1. 明日架とリンディは計画する
僕は雛形サトル、普通の学生だ。
あえて僕の普通ではないところをあげるとすれば、
・生まれつきアクティブスキルが全く使えないこと
・パッシブスキルを習得していること
・男であること
の三つだろうか。
僕は、雛形という名字からもわかるように、極東の日出国の生まれだ。
成り行きでセフィーズ王国の学園に留学している僕が、居眠りをしていた放課後から物語は始まる。
* * *
「ねえ、サトルちゃん、そろそろ起きたほうがいいんじゃないかな」
「もう授業はとっくに終わっていますよ、サトル」
聞き慣れた二つの声に、僕は半分目を覚ます。
机から顔を上げると、いつもの二人がいる。
「おはよう、サトルちゃん。よく眠れたかな?」
僕の目覚めを優しく迎えてくれたのが、琴橋明日架。
顔を若干こちらに近づけて、まっすぐ僕を見ている。
黒い髪を腰のあたりまでまっすぐに伸ばし、前髪はさらっと切りそろえられている。
明日架は僕と同じ日出出身だから、入学の頃から話すことも多かった。
誰にでも優しく、記憶力もいい。
「そののんきな寝顔を見ていると、サトルが羨ましくなりますよ」
肩をすくめて僕を羨んでいるのが、リンディ・マレット。
すらっと背筋を伸ばして立ち、こちらを見下ろしている。
ふわふわの金髪を低い位置で結び、ふわふわのポニーテールにまとめている。
リンディはここ、学術都市キュミリアの生まれだ。
社会常識のない僕に何かとアドバイスをくれるのでいつも助かっている。
教室に残っているのは明日架とリンディと僕だけだった。
「おはよう、二人とも。すがすがしい放課後だな」
僕は伸びと共にあくびをする。
「授業も終わったようだし、僕は寮に帰って寝るとしよう」
「ええと、サトルちゃん、まだ寝るの?」
明日架があいまいに笑う。
「他にやりたいこともないよ」
「まったく、サトルは主体性がないんですから……」
リンディが心配するけれど、
「しょうがないよ、僕はアクティブスキルを全く使えないから」
僕は悪びれることもない。
「アクティブスキルを使えないと、スキル経験値も稼げないし、当然新しいスキルを閃くこともない。そんな人間が進んで何かを始めるだろうか。いや、何も始めない」
「でも、サトルちゃんにはパッシブスキルがあるでしょ。それって、アクティブスキルが使えないなんて問題にならないくらい凄いことだよ」
明日架の励まし方は大袈裟だ。
「パッシブスキルは、あるとき突然たまたま取得するものだから、僕が凄いわけじゃないよ」
僕は物心がついた頃にはもうパッシブスキル『因果応報』を取得していた。
パッシブスキルは、所有者がなにもしなくても常時作用する。
僕が攻撃されると、そのダメージは僕ではなく攻撃者が受ける。
どこでも安心して眠っていられる、とてもありがたいパッシブスキルだ。
「それに、理論上はいつか君たちもパッシブスキルを取得するかもしれない」
「かもしれないって、どれだけ奇跡的な確率ですか。理論上なら、サトルがパッシブスキルをもう一つ取得する可能性だって同じくらいありますよ」
リンディは納得していない。
さて、二人はスキル談義のために僕を起こしたのではなく、
「そうそう、サトルちゃんの明日からの予定が聞きたくて」
明日架が本題に入る。
「寮でゆっくり休むつもりだよ」
聞くまでもないことだ。
僕たち留学生は寮が無料だし、三食も付いている。
外食も外泊も自由だが、僕には無縁の話だ。
「そっか、サトルちゃんらしいね」
明日架はいつも通りにこにこしている。
「そういえばサトルちゃんって、冒険者ギルドに行ったことないよね」
「ああ、お金を稼いだところで、使い道もない」
「もうクラスのみなさんはデビューしたようですよ。サトルはどうです?」
リンディは周りをよく見ている。
ところが、僕はみんなができることをできないのだ。
「その予定はないな、休日の過ごし方は人それぞれだよ」
「行けば、ほら、みんな喜ぶと思うよ」
明日架が語気を強めると、
「ええ、大喜び間違いありませんね」
リンディも同意する。
今日の二人はやたらと冒険者ギルドにこだわる。
「そこまで言うのなら、行ってみるのも悪くないかもしれないな——」
と答えた途端、
「それでは明日、サトルは冒険者ギルドに行くということで、いいですね?」
リンディが勝手に決めていた。
「わたしもサトルちゃんと一緒に行く」
明日架が言った。
「サトルちゃんは一人じゃ何もできないから、わたしに言ってくれれば、ううん、何も言わなくても、サトルちゃんに必要なことは全部わたしがしてあげる」
「そうか、よろしくな、明日架」
明日架は直感が冴えていて決断が早い。
逆に、理性派のリンディはそう簡単ではなかった。
「ワ、わたしは別にサトルについて行きたい訳ではないですが、サトルがどうしても一緒に来て欲しいとおっしゃるのならば、まあ、広い心で考えてあげなくも……」
「そうか、残念だったな」
「えっ?」
リンディは予想外のような顔をするが、僕はもともと人に無理を押しつけるタイプではない。
彼女の気持ちは尊重したいし、どうしても一緒に来て欲しいというわけではなかった。
「ですから、もしサトルが」
「ねえ、リンディちゃん」
明日架がリンディにそっと近寄り、何かを耳打ちする。
「ですがアスカ、それでは……」
「リンディちゃん、ちょっとこっち来て。サトルちゃんは、そこで待っててね」
「おう」
リンディは明日架に手を引かれて教室を出て行った。
二人は仲がいいので、僕には聞かれたくない秘密も多いだろう。微笑ましいものである。
しばらくして、二人がこっちに戻ってきた。
改めて僕の前に立ったリンディは、覚悟を決めた声で宣言する。
「あの、サトル、わたしもご一緒します!」
「そうか、リンディがいれば心強いよ」
リンディはいつも僕のことを呆れながらも助けてくれる。
「但し、勘違いしないでくださいね。わたしが同行するのは、アスカがいるからと、サトルのパッシブスキルが道中で役に立つからと、サトルに余りにも社会常識がなくてアスカが不憫だからであって、その他の理由は一切ありません。それを忘れないように」
「リンディちゃん……」
「ああ、忘れないよ」
リンディはいつだって、現実的な選択をする。
「それと、ありがとうございます、アスカ」
「ううん、いいの」
明日架は教室の外で、僕に同行するメリットを伝えてリンディを説得してくれたのに違いない。細やかな気配りだ。
こうして、僕たちの明日の予定は決まった。
「僕が何もしないうちに全てが決まったな」
「そういう日もあるよ、サトルちゃん」
「サトルに関しては、そういう日ばかりですね」
とにかく、僕たちは冒険に出ることになった。この日が一風変わった伝説の始まりになることを、僕たちは知っていた。
「それじゃあ、明日からがんばろうね」
「わたしたちなら、どんな困難も乗り越えていけます」
「ああ、きっとなんとかなる」
思えば、僕の人生はいつもこんな調子だ。
流されるままに過ごし、好い方へ流れてゆく。
これまでも、そして、これからも。