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7星




 なぜ目を覚ましたかは分からないが、ユズリハの意識はふっと浮上した。昨日は気づかなかったが、ヘルプに尋ねるまでもなく壁掛け時計があった。

 時間は、昼を少し過ぎた辺りだ。

 ソファーを寝床にして凝った肩を伸ばし、欠伸をしながら絡まった髪を解く。今日は一日雨だから外出はしない。日が入らない部屋の中は薄暗い。ぺたぺたと裸足でフローリングの床を進む。スリッパはあるが、面倒なので履いていない。寝室のドアをそっと開けて中を覗く。ベッドに一人分の膨らみを見つけてほっとした。

 おかえりとお疲れさまを言う前に膝つめの説教に入ったアクアは、一通り説教を終えると風呂に入って寝た。服が散らばっていたのはタオルと着替えを拝借する為で、部屋が散らばっていたのは、まさかエロ本探してましたとは言えなかったので説教は長く続いたものだ。



 水を飲みながらパソコンをつける。冷たい水が喉を流れてようやく目が覚めた気分だ。


「ヘルプ、荷物届かなかった?」

『一件です』

「ありがとう」


 さすが安心即効が売りの通販。届いたサポーターを早速装着する。

 パソコンと向かい合ったが、目がしぱしぱするので顔を洗ってきた。


「アクアは徹夜明けだからまだ起きないよね……寝起きの悪さはまだ治ってないのかなぁ。起こさない限りずっと寝てる気もするなぁ」


 とりあえずパソコンに向かい合って資料に目を通す。瞳と指先だけがぐりぐりと動く。アクアから借りたパジャマは大きく、袖も裾も捲り上げなければならないが、彼の匂いは心地よい。断じて変態ではない。安堵するのだ。遠い過去、彼と共に眠った頃のように、絶対の庇護の下、何一つとして憂いのなかった時を思い出す。


 ピンポン。ピンポン。

 軽い音が部屋に響く。ユズリハは見るからに嫌そうな顔をした。


「お客さん? やだなぁ、アクア起こさなきゃ駄目じゃん。ヘルプ、モニター」

『開きました』


 目の前に開いたウインドウを見れば、三人の少年が立っていた。二人の少年はそっぽを向き、一人だけにこにこと穏やかな笑顔だ。ユズリハは目を丸くした。


「双子……? こりゃまたそっくりな」


 とりあえずこちら側のモニターは切って、音声だけで応答する。


「はーい。どちらさま?」


 一人暮らしだと思ったのだろう。三人はあからさまにぎょっとした。


『いや、あの、あれ? アクア先輩いらっしゃいますか?』

「どちらさまで?」

『あ! 後輩です!』


 わたわたしている少年の髪を、髪の短い少年が引っぱった。そっくりな少年が殴る。


『もういいだろ、エミリア。帰ろうぜ。てめぇ……いつまで殴ってんだ! ルカリア!』

『レオハルト、てめぇ如きがエミリアの髪を触っていいと思ってんのか? ぁあ!?』

『いい加減に――しろ!』

『『いったぁ!』』


 あれは痛い。ユズリハまで反射で目を瞑った。


「……えっと、とりあえずアクア起こしてくるんで、ちょっと待っててくれる?」


 やっと口に出した台詞は、エミリアと呼ばれた少年しか聞いていなかった。残り二名は回る星を眺めるのに忙しかったのだ。

 モニターの前でにこにこ立っている少年の耳元には黒子があり、なんとなくそれを眺めていたユズリハは、困難となることが分かっている任務に向けて踵を返した。



 そっと寝室のドアを開ける。彼らしく整頓された部屋は広さに比べて物が少なく、ほとんどを紙媒体の本が占める。溢れている頃は場所をとる、維持に手間が掛かると嫌煙され、数が激減した後に、歴史上希少価値のある大切な文化財となった。今でもコレクターが集めているが、それでもこれだけの数は凄い。とても値段が張る物なのだ。もっとも、アクアの場合はコレクターというより、気に入った話を本で読みたいだけなのだ。それでこれだけ集められるのだから、流石は御曹司といったところだろう。


 紙媒体特有の匂いと、アクアの匂いの寝室はユズリハにも眠りを誘った。


「アクア。起きて。お客さんだよ」


 反応なし。


「アクア! 起きて! お客さんだよ!」


 がんがん揺さぶっても、反応なし。


「起―きーてー! お客さん! だってばぁ!」


 布団を剥いで耳元で叫んで頭を叩いても反応なし。両拳をベッドに叩きつけた。


「ちくしょう! 寝起きの悪さはそのままか!」


 しかも寝不足が崇り、昼過ぎでもぐっすり熟睡中だ。子どものような穏やかな寝顔に絆され、起こすのもしのびない、いっそこのまま寝かしといてあげようかと思ってしまう。


「って、駄目だ! お客さんだってぎゃあ!」


 長い腕が背中に回ってあっという間に抱え込まれた。鼻を打ちつけた胸板は固く、目に涙が浮かんだ。


「っ……騙されないから! 嬉しいなんて思わないからね! どうせ、煩いから抱え込んでしまえ、あ、静かになった、温かいな、寝よう。だろう! 君の思考は! 何抱えてるかも知らないんだろうね、どうせ! いっそ裸になって横に並んでてやろうか!? ちくしょう!」


 ユズリハは何とか両手を抜き出して、端整な顔に伸ばした。しばしの沈黙が落ちる。


「――――――――――――死ぬだろう!」


 鼻と口を押さえられたアクアは、渾身の腹筋を使って起き上がる。上に乗っていた何かはベッドから転がり落ちて、反対側の本棚にぶつかって止まった。肘をついて起き上がれないでいる者の正体がユズリハであることと、来客を知らせるライトが点滅していることから、アクアはすぐに状況を理解した。目を覚ますまでが長いが、覚ませばあっという間にいつものアクアに大変身だ。


「……あ――…………ごめんな?」

「……いいから、出てあげなよ。後輩って子が三人、エミルカレオだって」

「略すなよ」


 アクアはすぐに着替えを済ませる。少し慌てていたから、首まで真っ赤になっているユズリハには気がつかなかった。




 ヘルプを通して先にリビングに上げた三人は、アクアが辿りつく頃には喧嘩をしていた。


「だーから、目玉焼きにはソースだろ!?」

「だーからお前は子ども味覚なんだ。絶対醤油だろう」


 鼻先を突きつけて歯を剥き出しにしている二人は、どちらかというと獣の喧嘩だ。


「エミリアもそう思うよな!?」


 胸倉を掴みあったまま首だけを同じ瞬間に向けられて、どっちが双子だろうとエミリアは思った。


「あ、僕マヨネーズ。おはようございます、先輩。夜勤明けに押しかけてすみません」

「いや。それよりどうした。お前達のマンションからここまで一時間はかかるだろう」

「三人で交互に運転してきました」

「何で三人……ああ、初心者か」


 成人前三ヶ月から免許を取る許可が降りる。アカデミーに通いながら取った三人はどうやら同時期に受かったらしい。


「あ、車は適当に停めさせてもらいました」


 ひょこっとアクアの肩から覗き込んだルカリアが手を上げた。


「オレは帰る!」


 背を向けたレオハルトの首根っこを双子が掴んだ。


「駄目だよ! ちゃんと先輩に謝るんだ!」

「うっせぇ! 謝ることなんて何もない! 離せよ、バカ!」

「てめぇ……エミリアを馬鹿だと? どの口がほざきやがった。大体てめぇの所為で僕達まで休み返上で付き合ってやってんだろが。エミリアの優しさに感謝して平伏して当然だろ」

「別に平伏は求めてないよ、僕は、言っとくけど……うん、聞いてないね」


 掴みあいに発展した二人を前に、アクアはこっそりと欠伸をした。これ以上寝ていてもいいことはないので起こしてもらってありがたいが、どうしてこの後輩達は、休日にわざわざ人の家で喧嘩をしているのだろうか。

 とりあえず何か飲もうと背を向けた瞬間、頭に何かが飛んできた。確認せずに掴むと、昨日適当に積み上げた本だ。


「本を投げるな」


 動揺も怒りすら見せない態度に、本を投げた張本人の怒りが爆発した。この場合怒っていいはずのアクアは何事もなかったように冷蔵庫を開けた。


「オレはあんたが大嫌いだ!」

「知ってる。お前達、何か飲むか」


 双子はよく似た笑顔を浮かべた。


「あ、お構いなく」

「あ、牛乳がいいっす」


 微妙な沈黙が降りた。本当に内面は似ない双子だ。


「昼はどうした?」

「あ、お構いなく」

「あ、腹ペコっす」


 アクアは冷蔵庫を確認した。この人数ならスパゲティが早いが、忙しさにかまけて麺も補充していない。


「じゃあ食っていけ。買い物が先だが。ついてくるか?」


 双子は声を揃えて頷いた。レオハルトは苦虫を噛み潰して帰ると吐き捨てる。その肩を背後から回した腕がロックした。


「アクア――、ついでに甘い物――」


 突然の乱入者に三人は固まる。そういえばもう一人いたのだ。すっかり忘れていた。


「初めまして、私はユズリハ。アクアの幼馴染で、昨日から居候中なんだ」


 軍人の反射で身構えたが、相手はへらへらと笑ってレオハルトの背中にしがみついた。


「君は私とお留守番。なーんか喧嘩しそうだし」

「な、あんた誰!? つーか離せ! なんで乗ってんだよ!?」

「さっき自己紹介したのに……お、鍛えてるね。私と同じくらいじゃない? 身長」

「チビって言いてぇのか!?」

「それは私もチビって言ってるよね。いいじゃん、どっちにしてもアクアの方が高いし」


 下りろと振り回されてもユズリハはしっかりしがみついている。アクアは嘆息した。ああなったユズリハは自分で離れるまで外れない。得意技だ。


「レオハルト」

「気安く呼ぶな!」


 怒鳴り声にユズリハは大袈裟に声を上げた。


「叫ばないでよ。びっくりしたぁ」

「うっせぇよ!」

「君、さっきから怒ってばっかだねぇ。血圧上がるよ?」

「誰が怒らせてんだ! いい加減どけよ!」


 アクアはおんぶお化けと化したユズリハの頭にぐしゃりと手を突っ込んだ。


「こいつを頼んだ。気が済んだら離れるから。ユズリハ、髪、すごい」

「うそぉ!」

「綿菓子みたいになってる」


 ソファーで寝たせいか、いつも以上にユズリハの寝癖は酷かった。



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