10. イザベル・グレースバーグは守る
平原の先に城が見えた。
城塞は圧倒的に壮大だ。
それ以外を覆い隠すほどに高い城壁は、現代式に興味はないと言わんばかりだ。
「ほら、ネネムゥちゃん、王都ディナリアだよ」
明日架がネネムゥの背中にやさしく手を滑らせて語りかける。
「スー、スー」
ネネムゥは寝息で返事した。
王都ディナリア正門の窓口で、門番が受付をしている。
リンディが馬車を止めた。
「認証を」
門番はこちらに興味もなさそうに告げる。
カウンターには認証用の無色透明な宝珠が用意されている。
まずリンディが馬車に乗ったまま、体を器用に傾けて宝珠に手を乗せる。
ピンポーン、と鳴って宝珠が緑色に光る。
明日架が、馬車の窓を開けて、門番に対面する。
宝珠に触れる。
ピンポーン。
明日架はそれから、眠っているネネムゥを抱えて手を取り宝珠に乗っける。
ピンポーン。
最後に僕が宝珠に手を伸ばすと、
「あなたは結構です」
門番が宝珠をひょいっと取り上げて引っ込めてしまった。
「あなたが宝珠に触れたら、パッシブスキルの力に耐えられず、盛大に砕けてしまいます。責任を問われるのはわたしです。どうか自重してください」
門番は僕を目で牽制しながら淡々とたしなめる。
そこまで怯えなくても、やるなと言われたらやらないのが僕のポリシーだ。
なお、やれと言われてもやるとは限らない。
「王都ディナリアにようこそ。よい滞在を」
門番が手元のスイッチを押した。
門の遮断機が開き、色彩豊かな街に迎えられた。
* * *
王都は人通りが多い。
隣り合うどの建物も壁の色が違う。
冒険者ギルドに素材を売ってきて、次は宿の確保だが……。
やはり決まっていたようだ。
「今日はなんと、あそこに泊まることになりました!」
明日架は指さす。
渦巻状の道と放射状の道の中心。
ネネムゥが目を輝かせて見詰める先。
「中世」「城」「壮大」という三つのキーワードから人々が連想するイメージのような城。
ディナリア城だ。
「こんな新米冒険者パーティーが入城を許されるんだ」
驚いた。
「まあ、普段なら許されないでしょうね」
リンディが得意げにほほ笑む。
「今日は騎士団長の特別なはからいで招待されたのですよ」
「騎士団長って、勇者なんだよ!」
ネネムゥも知っているほどの有名人らしい。
「サッて助けに来て、シュッて戦って、青いバラを残してどこかに行っちゃうの!」
「その雰囲気から、彼女は人々から青バラの勇者と呼ばれています」
とリンディ。
跳ね橋を渡って堀を越え、巨大な城に入る。
広い廊下の足元は赤いカーペットだ。
両側に全身鎧の騎士が並び、規則正しく足踏みしている。
「あっ、宝箱」
ネネムゥが廊下の端の宝箱を見つけた。
ぱかっと開けてみると、刺突剣が入っていた。
リンディが剣を手に取って取り出す。
「「オリハルコン」の剣ですね。残念ながら、刺突剣を装備する人はパーティーにいないようです」
アイテムバッグにしまった。
突き当たりの重い扉が左右に開いた。
誰も居ない広間は豪華なシャンデリアで照らされている。
僕たちは横一列に並ぶ。
「待っていたよ」
奥から甘い声が響く。
青いマントのイケメンが広間に歩いてくる。
「今日は遠くからはるばるありがとう。僕がセフィーズ王国騎士団長、イザベル・グレースバーグだ」
見るからに勇者だった。
背は僕より高く、しっとりした青いショートヘア。
礼服と変わらないほど薄くあつらえられた鎧。
腰には刺突剣をたずさえている。
こういう相手にはどう振る舞えばいいのだろうかと迷いながら、
「ご招待にあずかり光栄に存じます、騎士団長閣下」
とりあえず跪く。
「イザベルでいい」
当のイザベルには一片の恩着せがましさもない。
「敬語も必要ないよ、我々はみな女王陛下の下に平等なのだから。さあ、立ち上がって前を向くんだ、サトル」
イザベルの言葉のおかげで、僕は立ち上がって前を向くことができた。
「むしろ礼を言わなければならないのは僕の方だ。パッシブホルダーに興味を持って無理を言って来てもらったんだから。しかもパッシブスキルを二つ持つクロスパッシブ、神話や伝説だけの存在ではなかったのだな」
「うん、サトルちゃんはちゃんとここにいるよ」
明日架が僕の肩を掴んでほほ笑む。
「それで、サトル。早速だけど……
イザベルが僕に期待のまなざしを向ける。
「君のパッシブスキルを見せてもらえるかな」
よくあることだ。
「どうぞ、僕に攻撃していいよ。イザベルがダメージを受けるのを納得できるなら」
僕が答えると、
「覚悟なら、とっくに決めている」
イザベルはマントの裏から一輪の青バラを取り出した。
それを口元に添えるポーズを取ってから、
「女王陛下に誓ったのさ、民を守ると」
青バラを僕に向けて山なりに投げた。
青バラは『因果応報』の作用で曲がりながら、紙飛行機のようにゆったり広間を半周してイザベルに向かう。
イザベルは片手でマントを跳ね上げて、飛んできた青バラを床にはたき落とした。
「だから僕は、自分の剣を恐れない」
イザベルが剣を抜いて僕に襲い掛かる。
突き出された鋭い切っ先が僕の喉元を捉える。
反射されてイザベルを襲うダメージは——マントで受け止められた。
イザベルがマントで自分の喉元を覆っていたのだ。
イザベルはためらいもせず連続攻撃に移る。
僕を中心に回りながら絶え間なく斬り、払い、突く。
僕に当たる全ての攻撃が跳ね返され、イザベルはその全てをマントで受け止めた。
僕の正面でイザベルは一歩離れ、
「貫くっ!」
深く踏み込んで、剣を正確に僕の腹部に突き立てる。
イザベルが正確にガードして、ついに。
刃が根元から折れて、落ちた。
……。
やがて部屋中に立ち込めていた緊張がほどける。
「きれいだね」
イザベルが後ろに宙返りを決め、剣の柄を収めた。
「決めたよ、君たちのパーティーに加入しよう」
爽やかな笑み。
「あの、それは助かりますけど……騎士団長の仕事はよろしいのですか?」
リンディが慌てて確かめる。
「騎士団長の仕事は、城で待っていることじゃない」
イザベルが答えると、リンディはすかさず、
「よろしいのですね」
とパーティー拡大申請書を手渡して、イザベルにサインをもらった。
「さっき見つけたのですが、これはイザベルが持っておくべきですね」
リンディが刺突剣をイザベルに渡した。
「ちょうどいい、新しい剣が欲しかったところだ」
イザベルが片膝をついて胸に手を当てる。
「たとえこの剣が折れようと、君たちを守ると誓うよ」