サンシャイン
魔界。それは魔の者達が住まう世界。空は暗く、光の差す隙間などありはしない。
漂う空気はジメッとどこか湿っぽいく、ひとたび外に飛び出せばヌメッと纏わり付く空気と共に『キサマニノロイヲ・・・』ともれなく実態のないモヤモヤ的な悪霊がはびこっている。
ここはそんな魔界の極東。フレール地方に位置するオーネスト魔王国、王都オーネスト。暗黒が支配するこの国は、魔王ベリアーク・ヘル・オーネストの名の下に、地図の端っこに位置しながらも王政国家として秩序と力が蠢く魔界一大きな国である。
そして魔界は、ここから遙か上空にして聖域。神や天使が住まう天界と日夜闘争を繰り広げている。
魔族の放つ魔法や魔術が天使の息の根を止め、天使のの放つ光の矢が魔族の心臓を穿つ。ときには人間界から勇者と呼ばれる存在が送り込まれたりとそれはそれは壮絶な死闘をおこなっている。・・はずなのよね・・。
「ん~このカリっとしたこの歯ごたえ、口の中いっぱいに染み渡るような塩け!やっぱりラッキョウは最高ね!」
「100年ぶりのお食事を堪能していただけているみたいで何よりでございますヤキ様」
寝衣姿のまま城の食堂にやってきたアタシは、派手な装飾のされた長机の上座につき、さっそく用意されていた数々の料理をたいらげ空き皿の山を築くと、目の前に置かれた大好物の特盛りラッキョウに手をつけていた。
「ええ。メアリーの用意してくれた料理もとってもおいしかったわ。ありがとう」
「ヤキ様・・!勿体なきお言葉、ありがとうございます」
白銀の髪を肩にかかるくらいに伸ばし、黒を基調としたメイド服を着こなすメアリーは、その羨ましほどの抜群のスタイルを振るわせて表情を輝かせた、
「でもそれ以上にラッキョウを食べる手が止まらないわっ!」
のは一瞬だった。感動で咲いた笑顔がどんどん陰っていく。だってしょうがないじゃない!100年ぶりに自分の好物を食べたらそのことで頭と口がいっぱいになるってもんよ。
「・・・・私の料理がこんなものに負けるなんて」
「ん?なんかいったかしらメアリー」
小声でなにかぶつぶつ言っていたけどラッキョウに夢中で気がつかなかった。恐るべしラッキョウ。
メアリーのなんとも言えない視線を浴びながら黙々と皿と向き合っていると底がみえてきた。アタシはおかわりをもらおうと横で侍っているメアリーに声をかけた。
しかし、メアリーは困ったように首をふって答える。
「ヤキ様少し食べ過ぎではないですか?」
「これぐらい大丈夫よ。100年もなにも食べてないんだからたりないくらいよ」
そう。まだまだいけるわ。それに昔から言うじゃない?ラッキョウは別腹って。
しかしメアリーはやれやれといった様子で、今度は少し意地の悪い顔で、
「まぁヤキ様がよろしいなら、私はぷっくらまるまるとしたヤキ様になってしまってもかまいませんが」
「ぷっくらっまるまるぅ!?い、いやそんなことにはならないわよ!なるわけがないわ・・」
このアタシがそんなことになるはずが・・まぁある一カ所に限っては全然膨らんでもっらって構わないんだけども。むしろ頼むわ心から。
すると、いつの間にかアタシの至近距離まで来ていたメアリーの白い手が視界を塞ぐ。
「ちょっと失礼しますね」
「え?ちょ、ひょっほ!はひふるほっ!?」
「こ、これは・・ヤキ様少しお肉がついたのではないですか?」
アタシのほっぺたをムニムニ引っ張るメアリーは驚いたようにそう言った。
「はぁ!?そんなすぐに太るわけないじゃない!」
「いえ間違えありません。なぜならヤキ様がお眠りのなっているあいだも身体のあちこちを触って、異常がないか毎日欠かさず確かめていましたので。そのときにはちゃんとお召し替えも・・・ふむ、これは・・10キロ?」
「増えすぎでしょ!?もう!わ、わかったわよ!もう食べないわよ」
まぁメアリーがお得意の意地悪でいってることはわかっているけど、確かにこれ以上は本当にぶくぶくになってしまうかもしれない。それだけは困る。アタシはメアリーのようなナイスバディのようになるんだから!
「じゃあもう片付けていいですよね?」
「・・・・・もうちょっとだけ」
「はい?」
「なんでもないです」
こ、こわい。メアリーが鬼の形相だわ。有無も言わせぬって感じね。まぁいいわ。
「ふぅ・・。食事も済んだしどういうことなのか説明してもらおうかしらね?」
「はて?なにをでしょうか?」
「いやなにをじゃないでしょ!その子のことよ!!」
「はひっ自分でありますか!?」
アタシが指刺すと、ビクッっと肩と白羽をはねさせて驚く新人メイド。アンジュは金髪のアホ毛をふりながらトコトコと歩いて近づいてきた。てかこの子涙目なんだけど。なんかごめんね。でもおかしいもん。
「ここ魔界よね。天使がいたらそりゃおかしいでしょうよ」
天使と悪魔が相容れない存在なんてことは世界の常識で教科書にも書いてない。多分ね。
「だっていま天界と魔界って戦ってるんじゃないの?アタシお父様から戦の間は外に出るのもどうなってるか知ることさえも禁止されていたから詳しく知らないけど。そんな時に城に天使がいたらおかしいでしょう?そんな時じゃなくても変だけど」
「はわわっ。申し訳ないであります姫さま」
「それになんか変よね。城内が静か過ぎるわ。このアタシが。魔王の娘であるこのヤキ様が100年もの眠りから目覚めたというのに誰も来ないなんて・・。ていうかお父様どこいったのよ!?」
アタシを溺愛して大概のワガママは聞いてくれるお父様。そんなお父様は真っ先に飛んできてアタシの顔を見に来るはずだと思うんだけど。それに!
「アタシの部屋からここ食堂まで城内でメアリー、ジース、アンジュ以外『誰にも』会わないなんておかしいじゃないの!」
アタシの訴えにも似た疑問をメアリーは目を閉じて聞いていた。
やがて観念したのか口を開く。
「・・・そうですか。やはり気がついてしまったのですね」
「そりゃこんだけ不自然ならアホでも気がつくわ」
「ヤキ様なら一週間は気がつかないと思ってました」
「ちょっと!?それどういう意味よ!!」
「そ、それはいい過ぎだと思うのであります!」
「そうよアンジュ!いいわもっと言ってやりなさい!」
「王女さまでも3日でお気づきになったかと思うであります!」
「ねぇアンジュ、もしかしてアンタ相当アタシのこと下に見てない!?」
「はひっ、申し訳ないのであります!じ、自分はそんなつもりでいったんじゃっ!」
「ほう。アンジュ。なかなかいいヤキ様いじりですね。ちゃんと私の教育がいかされていて何よりです」
「アンタ本当になにしてんのよ!?」
アタシが寝てた100年の間この子たちはいったいなにをしてんたっていうの?バカなの?アタシが主人であること忘れちゃったんじゃないの?
「さて、そんなことより。ヤキ様覚悟はよろしいですか?」
「そんなこと!?…え?覚悟?なんの?」
今度はなに?覚悟なんてどうすればいいのよ。
「口で説明するよりも、これは実際に見ていただいたほうがいいですね。ヤキ様こちらへ」
メアリーはそう言うと食堂にある窓に近づいていく。呼ばれたアタシもなにごとかと席を立ち隣に立つ。カーテンで閉じられた窓からは外の様子を見ることはできない。
ちなみに町から少し離れた場所にあるこの城からは町を一望できる。ここ食堂とアタシの部屋からは特によく町の様子が窺えるわ。
ここにきたってことは100年経って変わった町をみてほしいってことなのかしら?
「では、いきますよ」
「え、ええ」
そんなに町は変わってしまっているのかしら。少し寂しい気もするけれど仕方のないことね。いくら魔族に時間という概念が希薄なものとはいえ、確かに進んでいるのだからそれに伴う変化は当然起こる。でも多少のことで、このアタシが驚くと思っているのかしら。・・・やばいなんかすんごい嫌な予感がするっ!
メアリーはカーテンに手をかけると一息に開け放った。
次の瞬間、アタシの視界は目の前で白い爆発が起きたのかと思うほど真っ白になった。
「にょわっ!まぶしっ!!」
思わず手で顔を覆う。
・・え?いまアタシなんて言ったの?
ここは魔界で、魔界は暗くて常になんかヌメッてて時折へんな悪霊みたいなのに文字どうり絡まれる。
そんな心地よい15年見てきた空のはずなのに。
そのはずなのに徐々に回復していく視界が自分の記憶と異なる世界を映し出す。
「な、なによこれぇぇ・・?」
まず視界いっぱいに広がったのは空模様。暗く吸い込まれるような、仄かに赤い雲ではなく、
「・・あおい・・!?」
透き通るような青みを帯びた空だった。その中を白い雲がゆったりと泳いでいる。そしてその中を我が物顔で輝くアレを見ると、こちらに鋭く突き刺すような光を浴びせて、回復した視界があぁぁ目がぁぁぁぁとけるぅぅう・・。
「・・メアリーいったん、いったんカーテンを閉じましょうか。目がつぶされるぅ!」
「おのれ忌々しい太陽ごときが私のヤキ様を。ちょっと神に文句を言ってきますので失礼しますね」
「まーてまてまって。そのままにしないで?取りあえず先にカーテンを閉じてくれる?それで・・・質問していいかしら?」
今度こそメアリーがカーテンを閉めてくれたのを再び奪われた視力が徐々に回復していくのを感じながら察する。ぼやけたメアリーが、「はい。なんでもお聞きください」と胸をはってアタシの言葉を待っている。
まだ完全に閉まりきってないカーテンの隙間から漏れた陽光がまるで後光のようだ。さて・・。まずはなにから聞けばいいのかしら・・。まぁでもこれだけは先に確認しなければならないわ。
「・・ここは・・どこ?」
「どこってヤキ様。ここは魔界の極東。オーネストという町ですよ。もしかしてまだ寝ぼけているのですか?それともラッキョウの食べ過ぎで頭がおかしくなってしまったのですか?もしかして元々阿呆なのでしょうか」
「忠誠心っ!なんでちょいちょい主を小馬鹿にしてくるのこのメイドは。アタシのこと嫌いなの!?」
「いえ、むしろ大好物ですっ!」
「・・そう。ありがとう?」
本気で聞いたわけじゃないわ。メアリーはアタシのこと好き好き大好きなんだもの。でもなんか聞き間違えかしら・・?きっとそうねアタシは食べ物ではないもの。
ともあれここが魔界なのは間違えないようね。城ごとどこか違う世界、例えば異世界なんてのに転移したと言われた方がまだ納得がいくわ。・・・ん?あれ?いまメアリーちょっとおかしくなかったかしら・・?
「メアリー・・わかりきっていることを聞くことは愚かなことだと理解しているけれどあえて聞くわ」
そう。メアリーだって言い間違えのひとつやふたつするはずよ。完璧な存在なんてアタシぐらいなもんよ。だからお互いの齟齬を正すために聞くの。・・そうここは、
「オーネスト魔王国の王都オーネスト・・よね?」
少し、ほんの少しだけ様子が違うけどここは魔王が住んでる魔界で一番大きな国であるはずよ。でもいまメアリーは『町』っていった気がしたけど正しくは『王都』よね!ま、まさかね!ありえないわ!
至極当然と。愚昧なアタシの質問にメアリーはしかし首をふって。
「・・いえ。魔界の東も東に位置するここは。オーネストという・・田舎町です」
・・・・。
無言のままアタシはカーテンも掴み静かに開き、窓を開ける。
するとそれが世界の理とでも言いたげにアタシの赤い瞳を光が焼いてくる。それでもアタシは根性で耐えて、目を見張る。そこにはかつて秩序と力が支配していたオーネスト魔王国はなかった。
あったのは、澄んだ空を赤と白を混ぜたような色をした花ビラが爽やかな風に乗って舞い踊り、町を歩く魔族たちは、見たこともない活気に満ちてみな笑顔で生活している風景だった。
一言で表すなら『平和』そのもの。・・昔、お母様に読んでいただいた本を思い出した。
呆然と立ちつくすアタシに隣に立つメアリーは恐る恐る口開く。
「すでにオーネスト魔王国は地図上から姿をけして、ここはアルケイン魔王国の端の端、これまた端の、用がなければ誰も訪れることのないであろう・・田舎町です」
アタシの顔色を伺いながらもメアリーは続ける。
「追い打ちをかけるようで申し上げにくいのですが・・いまこの無駄にバカでかい城にはヤキ様と私とカス(ジース)、アンジュの四人しかおりません」
・・・・。
メアリーはなおも続ける。
「もうお気づきかも知れませんが長く続いた神魔の戦いは終了し、お父様、魔王ベリアーク・オーネスト様は・・突然お姿を消されてしまいました。それに伴い数年は城にいた家臣や幹部たちも魔王様がお戻りになられないと分かると散り散りに・・。ヤキ様もお眠りでしたので。ヤキ様?」
でも途中からメアリーの声をあたしは聞いていなかった。あたしの様子がおかしいのに気がついたんだろう。メアリーが心配した声をかけてくる。
「・・け・・わ・・な・・・い・・」
「ヤキ・・様・・?」
目を覚ましたら100年が経っていて、時間をとても無駄にしてしまった。しかもその間に魔界も別世界に変化していて、おまけに魔界一の王国は田舎町になっていた。しかもなんだアレは、あんなのがずっと空にあって鬱陶しい光をまき散らしてたら、うかつに外にも出れらないじゃない。極めつけは、お父様は姿を消し家臣や使用人のほとんどが城を去ったと。仮にも魔王の娘であるあたしを置いて。はいはいなるほどなるほど。
「わけがわからなぁぁぁぁいっ!これからどうすればいいのよぉぉぉぉ!?」
ダダダダッ!バンッ!!
「その疑問っ!この城一番に頼りになる執事、ジースがお答えしましょうっっ!!」
「アンタは黙ってなさいよぉ!!」
「突然の死!!」
扉口を勢いよく開いて食堂に飛び入ってきたジースは、勢いそのままにこの世からも飛び出していった。
「しかーしっ!ボクは死なないんですけどね!!ボクは上位のゾンビ!いくらダメージを負っても再生するのです!でもめっちゃ痛いですありがとうございます!」
「本当にしぶといですね。今一度どうすればこのゴミをこの世から捨てられるのかじっくり考えるべきです」
再び頭と胴が分かれを遂げたジースだが、頭部を失った身体は先ほどとは違い今度は倒れることなくキビキビ歩き頭部を拾い上げると、グチャっという音と共に断面部を合わせて言う。
「ひどい!殿下がお眠りの間、一緒に城を守った仲じゃないですか!」
「気持ち悪いこと言わないでいただけますか?細切れにしてヤキ様の夕飯にしますよ」
「このボクが殿下の一部に・・・ありですね!」
「ないわよ!なんてもん出そうとしてんの!?それで、ジース。アンタにはなにが分かるというの?」
「はい殿下。まずは外に出てみましょう!」
「そ、外にっ!?いいの?」
「はい勿論です。突然の変化で心中お察し致しますが、まずは状況の確認が得策でしょう。変わり果てたオーネストの町ですが、なかなか良きところですので」
・・なんかジースが凄いまともなことを言っていて心底気味が悪いけど、その通りね。ここでうだうだしててもしょうがない。
後は・・チラっとメアリーの方を見た。それに気がついたメアリーは頷いて。
「これの言うことに賛同するのは癪ですが、今回はもともとそのつもりでしたので問題ありませんよ」
「やった!・・はっ・・ごほん。そ、そうよねここで嘆いていても仕方なし。よし、メアリー出かけるわ!用意をしてちょうだい。特に陽光を遮るものをお願いマジで」
「かしこまりましたヤキ様。いきますよアンジュ」
「あ、まってくださいでありますメアリー様!王女さま失礼しますであります!」
アタシの命を聞いて、メアリーはアンジュを連れて食堂を後にした。先にアタシの部屋で支度の準備をするのだろう。
「では行きましょう!」
「は?まず着替えるのよ部屋にもどるわ」
「ええですからボクも一緒に殿下の部屋へ」
「は?なんでアンタもくるのよ!?」
「え?だってボクも姫様のロリバディ、そう膨らみかけをもう一度しっかり・・あのヤキ様ここ3階なんですよ、ボクとて痛みはあるんですぅ!!」
「っ!!アンタは外で待ってなさいっ!!!」
「承知しましたぁぁぁぁああ!」
ゴッという鈍い音が青く澄んだ空へと響く。その音を追うようにもう一度外を見た。
今まで感じたことのない爽やかな風は、なれずに不快に感じるかとおもったけれど案外悪いものじゃない。
無言で開けた窓から外を見たとき、込み上げてきた不安。でもそれとは逆の感情がつよくアタシの中でうずまいたのを覚えている。思わず頬が緩んだ。
「まぁ、退屈させないでよね」
書いては消してを繰り返していたら夏が終わろうとしている・・。