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12. 『起死回生』は安らげる

 日が暮れかける、ディナリア城裏庭。

 城と街とを隔てる木々がガサガサ揺れるのは、ネネムゥが飛び回っているから。


 僕たちのパーティーは腕相撲もまともにできなくなったので、それぞれが分かれて修行をしている。


「よっ、ほっ、よっ、ほっ」


 石で積まれた壁に背中を押し付けるようにして、明日架がぴょんぴょん跳ねている。


 僕もやってみようと僕も背中をついて、片足で跳ぼうとして気づく。

 この体勢は跳べない。


「なあ明日架、裏庭が広いのにどうして壁際で跳ぶんだ? 後ろに下がれないよ」

「よっ、ほっ、壁に当たるとバックステップが中断されるから隙が小さくなるんだ、よっ、ほっ」


 明日架は跳びながら、なめらかに寄ってくる。

 距離が詰まって僕とぶつかりそうになり——


「よっ、ほっ、よっ、ほっ」


 明日架はいつの間にか僕の反対側にすり抜けていた。


 感心しているとリンディが視界に滑り込む。


「スキルの使い方は一つではありません。置かれた状況と手持ちのスキルとの相乗効果を見極めるのは頭を使いますよ」


 リンディは僕の足元に手のひらを向けて、


「『スリップ』」


 後ろに押されたように滑り出した。

 両足に交互に体重を乗せて加速しながらターンする。


「美しい」


 こちらに戻ってくると強く踏み切って、見上げるほど高く跳んで空中で七回転半。

 着地して、手を上で組んでスピン。


「簡単です」


 回転が速すぎて、止まっているみたいだ。




 開けた場所ではイザベルが刺突剣の素振りをしている。


「ふっ」


 足元を刺し、


「そこかっ」


 横になぎ払い、


(つらぬ)く!」


 正面に深く突き出す。


「ふっそこかっ貫く! ふっそこかっ貫く! ふっそこかっ貫く!」


 三連撃を何度繰り返しても剣の筋にぶれがない。

 剣を突くたびに前進し、裏庭の端に届くと振り向いて素振りを続ける。


「ふっそこかっ貫くっ! ふっそこかっ貫くっ! ふっそこかっ貫くっ! ふっそこかっ貫くっ!」


 何往復もして、ようやくイザベルが剣を収めた。


「新しいスキルは一朝一夕に閃くものではないけれど、スキル経験値は確かに稼いだよ」


 イザベルの汗が輝く。


「正しい素振りをしなければ、肝心のスキル経験値が貯まらず、むだな筋肉ばかりついてしまう」


 と語るイザベルの腕は、剣の使い手とは分からないほどに細く洗練されている。


 もしも僕がスキル抜きに剣を振り回せるまで鍛えたらどうだろう。

 そのころには体が筋肉の鎧のようになっていて——


(ぬんっ、ぬんっ!)


「サトル、何か妙なことを考えていないか?」


 首をかしげるイザベル。


「いや、何でもない」


 僕は首を振る。




 裏庭の隅っこに澄んだ池がある。


「水を浴びていこう」


 泉の手前に立ったイザベルが剣を抜き、前上に向ける。


「『ファウンテン』」


 高さ五メートルくらいの空中から水が湧き出し、真下の池に落ちてしぶきを上げる。

 イザベルが池にジャブジャブと踏み入った。


「平地で手に入る浄水だよ」


 そう言って、落ちてくる水を両手ですくって飲む。

 見ているだけで喉が潤いそうだ。


 イザベルは深呼吸を一つすると、あろうことか流れ落ちる水の下に入ろうとした。


「待つんだイザベル、そんなことしたらダメージを受けてしまうじゃないか」


 慌てて止めてもイザベルは笑うだけ。


「滝に打たれて心を鍛えるのさ。滝の中でも穏やかな顔でいられるように」

「心か。スキル経験値を稼ぐことだけが修行じゃないんだな」


 イザベルがもう一度深呼吸して改めて滝に入る。


「ぐっ、ぐぐっ」


 ダメージに耐えている表情が険しい。

 修行の道は長いようだ。


 リンディと明日架がやってきた。

 イザベルは二人に警告する。


「君たちには勧めないよ」


 にもかかわらず、リンディはにっこり笑って乗る。


「この程度の滝なら、むしろ運動した後のいいリフレッシュになりますよ。ねえ、アスカ」

「うん、わたしも滝に打たれてみたいな。サトルちゃんと一緒に」

「熱心だなあ……僕も?」

「すぐに用意しよう。『ファウンテン』『ファウンテン』『ファウンテン』」


 イザベルの隣に滝が三本増えた。

 僕たち三人も滝に入る。


 背中に冷たい水がドカドカ当たって時間ごとにダメージが入る。


「んー、サトルちゃんが一緒だから、サトルちゃんが隣にいるから」


 明日架は胸の前で手を組んで、目をぎゅっとつぶって耐えている。

 僕を誘っておいて自分が逃げることはできない。


「心地よいですね、とても」


 リンディの冷ややかな視線がこちらを向く。


「どうして防御力が一番低くてダメージを受けているはずのサトルが、平気な顔をしているのですかねえ」

「顔に出さないのは昔からだ」




 しかし、また一つの偶然が起こり、耐えることがどうでもよくなってしまう。


 僕はパッシブスキル『起死回生(きしかいせい)』を取得した。


 自分や味方へのあらゆるダメージが回復に変わるパッシブスキルだ。




「これはいいな、滝の衝撃で回復するようになった」


 滝でダメージを負っていたのと同じ時間をかけて全快し、穏やかな顔の四人が滝に打たれている。


「ふああ、いいリフレッシュですね。まったく修行になりません」

「心がやさしくなって、背中から翼が生えそうだよ」

「ああ、これが僕が求めていた境地だ」


 パシャンと池に飛び込む音。

 水面からネネムゥが顔を出して歓声を上げる。


「みんなが滝と一つになってるの!」

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