消えた。
そして僕たちも消えると思った次の瞬間、視界が開けた。
秘境だ。
森に囲まれた郷に、悠然と流れる川。
郷の入り口に馬車を止めると、若者が歩いてきて、
「ここは理想の郷フォノリア。せわしない都会から離れてゆっくり暮らしたい人々の隠れ郷です」
と朗らかに連呼しながら去って行った。
案内する声が低くなるのを見届けて、明日架がつぶやく、
「一日中郷の入り口を歩いていて、誰かが来たら村の名前を教えてあげる。そんな生き方もあるんだね」
「フォノリアには何もないが、理想がある」
とイザベル、
「引退した者、逃亡した者、追放された者。みんな、世間を離れて伸び伸びしているのさ」
それは立派な話だが、疑問が浮かび上がる。
「そんな元の場所でうまくいかなかった人ばかり集めて、本当に村が回るものだろうか」
「それが、環境が変わると人も変わるようで」
とリンディ、
「むしろ、なぜその実力を最初から発揮してくれなかったのかと聞きたくなるような人ばかりですよ」
ため息をつく。
それはさておき。
僕たちは今日のお使いのため、カボチャ畑にやって来た。
広い畑に十個のカボチャが二列で並んでいる。
「おお勇者様。よくぞ来てくださった」
畑を耕していた農家が、ひざまずかん程の勢いで僕たちを迎える。
「カボチャ畑が毎日モリグマどもに襲われて困っておりますのじゃ」
「モリグマ……フォノリア周辺での、お使い限定の動物ですね」
リンディが答える。
その横でネネムゥが背伸びで両手を持ち上げ、口を大きく開けてモリグマの真似をする。
森の方を指さして、農家は続ける。
「あそこから十匹のモリグマが畑を襲いに来るので、退治してくだされ。カボチャを三つ奪われてしまったら、残念ながらそこでお使いは失敗ですじゃ」
「お任せください」
リンディが答え、パーティーは陣形を整える。
後衛でカボチャを直接守るのは、明日架とリンディとネネムゥ。
僕とイザベルは、カボチャより少し森の側に立つ。
「カボチャは僕たちの仲間じゃないから、『人身供犠』ではかばえない。イザベルに任せるよ」
「ああ、か弱きカボチャに傷一つつけさせないよ」
イザベルは剣を抜くと、剣身の側面に指を置く。
「『エンチャント・アイス』」
氷が剣身を包み、透き通る刃を形作る。
農家がホイッスルを取り出して、
「では、スタート!」
ピーッ!
開始の合図をするや否や、森からモリグマの群れが飛び出して、カボチャ目がけてトコトコ走ってくる。
イザベルがモリグマたちに氷の刃を突き付け、高らかに名乗る。
「獣どもよ、掛かってくるがいい。青バラの騎士団長イザベル・グレースバーグはここにいる!」
挑発に、十匹の足が止まる。
イザベルを憎々しげににらみつける。
標的がイザベルになれば、後は簡単だ。
「グルゥ!」
モリグマたちが『人身供犠』持ちの僕を取り囲んだ。
ガシガシと僕を奪い合うように殴り続けて、その腕が僕に当たったり隣のモリグマに当たったりの大惨事だ。
やがて傷つき倒れたモリグマが、僕の周りで山になる。
その混乱の中、仲間に横っ面をはたかれた一匹が正気に戻っていた。
乱闘から抜け出して、よろよろとカボチャを奪いに行く。
後衛の明日架はそれを見逃さず、
「誰にも渡さないんだから」
横にステップしてカボチャを背中にかばう。
見据えられたモリグマは、すくっと立ち上がってUターン。
二本脚で僕に向かって助走を付け、両足から頭まで真っすぐに伸ばして跳び蹴りしてきた。
ゴスッ、と鈍い衝撃音を残して、モリグマの山から転がり落ちた。
モリグマは全て沈黙したのである。
ピピーッ!
長いホイッスルがお使いの終了を告げる。
ダウンしていたモリグマは、お使い限定の動物なので、光の粒になって消えた。
「慣れないね、守られる立場は」
イザベルは剣を覆う氷を振り払い、鞘に収めた。
「モリグマの討伐お見事です。こちらが報酬ですじゃ」
ずっしり重いカボチャを三個受け取った。
「しかも、すべてのカボチャを無傷で守り切った! これは大変なことじゃ。村の宝をお持ちくだされ」
貝殻のイヤリングを手に入れた。
「また罪なきカボチャが狙われるようなことがあれば、助けに来よう」
イザベルが農家に甘く囁く。
「おお、なんと頼もしい。モリグマはまだまだ大勢おりましてのう」
農家が森の方に目をやると、たくさんの血走った目が光っている。
「しかし今日はもう助けていただきましたから、日付が変わったらまた挑戦してくだされ。次の勇者様、お待たせしましたの」