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2星


 ユズリハは、幼い頃彼が流れ星だと証した色の目をぱちくりと瞬かせた。

 格好は至ってシンプルだ。輝く赤銅色の少し癖のある髪を肩で遊ばせ、ジーンズに大きめのパーカー、トランク一つだ。ぶつかった相手も小洒落た格好ではない。白シャツに黒いズボン。至ってシンプル、だが価格は段違いだろう。何処ででも手に入る組み合わせでありながら溢れ出る高級感。彼なら安物のTシャツ一枚でも高級感を溢れさせるだろうが。

 そんなどうでもいいことが頭を過ってはいるものの、ユズリハは酷く動揺していた。


「アクア!?」

「ユズリハか!?」


 ぶつかった反動で尻餅をついた相手に手を差し出したアクアは、引きすぎて胸の中に抱え込んだ相手を慌てて引き剥がした。思いのほか軽くて力を入れすぎた。職業柄重たい相手が多く、つい力を入れてしまった。

 ユズリハも零れんばかりに目を見開き、背の高いアクアを見上げていた。黒髪に深青の瞳。白い肌に整った顔、記憶にあるより少し低めの心地よい声。誰を間違えても彼だけは間違えるはずも無い。


「大きくなってまあ!」

「……幼馴染に言われる台詞じゃな」

「いやぁ、びっくりだ。君の成長ぶりにもだけど、まさか連絡無しに会えるなんて!」

「確かにそうだ。帰ってくるなら連絡くら」

「磁場嵐でメール送れなくなって三年半、メアドが変わってないと思わなかったんだ。ところでお腹が空いたんだけど、どこかでお茶しない? パフェが食べたいな!」

「………全く、相変わらずだなぁ、お前は」


 散々遮られた語尾にアクアは苦笑し、随分低くなった親友の頭をぐしゃぐしゃとかき回した。


「あ! 鳥の巣みたいになったじゃないか!」

「ましになったほうだ」

「うそぉ!」


 頭を抱えた姿に笑いながら、アクアは自然な動作でユズリハのトランクを持って歩き出した。ユズリハは慌ててついていく。人混みでも見紛うはずがない背中。宵空のような髪も、振り向いて笑ってくれる海のような瞳も、ずっと、ずっと、記憶より確かなものとしてこの身に染み付いている。


「迷子になるなよ、ユズリハ」


 当たり前のように言われて、頬を膨らませる。


「ならないよ、幾つだと思ってるんだ!」

「俺と同じ十六才だな」


 ユズリハは腕を組んで胸を張った。大き目のパーカーからようやく指が出てきた。


「あの頃とは違うんだ! 猫を追いかけて迷子にならないし、お菓子につられてついて行かないし、宿題嫌で逃げて転んで泣いてアクアにおんぶしてもらったりしない!」

「風呂で逆上せたりは?」

「テレビって酷いよね、CMタイミング」

「深爪は?」

「タイピングでも当たって痛くて痛くて」

「ピーマンは?」

「人類の敵!」


 固く握った拳を払われ、頭を叩かれた。


「何も変わってないじゃないか!」


 細い首をがくんとしならせて衝撃を受け止めたユズリハは、頬を膨らませた。


「君こそ変わってないじゃないか! 外見詐欺か!? そんなにかっこよく、まーいー男になっちゃったのに、中身はお節介のままだ! 羨ましいぐらい背が高いくせに!」

「お、ま、え、がっ、焼かせてるんだろう! 背はお前が牛乳嫌って飲まなかったからだ!

今でも好き嫌いしてないだろうな? だから細いんだよ。このままじゃダンスで困るぞ。女子はヒール履くけど、男は平靴なんだからな」


 そのままとくとくと続くお説教を受けながら、ユズリハは膨らませた頬を引き攣らせた。一般庶民はそうそうダンス踊る機会はありませんということは一先ずおいておく。



 ユズリハの親友はよく出来た男だ。頭顔運動神経最上級。家柄血筋財力最高級。だが、ユズリハは知っている。

 ひょいっと取った手首に、アクアは眉間に皺を寄せた。


「……本当に細いな」

「よ、けいなお世話だよ!」


 ユズリハの幼馴染は鈍い。

 上流家庭で育ったアクアは、女子は皆ドレスやワンピース、少なくともスカートを履いているものだと思っていた。そんな女子しか見たことがなかった彼を責められはしないが。キャップ帽にTシャツ半ズボン、擦り剥いた膝っ小僧。鼻頭に盛大な絆創膏。そんな格好をしていた自分にも非がないとはいえないが。スクールが階級別で校舎まで違う格差社会だったのは恨む。

 育ちが良い彼の周辺にいる男性の一人称『私』が多かったのは、ユズリハにとって不運以外の何物でもなかった。


 俯いた顔を心配して下げられた端整な顔に盛大な頭突きをかまし、ユズリハは怒鳴った。


「君、ほんっと変わらない! 人のこと言ってる場合か――!」


 まさか、十六になっても男と女の区別もつかないくらい鈍いのか、君は! と。

 それはもう盛大に怒鳴った。

 心の中で。





 再会すると分かっていれば、可愛らしくしたのに。

 ユズリハは口を尖らせる。心の中で。

 タイミングとは残酷だ。何も渡航を終えて疲れきった時に会わなくても良いと思うのだ。再会が果たせたのは天に昇るくらい嬉しい。だが、今こそ、自分は女であって断じて男ではないと、長年に渡る彼の天性の鈍感さからの勘違いを正そうと思っていた。愛らしいワンピースに可憐なミュール。髪は結い、化粧だってしたというのに!

 目を丸くして唖然とする彼を前に、大人っぽくウインクして、くすくす笑って「まだ私を男と思っていたの?」と、たっぷり色っぽく微笑してやりたかったのに。それらは全部纏めてトランクの中だ。やってられないとはこのことだ。



 自棄でパフェを三杯食べているユズリハに、アクアは極上の笑顔を向けた。


「本当にお前と会えて嬉しいよ。俺はこの年になっても昔と大して変わらない。親友と呼べるのはお前くらいで、本当に嬉しいんだ。仕事以外で誰かと食事をするのも久しぶりだ。それがお前で嬉しいよ」


 女性の九割が落ちる笑顔(ユズリハ比)で言われて、ユズリハは思わずスプーンで苺を貫いた。


「あ、あのさ。実は、話しがあってさ」

「何だ? 相談事ならあまり力になれないかも知れないが。男同士の相談事というのに、俺は少々疎いらしくてな。実際何を話しているかもよく知らないんだ。情けないな、俺は」

「いや、あの、わた」

「周りが真剣に頭を抱えている姿に、何がそんなに大変なのかと興味もあったんだ。やっぱりいいな。お前といると楽しいよ。俺には経験できない事を沢山教えてくれるしな」


 無邪気に解けた笑顔を向けられて、ユズリハは拳と額をテーブルに打ち付けた。


「ユズリハ!?」


 君の絶対の信頼を裏切るくらいなら……。


「私は一生男でいる!」

「……性転換手術の予定があったのか?」


 彼に恋して八年、継続中。男と思われて十二年、継続中。

 錯綜中のユズリハの恋が実る予定は、今のところない。



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