13. 耐久の試練は待ち受ける
修行を切り上げて、騎士団から盛大な宴で歓迎を受け、夜になった。
僕は明かりを消した客室にいた。
ベッドの上で、眠ることさえせずに寝転がっていた。
ドアが開く。
僕は自分の部屋にいるときノックなしで入ってくる人がいても気にしないのだが、実際にそうするのは一人しかいない。
「サトルちゃん、地下のダンジョンに試練を受けに行こうよ」
部屋に入ってこちらに歩いて来たのは明日架だ。
「僕たちが入れるところがあるのか。イザベルに案内してもらうのかな?」
「イザベルちゃんは仕事があるから来ないけど、ダンジョンを開けてもらったの」
「ネネムゥも喜ぶだろうな」
「ネネムゥちゃん、お疲れでぐっすり眠ってるよ。あんな小さな子を夜に連れ回しちゃダメなんだから」
「そうか、リンディが」
「来ないよ」
明日架に言葉を遮られた。
「わたしが連れて行ってあげる」
明日架に連れられて廊下を歩き、ダンジョンの入り口に着く。
番人が地下への石階段を守っている。
明日架が番人に話しかけると、
「この先で諸君を待ち受けるは耐久の試練。生半可な守りでは乗り越えられないが、失敗して失うものは何もない。早いうちにその身で試して見るのもいいだろう」
と、道を空けてくれた。
地下道は肌寒い。
どうせ一本道だからということで僕が先に歩く。
カツッ、カツッ、とやたらに足音が響く。
両脇に等間隔に並んだろうそくの明かりだけが頼りだ。
掃除が行き届いていないようでカビ臭い。
「一人で歩きたい場所じゃないな」
「もとは地下牢だったところ、ダンジョンだから仕方ないよね」
明日架はすぐ後ろに着いてくる。
突き当たりの小部屋に入った。
正面にはゴーレムが四体並んで停止している。
丸みを帯びた金属の塊が人型に組み合わされたものだ。
「ここが試練の部屋か。何をすればいいんだろう?」
「何もしなくても、戦闘不能にならないで10分間立っていられればクリアだよ。サトルちゃんにぴったりの試練だね」
部屋の中央で明日架が僕の後ろについて、二人は背中合わせで立つ。
後ろで鉄格子が下りて、もう逃げ場はない。
ゴーレムの目に赤い光がともる。
四体が一斉にうなり出した。
「スタービックリドーカ」
「アットプラスパーセント」
「イコールドットコロン」
「マルスラッシュハテナ」
意味が通じない。
「待って、一体ずつ、分かりやすいように話してくれないか」
「聞き取らなくていいの」
明日架に諭される。
「サトルちゃん、いい? 周りから聞こえるのは人間の言葉のようだけど、全部まったく意味のない雑音なんだ。だからサトルちゃんはわたしの言うことだけ聞いてればいいんだよ」
「そうか、明日架を信じよう」
「うん——来るよ!」
明日架が叫ぶと同時に、左から二体目のゴーレムが両手を組んで、天井に届かんばかりに振り上げる。
僕たちの頭上に拳が振り下ろされて、
「マイナス」
ゴーレムが頭からつぶれた。
直後、三体目のゴーレムが僕たちの胴部を目がけて腕を水平に振り抜く。
「テンテンテン」
ゴーレムの胴部が真横に抜け飛んだ。
残りのゴーレムがじだんだを踏んでから両腕を広げてスピンする。
部屋を旋回しながら近づく。
二体が部屋の中央で、ブルブル震えだして——
「ビックリ」
ズドンと爆発して破片が飛び散った。
後には鉄くずだけが残る。
静寂。
「これで終わり? 開かないけど」
「この試練は10分間耐えること。ここのゴーレムは倒されることは想定していないから、10分間待つことは必須だよ」
「それまで出る方法はないの?」
「一つだけあるよ。もし今からわたしたちが全滅したら、次に目覚めたときは階段の外」
「無理な話だな」
「そうだね。サトルちゃんはわたしのことを絶対に傷つけたりできない。わたしも、サトルちゃんを傷つけるなんて絶対できない。だから、10分間このまま」
二人は背中を合わせたまま。
「サトルちゃんって優しいよね」
ふと、明日架がつぶやいた。
「明日架の方が優しいよ。誰に聞いてもきっとそう答える」
「サトルちゃんの優しいは、なんていうか、道ばたに立ってたら拝みたくなる感じ」
明日架は手のひらを合わせて目をつぶる。
「独特だよね。まるで、別の世界で生まれて、わたしに会いにセフィーズ王国に来てくれたみたい」
パッシブホルダーは住んでる世界が違う、とはよく言われることだ。
「僕が学園を選んだときは、何も考えてなかったな」
「希少なパッシブホルダーだから世界中の学園からお誘いが来たけど、適当に選んだら、名前を書くだけで合格したんだよね」
声のトーンを上げる明日架、
「サトルちゃんは知らないかもだけど、うちの入学試験って結構難しいんだから」
「なにしろ僕はきちんとした試験が受けられない。明日架は外交官になるためにがんばってすごいな」
ガタガタと鉄格子が上がる音がした。
「やった、試練クリアだね」
明日架が背伸びをして、背中に体重が掛かってきた。
「長い戦いだったな」
足元に宝箱が出現した。
明日架に覗かれながら宝箱を開ける。
箱の底にあったものをつまみ上げてみると、ひもの輪だった。
斜めに縞模様が入っている。
「なんだこれ」
「掛けてみて」
明日架が僕に向けて腕を差し出した。
輪を広げて、明日架の手首に掛ける。
手首にたどり着くかつかないかのところで輪がぷちっ、と切れて——。
明日架は僕に笑って見せた。