6星
騒ぎの場とは反対側の入り口から、第四部隊の隊長が顔を出した。アクア達の隊長と同期のヒノエ・デュークだ。既に軍服に着替えている。
第五人工星の軍服は黒だ。形はそれぞれ違うが、どの人工星も色が被らないようになっていた。ブループラネットの軍服は他人工星を乗っ取る前は黄色がベースだった。現在は第十二人工星の設定色だった青を奪っている。
ヒノエが軍服に着替えている所を見ると、これから言われることに大まかな予想が立った。
「シフト通りでいきます。但し万が一を考えて第六、第八部隊は夜勤に加わります。各自部屋に戻って待機。後は解散で結構です。第三部隊は、潰れに潰れた休みに温情です。襲撃が無ければ明後日に会いましょう。第四部隊はシフト通りのお休みです」
ルカリアが飛び上がった。
「やった! エミリア、君が欲しがっていた靴を探しに行こう! 君が食べたがっていた新作のバーガーを食べに行こう! 君が行きたがっていたアミューズメントも行こう!」
「うんうん。お前が行きたいとこにも行こうねぇ」
「僕は君のいる場所にいたい!」
「うんうん。お前が嬉しいと僕も嬉しいけど、お前が行きたい場所も選んでおくれな?」
双子はそっくりの姿形で、間違えようも無く違う笑顔で手を取り合っていた。きゃあきゃあと子どものようにはしゃぐ方が、前期アカデミートップだと誰が信じるだろう。前々期トップはアクアだ。
「ちなみに温情は隊長には適用されませんでした。ホムラ・ジーンは、連続勤務三十日目突入おめでとうということですので、お土産くらい買ってきてあげなさい。ちなみにわたしもそうなりました。レオ、お土産宜しく。食べ物がいいです。甘ければもっといいです」
「え――!?」
心底嫌そうに顔を歪めたレオハルトの横で、双子が仲良く手を上げた。
「「はーい」」
「宜しい。各自解散!」
階級が上がるほど長くなる黒い裾を翻し、ヒノエは去っていった。
終わった終わったと肩を解し、それぞれのシフトに従って軍人達は動き出す。アクアも早々にソファーを離れていく。
レオハルトはアクアを睨みつけた。
「オレは、お前が大嫌いだ!」
「レオ! もうやめろよ! わっ……いったぁ」
振りかぶった拳がエミリアの顔に当たった。ルカリアが目の色を変えた。
「レオハルト、てめぇ! エミリアに手を出して僕が黙ってると思ったか!」
「うるさい! エミリアの腰巾着が! エミエミエミエミ、うっせぇんだよ!」
「はっ、アカデミーで一度も僕に勝てなかった分際でどの口が」
「てめぇ……!」
瞬きの間に腰に手をやった二人を、鋭い声でエミリアが制止した。
「双方止めろ! 銃を抜けば軍規違反だぞ!」
「エミリアは黙ってろ!」
銃からは手を離したものの、二人は互いの胸倉を掴んだ。触れそうなほど顔を寄せる。
「アカデミーとは違うんだぜ、ルカリア。さっきの戦闘も結構な数外しやがって。シミュレーションの点数も落ちてんなぁ。スランプ野郎に言われたかねぇなぁ!」
「それでもてめぇよりは高いんだよ、ぼけ」
「はっ、ぶっさいくな面しやがって!」
「エミはいつも格好いいんだよ、馬鹿が!」
部屋に残った面々は、いつの間にか対象が変わった二人の喧嘩を面白がって囃し立てた。止める者はいない。軍内では喧嘩も一つの見世物だ。
突き合った視線を更に剣呑にして、二人は拳を振りかぶった。
ごっ!
双方の頬に拳がめり込んだが、双方拳は宙に残っていた。殴られた勢いで顔がぶつかる。
「うわ! 危ねぇ! もうちょいで口だったな!」
他人事に回りはどっと沸いた。
「全くもう! いい加減にしろよ! レオは先輩に喧嘩売るな。ルカリアは話をややこしくするな。解散の許可が出たから帰るよ?」
殴り飛ばした二人の首根っこを掴み、エミリアは一礼して部屋を出て行った。静まり返った部屋は、一拍置いて爆笑に包まれた。
「大雑把に治めたなぁ」
「おい、どっちが先に起きるかかけようぜ!」
誰かの一声に、最後の大はしゃぎと部屋が沸いた。その音を背にアクアもさっさと部屋を出た。少し離れた場所をエミリアが二人を掴んで進んでいる。殴られた二人はまだ回る星を眺めている。彼は馬鹿力なので、二人が自力で歩けるのはもう少し先になるだろう。
六年前、この一帯の宙域で名を馳せた二名のハッカーがいた。電波が届くのにあまり時間をかけないこの近場の人工星間で猛威を振るったハッカーだった。クラックなどの破壊行為ではなく、データベースへの侵入、情報の公開を主とした。
名を、ロキとユグドラシルといった。
これらは本人の名乗りではない。トリックスターのように周囲を振り回す様を嘗てあった神話の神になぞらえたロキ。世界樹の名になぞらえたユグドラシル。誰が名付けたかは知らないが、誰もがその名を受け入れるほどしっくりしたものだった。
コンピューターに興味のある人間なら知らぬ者はいない。興味はなくとも知っている人間は多かった。何故なら、彼らは不正を働いている会社や貴族、果ては犯罪組織の温床までをハックしては世間に暴露した。破壊や自らの益となる行動を取っていないことから、義賊として犯罪者としては異例の人気となった。
お互いに発生したのは六年ほど前。ロキがサイバーの世界から忽然と姿を消したのは四年前。ユグドラシルはロキなき後も変わらず一世を風靡したが、二年前に姿を消した。
今回の襲撃はブループラネットによるマザーへの攻撃。内部から軍のシステムへの襲撃。そして、人工星中の病院への襲撃だった。
一番鮮やかな手口だったのは病院へのハッキングだ。しかも『お邪魔しました☆』の但し書きで侵入が分かった。親切にもシステム内を整頓した上に、横領職員を暴露してくれた始末だ。専門家の分析によると手口がロキによく似ているとのことだった。マザーへの襲撃はそのロキが阻んだ。一国家からのサイバー攻撃を個人のハッカーが防いだとなり、政府は情報の隠匿を決めた。システム防衛部と情報部は首まで真っ赤にして怒り狂った。ロキがこの人工星にいるのなら放置していることこそが人工星の損失だと独自で捜査を開始した。このような仕事を生業としているのだ。ロキとユグドラシルに憧れや思い入れがあっておかしくないほど、二人の手口は見事だ。心躍るほどに。
軍へ攻撃をしかけた十三名は、あまりに稚拙な侵入に足がついた、というよりも痕跡を消すこともしていなかった為、あっという間にパソコンの特定に至り全員連行となった。
おかしなことに、ブループラネットの工作員ということは認めたが、サイバー攻撃には覚えがないと言い張っている。事実と裏付けるように、持ち主である十三人は逃げもせず呑気に部屋で寝ていた。隠すのであれば工作員のほうであり、稚拙なサイバー攻撃であるのはおかしいと尋問は続いているが、一向に埒は明かないままだ。こちらもロキの関与を示唆されている。
アクアが軍事要塞スザクから戻れたのは朝の七時過ぎだった。ルカリアの言葉通りあれからすぐに解散となったが、如何せん、帰りのシャトルが混んでいた。二連休なんていつ以来だろうと、徹夜明けで少しぼんやりしたまま家に入る。暗い廊下を黙々と進む。
「おい……」
どうして一晩で、しかも寝るだけだったのにこうなった。
一歩踏み出せば帽子を踏んづける。三歩歩けばマフラーだ。片付いていた本は崩れ、空になった牛乳パックが転がっている。飲めるようになったんだなと感慨深いものを感じながら、すぅっと息を吸う。
「ユズリハ――!」
「うは――い!?」
「そこにいたのか!?」
ソファーから飛び起きたユズリハに、結局二人とも驚いた。